窮地の川崎ブレイブサンダースで益子拓己が真のヒーローになるとき

川崎ブレイブサンダースが窮地に立たされている。2月7日の琉球ゴールデンキングス戦に75-87で敗れた時点で、通算成績20勝17敗(勝率.541)の中地区4位。上位争いどころか、8チームのみが進出できるチャンピオンシップのスポット争いで10番手と圏外に押し出されてしまっている状況だ。

今シーズン限りの引退を発表したニック・ファジーカスの花道を、是が非でもクラブ初のBリーグ制覇で飾りたい。しかしこともあろうに、そのファジーカス自身が左膝関節内側側副靭帯損傷(全治6週程度)で1月上旬から離脱中。2月1日には、特別指定選手として加わる予定だった山内ジャヘル琉人(大東文化大学在学中)が右大腿二頭筋肉離れの診断を受け、チーム入りを断念するという残念なニュースもあった。不運はこれで終わりではなく、琉球戦当日のティップオフ2時間前には、2月3日の京都ハンナリーズ戦で右足関節捻挫の負傷を負ったジョーダン・ヒースの離脱(全治1ヵ月程度)も発表されている。

レギュラーシーズンは残すところあと23試合。チャンピオンシップのワイルドカードは射程圏とはいえ、ホームコート・アドバンテージまで狙うのは、よほどの快進撃が始まらない限り難しいと言わざるを得ない。多くのブースターが、ヒーローの登場を心待ちにしているのではないだろうか。

彗星、益子拓己現る

そこに彗星のごとく一人の若者が登場した。福岡県出身のシューティングガード、益子拓己だ。拓殖大時代には、3年生のときに第70回関東大学バスケットボール選手権大会で3P王に輝いており、3x3でU23日本代表として国際大会で優勝した経歴もある。昨夏の8月からは川崎のトップチームの練習に参加。Bリーグデビューはそれ以前に、京都の特別指定選手として昨シーズン済ませている。

2月2日、川崎は益子とのプロ契約を発表した。「切り替えの速いトランジションと、確率の高い3Pシュートが持ち味で、常にチームファーストを考えプレーできる」——この評価が最高峰の実戦でも変わらないことを、益子がコート上で証明するときがやってきたのだ。

プロとしてのデビュー戦となった古巣の京都とのGAME1は、第2Qに3分13秒コートに立ったものの数字的に際立った活躍はしていない。チームとしても77-81で黒星を喫している。しかし翌日のGAME2では、3Pショット5本中2本成功、フィールドゴール全体でも8本中4本を成功させて11得点を記録。試合自体101-64とチームの爆発力を感じさせる勝利だったが、益子の活躍もクラブに新風を吹き込むような痛快なものだった。

2月4日、古巣の京都ハンナリーズ相手に益子は11得点を記録した(©KAWASAKI BRAVETHUNDERS)

京都とのGAME2で特に活躍が際立ったのは、81-51とリードして迎えた第4Qだ。このクォーターのスターターとしてコートに立った益子は、最初のオフェンスで篠山竜青からのアリウープパスを受けプロ初得点に成功した。ロスコ・アレンのスクリーンアシストでぽっかり空いたゴール下に走り込み、ふわっと空中に浮きあがってボールをつかんでバックインさせたフィールドゴールだ。

「あれはダンクに行きたかったですね(笑) 緊張していてあれが精一杯でした」というのが試合後の弁。しかしこのプレーで心身ともにほぐれたのか、益子は10分間フルにプレーしたこのクォーターで、ミスショットを1本のみに抑えて得点を11まで伸ばしたのである。「(第3Qまでに3本外して)ベンチに戻っていたときに、先輩たちが『全然いいよ、いいシュートだよ』と言ってくれたので、その後気持ちよくシュートを決めることができたと思います」。このクォーターの活躍を益子はこう振り返っている。

ホームプロデビューで3Pショット4本すべて成功、12得点

その3日後、2月7日に川崎市とどろきアリーナで行われた琉球戦は、B1ディフェンディング・チャンピオンを相手にプロとして初めて挑むだけでなく、ホームコートでのプロデビューという益子にとっては特別な意味を持つビッグゲームだ。「ケガ人がいてチームは苦しい状況ですが、こうやってベンチから出てチームのエナジーになれればと思っているので、水曜日(7日)も頑張ります」と益子自身も闘志を燃やすコメントを残していた。

全員のステップアップが必要な状況で迎えたこの一戦で、益子は3Pショット4本すべてを決めてキャリアハイを更新する12得点を記録した。リバウンド、アシスト、スティールも1本ずつ。しかも、最も活躍したのは川崎が54-69の15点ビハインドから粘り腰の追い上げを見せた第4Qだ。このクォーターで益子は3本の3Pショットをミスなしで沈めているのだ。

琉球ゴールデンキングス戦での益子は、打てば決まるというシューターとしての高い能力を見せつけた(©KAWASAKI BRAVE THUNDERS)

クォーター開始からわずか14秒過ぎに、反撃の幕を開けたのも益子の3Pショットだった。右ウイングから2人のビッグマンがしかけたスタッガード・スクリーンを使ってベースライン際を逆サイドのコーナーに駆け抜けた益子に、篠山からボールがスウィングされてきた。キャッチした益子は、懸命にクローズアウトに来る牧隼利の手がボールの軌道にかかるよりも一瞬速くボールをリリース。みごとなレインボー・スリーがゴールを射抜いた。

第3Qまで川崎を苦しめていた琉球のゾーンディフェンスを無力化するのに最も有効な一撃で、スコアは57-69。琉球も松脇圭志の3Pショットとヴィック・ローのベビーフックで突き放すが、川崎はウィンブッシュ、アレンのフィールドゴールで対抗。残り6分18秒で61-74。益子のこの日3本目の3Pショットが飛び出したのは、この時だった。

この時間帯にはウィンブッシュがベンチに下がっており、川崎は外国籍プレーヤーがアレンだけ。琉球が高さを生かすゾーンディフェンスを継続し、勝負を決めにかかっていた中で、川崎としては喉から手が出るほど欲しかったゾーンバスターが飛び出した。

野﨑零也のミスショットをうまく自チームのボールにした増田啓介のティップから、篠山がつないだセカンドチャンスを益子が生かしたこのプレーで、琉球の桶谷大HCはたまらずタイムアウト。57-67の10点差は十分射程距離だ。笑顔を輝かせながら篠山とチェストバンプする益子の姿が、川崎に流れが来ていることも感じさせていた。

益子のストリークはまだ止まらない。この試合最後の長距離弾は残り4分25秒。川崎の追い上げをさらに加速するビッグプレーだった。始まりは一つ前のディフェンスだ。アグレッシブなトラップを仕掛けたことでバランスを崩した川崎のディフェンスを見て、アレックス・カークがペイントに駆け込む。このカットムーブに益子が懸命にローテーションして対応した。ウイングでボールを手にしていた今村佳太が、211cmのカークと186cmの益子のミスマッチを見逃さずパスを送ってきた。

しかし益子はうまくカークの前に回り込み、このボールをインターセプト。はじかれたボールは篠山の手に収まり、川崎がカウンターの速攻に転じた。瞬時にボールはフロントランナーとなった野﨑へ。猛然とペイントに突進する野﨑が十分相手をゴール下まで引っ張っていったところで、ボールが益子に巡ってきた。オープンルックだ。ズドン! 71-78。この時点でいよいよ点差は7まで縮まった。

益子が真のヒーローと呼ばれるためには、勝利を積み重ねることが必要だろう。しかしデビュー3試合目までの活躍で、ポテンシャルの高さは十分感じさせた(©KAWASAKI BRAVE THUNDERS)

その後一度は5点差まで詰めた川崎だが、最後には琉球の特徴であるフロントラインの層の厚みと3Pショットで押し切られ敗れた。しかし佐藤賢次HCは試合後、「試合を通してインサイドが不利な中で色々仕掛けて相手のターンオーバーを17個誘うことができましたし、一人ひとりがしっかりファイトする姿勢は見せられました」と前を向くコメントを残している。篠山も「これだけケガ人が出ている中でも琉球に対してもう一息のところまで行けたというところで自信は得られたので、あとは、オフェンス・ディフェンスでうまくいったところといかなかったところをしっかりブラッシュアップさせて、迷いなくチャレンジャーとしてぶつかっていけるように、まずはこの土日(茨城ロボッツ戦)で良い試合をしたいと思います」と次節への抱負を語っている。

京都とのGAME2後に「全然まだまだで、チームでやろうとしていることの質をもっと高めて自分自身まだまだやれることがあるなと感じました」と話していた益子は、この日はプロとして自身のパフォーマンス以上に黒星の重みを受け止め、勝利への意欲を強くしたのではないだろうか。以下のコメントからもそれが感じられる。

「選手が欠けて行く中でリバウンドのところはしっかりフィジカルバトルしようと試合に入りました。前半セカンドチャンスを与えてしまって相手にリズムを作られてしまったところはあったんですが、ハーフタイムに全員で話し合ってもう一度リバウンド、フィジカルでバトルしてセカンドチャンスを全員で消そうとプレーしました。結果は負けてしまいましたが、それでも追いつけそうなところまでは行けて、チームとしては勝てるという自信も見えたのでそこは良かったと思います」

プロとしての最初の3試合で平均7.7得点、3P成功率66.7%(9本中6本成功)、フィールドゴール成功率も同じく66.7%(12本中8本成功)という数字は「まずまず」を超えるレベルだ。しかし1勝2敗の流れでは、ヒーローと呼ぶにはまだ早いかもしれない。それでも琉球戦での益子の活躍と試合後のコメントは、そう呼ばれるべきプレーヤーの気概を感じさせるものだった。はたして真のヒーローになれるかどうか。挑戦の本番はこれからだ。

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