ケインやルーニーよりも相応しい後継者は20歳の万能MF【サイモン・クーパーの追悼文|後編】

2023年10月、ボビー・チャールトンが86年の生涯を終えた。彼はいまもイングランドフットボールの殿堂の頂点にいる。過去に存在した偉大なイングランド人選手の中でも、正真正銘ナンバー1の勝者だった。肩を並べる者はいない。

ヨーロッパを代表する著述家のサイモン・クーパーが追悼の意を込めて、そのレジェンドの偉業やエピソードを紐解いていく。

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チャールトンが消えた大きな理由は、ラムジーと敵将ヘルムート・シェーンの指示だった。どちらも自チームでもっとも才能のある選手に、相手のナンバー1選手をマークするように伝えていたのだ。

チャールトンも、フランツ・ベッケンバウアーも指示に忠実で、互いの創造性を消すことに腐心。その役割に嫌気がさしたベッケンバウアーは途中、チャールトンにこう冗談を飛ばしている。

「なあ、ボビー。ちょっくらコーナーフラッグまで散歩しに行かないか」

イングランドが4-2で勝利すると、ボビーは涙を流して喜びを爆発させた。数週間後、チャールトン兄弟は『ロールスロイス・ファントム1926』に乗り、故郷のアシントンに凱旋。歩道を埋め尽くした1万5000人の村民から祝福を受けた。

ジャックは両親にバスルームと屋内トイレ付きの新居を贈ったという。ちなみに、この時代を彩ったベアトリス通り出身の英雄はボビーとジャックだけではない。61-62シーズンにはバーンリーのMFジミー・アダムソンがFWA年間最優秀選手賞を受賞している。

W杯制覇の2年後には、ユナイテッドがチャンピオンズカップ初優勝を飾った。栄光のメンバーの中には才能とルックスに恵まれたジョージ・ベストの姿も。すっかり頭髪が薄くなったボビーとのコントラストが際立っていた。

決勝の夜、あまりにも疲れていたチャールトンはその内向的な性格もあったのだろう、チームの祝勝会に参加せず部屋に閉じこもっていたという。

引退後のボビーは、ユナイテッドの大使として国内外を奔走。前述のとおり、英国スポーツ界の顔として五輪招致活動などにも勤しんだ。そのおかげで、僕は愛すべきチャールトンとアルゼンチンの片田舎で幸せなひとときを過ごせたのである。

2008年には、ユナイテッドのアレックス・ファーガソン監督のリクエストに応え、トップチームの前でミュンヘンの悲劇を語っている。ユナイテッドというクラブを切り裂き、そして生まれ変わらせることになった悲惨な事故について語るレジェンドの言葉に、クリスティアーノ・ロナウドとウェイン・ルーニーは耳を傾けていた。

66年W杯を制した多くの仲間たちと同様、晩年はアルツハイマーに苦しんだ。かつての重い革製のボールをヘディングしていた多くの選手が同じ病を患っている。

イングランドフットボールがチャールトンのような選手を目にすることは長いことなかった。チャールトン以降の才能あるイングランド人選手は、いずれも国際舞台で彼のような名誉を手にしていない。

70年代の名手たち――ロドニー・マーシュ、ピーター・オズグッド、チャーリー・ジョージ――はラムジーに加え、その後任監督たちの信頼を勝ち取れなかった。90年代のポール・ガスコインは大いなる可能性を感じさせたが、酒と女に溺れて堕落していくのにそれほど時間はかからなかった。

それと比較すれば、ルーニーはましだったように思う。彼は2008年、チャールトン同様に欧州制覇を達成した。イングランド代表ではチャールトンが持っていた最多ゴール記録(49)を塗り替え、最終的にその数を「53」まで伸ばしている。しかし、ルーニーの不運はイングランド代表の「ルーザーの時代」と重なったことだった。

チャールトンとルーニーの差は何だったのか。僕は時々そう考える。ルーニーが現役時代に稼いだサラリーはチャールトンのそれより何億円も多い。しかし、チャールトンにはルーニーにないものがあった。幸運のかけらだ。チャールトンは自国でのW杯開催という僥倖に恵まれている。

そして現在、イングランドの新世代が殿堂の頂にたどり着くための挑戦を始めている。今日のイングランド代表にはおそらくチャールトンの世代よりも才能豊かなタレントが溢れている。彼らが2026年W杯で優勝すれば、ルーニーを抜き去り、代表最多得点記録を更新しつづけているハリー・ケインもチャールトンと並び称されるレジェンドになるかもしれない。

もっとも、よりチャールトンの後継者に相応しい存在は、ジュード・ベリンガムだろう。現在20歳の彼はチャールトンを上回る才能を秘めている。中盤ならどこでもこなせる万能ミッドフィルダーは1年目のレアル・マドリーで覚醒し、ラ・リーガ得点ランキングの首位に立っている(18節終了現在)。

頼もしい後輩の姿を、チャールトンは空の上から誇らしげに眺めているだろう。静かに、あの柔らかな笑みを浮かべながら。

文●サイモン・クーパー
翻訳●豊福 晋

※『ワールドサッカーダイジェスト』2023年12月21日号の記事を加筆・修正

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