「アドリブ芸」と言われて、まず思い浮かぶのは劇団ひとりだろう。
『ゴッドタン』(テレビ東京)の人気シリーズ「キス我慢選手権」を始め、コントやドラマなど、今までにさまざまなアドリブ企画に参加。台本がない状態の即興演技とは思えない役柄への憑依っぷりで、観る人を驚かせてきた。
今回そんな劇団ひとりが出演する“全編アドリブ映画”の『劇場版 マーダー★ミステリー 探偵・斑目瑞男の事件簿 鬼灯村伝説 呪いの血』が公開される。
マーダーミステリーとは、参加者が推理小説の登場人物になりながら事件の謎を解決していく体験型の推理ゲーム。中国での爆発的人気をきっかけに、日本でもユーザー数が増加している。本作は2021年3月にスタートし、今までにドラマ化や舞台化された『マーダー★ミステリー 探偵・斑目瑞男の事件簿』シリーズの最新作で、シリーズとしては初めての劇場版だ。
劇団ひとりの他、八嶋智人や高橋克典をはじめ、木村了、犬飼貴丈、文音、北原里英、松村沙友理など豪華俳優陣が、それぞれ与えられたキャラクター設定にのっとり、アドリブで演技をしながら、事件解決を目指して物語を進めていく。
アドリブ演技に加え、推理力が求められる本作に、劇団ひとりはどう臨んだのか。現場での苦労や撮影の裏話、マーダーミステリーの魅力などを聞いた。
今までのアドリブ企画にはない気苦労。次の日のスケジュールも知らされないハードな現場
——今までさまざまなアドリブ企画に参加されていた劇団ひとりさんですが、『劇場版 マーダー★ミステリー 探偵・斑目瑞男の事件簿 鬼灯村伝説 呪いの血』の撮影はいかがでしたか?
劇団ひとりさん(以下、ひとり): 率直に、難しかったです。マーダーミステリーは、今までやってきたアドリブの芝居やコントとは違い、設定を与えられるので、下手なことを言えないんです。
普段のアドリブであれば適当なことを言っても成立しますが、「自分が何者か」「なぜそこにいたか」「何時に何をして、何を見たか」といった細かい設定が事前に与えられるので、そこから外れちゃわないように気を遣いましたね。
追い詰められたとき、とっさに嘘をつきたくなってしまいますが、設定とつじつまが合わないことを発言してしまうと、それによって推理が破綻してしまう可能性もあるので。アドリブとはいいつつも超えちゃいけないラインや守らなければいけないルールがあり、大変でした。気苦労が多いというか……。
——実際にマーダーミステリーをプレイするときは設定などが書かれた紙を見ながらプレイをしますが、そういったものも一切なく?
ひとり: それがね、そうなんですよ。ただ、本当に困ったとき用に暗記に使うような小さなカンペは用意してもらっていました。
でも結局、お芝居をしているので見る余裕がなくて、ほとんど見ずに終わりました。
——撮影時間はどれくらいだったのでしょうか。
ひとり: 僕が参加したのは2日間でした。1日目にアドリブ部分の撮影はほぼ終わって、次の日にドラマパートのロケをちょこっとやりました。
アドリブパートの撮影はどこで終わるのかも教えてもらえず、いつカットの声がかかるかとドキドキしていました。
——それはすごい。
ひとり: 徹底的にスタッフが情報を隠そうとして、なんなら次の日の入り時間も伝えられてなくて。それはさすがにいいでしょ! って言ったんですが、「何があるかわからないんで……」と全く教えてくれませんでした。
ただ、そういったスタッフさんの徹底ぶりがあったからこそ、僕たちもマーダーミステリーの世界に没入して撮影に挑めたのかなとは思います。
演技はプロだけど、推理はド素人!? カットされた「まさかの泥試合」
——1日がかりの撮影で、集中力を維持するために心がけたことは?
ひとり: う〜ん。特にないですし、正直もう後半はあんまり集中してなかったですね。集中力が完全に切れちゃってました(笑)。僕に限らず、みなさん疲れてるなっていうのは感じていました。
——頭も体力も使う、ハードな現場だからこそですね。
ひとり: 出演者の方々はみなさん演技のプロなので、アドリブのお芝居についてはなんの不安もありませんでしたが、いかんせん推理に関してはみんな素人で。
一般的にプレイされるマーダーミステリーでは、最後に参加者がぞれぞれ自身の推理を披露していく場面がありますよね。本作でも、最後にみんなで自分の推理を言い合うシーンを撮影したのですが、今思うと見事に全員とんちんかんな回答をしていました。ひどい、何だその推理! みたいな。あまりに泥仕合すぎて、本編ではほとんどカットされてしまいました。
——そんな裏話が。
ひとり: 我々タレントの悪い習性もあるかもしれません。「誰かがすでに回答したものと同じ推理だとよくない」と変に意識してしまうんです。
自分が言おうと思っていた推理が他の人によって先に出されてしまうと、別の切り口で強引に推理をしようとするので、どんどん推理が的外れになっていってしまったのではないかと。中でも特に僕が一番ひどかったですけどね。
——みなさんシリアスなお芝居をされていましたが、頭の中は「?」だったのですね。
ひとり: そういう意味でいうと、マーダーミステリーファンの方にとってはもどかしく感じてしまうかも……。お前、なんでそれ気づかないんだよ! とかね。なんとか温かく見守っていただけると嬉しいです。
——もし次回があったら、どんな推理がしたいですか?
ひとり: 最初に感じた先入観にとらわれず、違うと思ったら早めにシフトチェンジすることですね。
ひとつの考えに固執してしまうと、新しい情報が自分の中に落とし込めなくなってしまうので、この切り替えがすごく大事な気がします。中には思わせぶりな演出もあり、フタを開けてみたら推理にあまり関係しなかった、なんてこともありますから。なるべく考えをフラットに、自由に動けるスタンスでいた方が得策なのではと思いました。
「ジャンルがわからない」から何度観ても楽しめる。マーダーミステリーでしか味わえない面白さを感じてほしい
——本作を観て、『マーダー★ミステリー 探偵・斑目瑞男の事件簿』シリーズはいろいろな要素がミックスされていて、他のアドリブ作品にはない面白さがあるなと思いました。
ひとり: いい意味で、何ていうジャンルなのかよくわからないですよね。ミステリーと言ったらミステリーだけど、ドキュメンタリーの部分も強いし。俯瞰で観たらバラエティーとも言えますし。
——確かに、一つの作品でいろいろな楽しみ方がありますね。
ひとり: なので今回の『鬼灯村伝説 呪いの血』も、結末を知ってからぜひもう1回観てもらいたいです。きっと、犯人役のすごさに驚くはずです。
改めて観ても、全然犯人に見えないんですよ! 「よく飄々とこんな嘘つけるな」という視点で観ると、また違った面白さがあると思います。
あとは犯人じゃない人たちが、みんなから問い詰められているときのツラそうな表情がさらに切なく見えてきますよね。この人、犯人じゃないのにすごい疑われてて不憫だな……っていう。
ひとり: 映画を楽しんでほしいのはもちろんのこと、この映画をきっかけにマーダーミステリーに興味を持って、実際にプレイをする人が増えるのが僕たちやスタッフにとって1番嬉しいことだと思っています。
出演した立場で発言することではないかもしれませんが、マーダーミステリーは観るよりもプレイする方が圧倒的に面白い。
向かい合って、そこで喋っている目の前の人の呼吸や仕草から違和感を感じて目の奥を探っていく楽しさは、ネットでも活字でも味わえませんから。
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