新国立劇場バレエ団、小野絢子と米沢唯がのぞむ『ホフマン物語』のヒロイン像

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新国立劇場でバレエ『ホフマン物語』が上演される。スコティッシュ・バレエを率いた振付家、ピーター・ダレルによる全幕バレエで、新国立劇場では2015年に新たな美術、衣裳で上演、今回が再再演となる。幕ごとに20代、30代、40代のホフマンの物語が語られるが、各幕でホフマンが恋する女性を主役級女性ダンサーたちが競演する華やかさも魅力。本作三度目の取り組みとなるプリンシパル、小野絢子と米沢唯に、役作りや見どころについて聞いた。

ホフマン青年時代の恋人は、バレリーナに憧れる女性

まず尋ねたのは、ふたりが演じるアントニアについて。第1幕で人形のオリンピアに恋をしたホフマンだが、続く第2幕ではバレリーナになることを夢見る、ピアノ教師の娘アントニアと恋仲になっている。

小野 『ホフマン物語』は、プロローグに登場する初老のホフマンが、過去の三人の女性にまつわる物語を振り返ります。アントニアは彼の青年時代の恋人。オペラでは、歌が大好きだけれど心臓が弱く、歌うと死んでしまうという女性ですが、私たちはバレエに置き換えて表現します。

(撮影:鹿摩隆司)

米沢 ホフマンの人生の中で、たったひとりの、愛が通じ合った相思相愛の恋人です。この第2幕は多分、ホフマンの人生で一番幸せだった時期ではないでしょうか。

小野 この幕には、「ザ・」バレエ・シーンといえる場面があるんです。そこでのアントニアは、アントニアではあるけれどアントニアではない──彼女が夢見ていたバレリーナになって踊るのですが、パートナーは、ホフマン! 彼女の中ではそこでもパートナーは彼がいい、ということなのでしょう。理想のパートナーとしてホフマンを巻き込んでしまうんですね(笑)。

米沢 普通の女の子からプリマ・バレリーナへ、短時間でガラッと印象が変わるのは大きな見どころですし、演じがいがあります。恋人のホフマンに対して、突然「(つんとすまして)私を持ち上げなさい」というような雰囲気の大プリマになるんですから(笑)。

小野 ブレることなく好きなものがあるというのは、バレエ作品のヒロインらしいところですね。

米沢 命をかけてでもどうしても踊りたいという思いに突き動かされ、ミラクル博士(実は悪魔)に理性のたがを外され、突っ走った先に死を迎える──大好きなホフマンさえも置いて! そんな情熱的なところにぐっときます。

三人目の女性ジュリエッタは“非現実的”

アントニアは、プリンシパルとして数々のヒロインを演じてきたふたりにぴったりの役柄といえる。米沢はさらに別日程で、第3幕に登場する三人目の女性ジュリエッタも演じる。年齢を重ね、宗教に帰依したホフマンを誘惑する高級娼婦だ。

(撮影:鹿摩隆司)

米沢 彼女は完全に 、“女王”。ホフマンを連れてくるのはボスのダーパテュート(実は悪魔)ですが、彼女はホフマンの中にある欲望の世界、そのトップに君臨している女王だと私は考えています。どこか非現実的で、アントニアのように血の通った人という感じがしないように思いませんか?

小野 彼の中の気持ちの揺らぎみたいなものを象徴しているように思えますよね。まるで『白鳥の湖』で黒鳥が現れたときと同じく、勝手に落ちていくようにも見受けられます。

米沢 誘うとすぐついてきますから(笑)。ホフマンが自分で十字架を作って突き出すというシーンも印象的ですが、それは彼が、彼自身の中にある十字架を持って立ち上がる、ということなのかなと思います。ホフマン役の中でもかなりのハイライトではないでしょうか。
このシーンはアントニアの話とも繋がっていると思うんです。彼女の死をずっと悼み続けていても、どうしても女性というものに惹かれてしまう。でも最後は、彼が強く立ち上がることによってダーパテュートとジュリエッタは消え失せる──。それは、十字架からダーパテュートとジュリエッタが逃げたというよりも、彼が立ち上がった、ということが重要なのかなと思うんです。

その後、エピローグには再び、初老のホフマンの恋人、オペラ歌手のラ・ステラが登場する。

米沢 彼女はオリンピア、アントニア、ジュリエッタという3人の魅力の全てを持ち合わせている人。歌を歌い、丈夫な身体も持っているし、可愛らしさも色気もある。全部を兼ね備えた存在なのだけれど、結局ホフマンはともに生きていくことができない。すべて悪魔が邪魔していることになっていますが、多分、彼自身の問題なのだろうなと思います。

小野 人間らしさにあふれたバレエですよね。現実というものはが思いきり描かれている感がある。でもだからといって救いがない感じもしない。ホフマンは辛い思い出を拒絶しているようには感じられません。それらを胸に抱きながら、生きようとしている。だからこそ、初老となったホフマンもただの偏屈で嫌なおじさんではなく、人々が寄ってくるような、愛すべき人物なんですよね。ちょっと影があって──。それが、ホフマンの魅力であり、この物語の魅力なのかなと感じます。

(撮影:鹿摩隆司)

彼は全然ヒーローではないし、駄目なところもいっぱい見せるし、第1幕ではわりと鼻につくところもある(笑)。舞台を観て、ちょっと自分のことも見直して──という人もいるのではないかなと思います。大人の方は、いろいろ深く感じていただける作品ではないでしょうか。

ホフマンを悪の道へと引きずり込む“悪女”に意欲

今回の公演では小野は日替わりでふたりのホフマン(福岡雄大、奥村康祐)と対峙し、米沢も二つの役ごとに別のホフマン(井澤駿、奥村康祐)と組んで踊る。相手が変わることで、踊り方や表現は変わってくるのではないだろうか。

(撮影:鹿摩隆司)

小野 それぞれに違うものになりますし、この作品に関してはやはりホフマンが主導してどんどん物語を組み立てていく。ホフマンの舵取りに従っていくことで、一本筋が通ることになりますから、そこは注意深く取り組んでいきたいですね。男性(ホフマン役)にとってはとんでもない難役だと思います。経験、技術、感性、ダンサーというか、アーティストとしての力量が試される。各々がどのようなホフマンをつくりあげてくるのか、私はとても楽しみにもしています。

米沢 私の場合は、どちらの役ものびのびと楽しく、です。ジュリエッタ役として(奥村)康祐さんを悪の道に引き込むのはめちゃくちゃ楽しいです(笑)。2018年に一緒に踊った(福岡)雄大さんのホフマンも好きでした。抗いきれない欲望に苦しんで、とても魅力的な顔をするんです。今回、康祐さんがどんな表現をするのか、すごく楽しみです。

(撮影:鹿摩隆司)

その可憐な容姿からは想像もつかない発言だが──。

米沢 ある時期から──『マクベス』(ウィル・タケット振付、2023年4月世界初演)くらいから吹っ切れて、悪女を演じることが楽しくなりました。以前は一所懸命、自分の内面を迷いながら探ってというところがありましたが。“ホワイト”の役も好きですから、両方できるというのはすごくありがたいです。

今回の公演では前芸術監督の大原永子も駆けつけ、リハーサルを指導。スコティッシュ・バレエのプリンシパルとしてピーター・ダレルの薫陶を受け、新国立劇場での本作の上演実現を牽引した彼女だけに、ダンサーたちは皆、大きな信頼を寄せる。

米沢 大原先生はよく「ダレルさんは手の使い方が独特」とおっしゃっていました。普通のポール・ド・ブラ(腕の動き)よりもう一つ内側、身体の近くを通りなさい、と。また男性と組むとき、両手を繋いで複雑に絡ませて手で体を回すといった動きが多く、覚えるのが大変でした。一見さらっと踊っているように見えて“玄人受け”する振付ではないかと思います。

(撮影:鹿摩隆司)

小野 今回、大原先生にリハーサルを見ていただくのは久しぶり。この作品に命を、エネルギーを吹き込んでくださいます。先生がこの作品を振付家から直接習われたということはとても大きいこと。スコティッシュ・バレエではオリンピア、アントニア、ジュリエッタを全部踊られていて、この作品に対して強い思い入れもある。もちろん、リハーサルでは苦労することもあるけれど、先生に指導していただくことで方向性がしっかりと決まりますから、安心ですね。

(撮影:鹿摩隆司)

取材・文:加藤智子

<公演情報>
新国立劇場バレエ団『ホフマン物語』

振付・台本:ピーター・ダレル
音楽:ジャック・オッフェンバック
編曲:ジョン・ランチベリー
美術:川口直次
衣裳:前田文子
照明:沢田祐二

出演:新国立劇場バレエ団

指揮:ポール・マーフィー
管弦楽:東京交響楽団

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2347522

公式サイト:
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/hoffmann/

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