熱いファンに支えられる古豪の本拠地で「イトー!」の大声援が生まれるワケ【現地発】

ブンデスリーガ2部の1FCマクデブルクには輝かしい過去がある。

東ドイツ時代の強豪で、1971-72、73-74、74-75シーズンと3度の優勝歴を誇る。73-74シーズンのカップウィナーズ・カップでは決勝でACミランを2-0で下し、初優勝を果たしている。そして、これは旧東ドイツクラブにとって唯一の国際タイトルとなった。

91年のドイツ再統一後は3部リーグからスタート。その後、3部と4部を行き来するエレベータークラブとなり、02年には残留圏内の12位でフィニッシュしながらも財政難の影響で4部リーグ降格となってしまった。

「〇〇年代にはブンデスリーガの常連」
「リーグやカップ戦で優勝歴がある」
「数々のトップクラスの選手を有した」

すべて過去形で語られがちな古豪が、往年の輝きを取り戻すのは本当に困難だ。同じようなクラブを見渡せば、再浮上どころか5部、6部へと消えてしまうケースも少なくない。それとは逆に持ち直し、22年に2部昇格を果たしたマクデブルクの健闘は称賛に値するだろう。

2月初旬、町野修斗がプレーするホルシュタイン・キールとの試合を取材した。ホームスタジアムのMDCCアレーナは3万98人という中規模のキャパシティ。この日、ドイツ全土でトラムやバスのストが発生したため、ファンの多くは中央駅から45分ほども歩いてスタジアムに向かわなければならなかった。この悪条件下で2万97人ものファンが集まったのは、シンプルにすごいことではないだろうか。

そんなマクデブルクのファンから愛される日本人選手がいる。伊藤達哉。柏レイソルの育成アカデミー出身で、15年にドイツのハンブルガーSVへ移籍。17年9月にトップチームでプロデビューを飾り、切れ味鋭いドリブルで注目を集めた。その後、ベルギーリーグのシント=トロイデンを経て、22年1月にマクデブルクへと加入。途中出場から試合の流れを変える切り札として、ファンから愛されている。

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27分にキールに先制を許し、1点を追う展開が続くマクデブルク。75分、スタジアムが沸いた。伊藤が呼ばれたのだ。

ベンチに走る伊藤に向けて、スタジアムのいろんなところから「イトー!」という大きな声援が送られる。ピッチ上に立つと誰よりも小柄。でも、その機敏さは随一。ファンはワクワクしだす。伊藤が出場したら、何かが起こるかもしれないと期待を膨らませるのだ。やはり途中出場から貴重な決勝ゴール――伊藤にとっては嬉しい今シーズン初得点――を挙げたのは、前回のホームゲーム(19節アイントラハト・ブラウンシュバイク戦)だった。

選手にはそれぞれ輝ける場所と輝ける起用法があるのだろう。

79分、伊藤が一瞬でトップギアに入るドリブルで左サイドを切り裂いた。鋭い突破を見せると、右足アウトサイドでクロス。相手の足が止まった瞬間に動き出し、相手が動きはじめたときにはすでにその場にはいない。

疲れが出てくる終盤に、そんな選手が出てきたら守る側は本当に嫌だろう。キールDFもすぐに警戒して2人で対応するようにしたが、伊藤は臆することなく仕掛け続けた。

「自分としては1対1を3回やって、3回とも抜く必要はなくて、1回抜けたらOKという感じです。途中から出ているので、そこで別に消極的になる必要もない」

83分にも1対1で突破して中に切り込んで右足シュートに持ち込むと、アディショナルタイムにキール守備陣の密集を軽やかに潜り抜け、素早くシュート。GKが弾くも、こぼれ球に反応した味方が押し込んで、土壇場で引き分けに持ち込むことができた。伊藤も喜んだ。

「今日は結果につながったので良かったです」

スタジアムからの帰り道、ストでトラム路線はファンの遊歩道状態。ほろ酔いのファンが得点シーンを何度も振り返ってはクラブの名を叫び、そしてまた陽気に歩き出していった。

伊藤がそんなマクデブルクというクラブについてこう話してくれた。

「ポテンシャルがすごいあるクラブだと思っています。チームとしても高い目標を持ってやっています。まあ今季も怪我人が多くなると、勢いがなくなっちゃったりしますけど。でも、ファンの存在はいいですよね。スタジアムの雰囲気がすごい好きです。本当に熱い」

そんな風にファンへの思いを口にした後「普段はドイツ語でのやり取りだから、日本語ぐちゃぐちゃになっちゃいました」と言って苦笑いしていた。そんなことを言う日本人選手がいるというのもまた面白いではないか。

取材・文●中野吉之伴

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