『傷物語』の音楽はいかに作られたのか 楽曲クリエイターが語り合う

西尾維新の小説シリーズを原作に、2016年から2017年にかけて『傷物語〈Ⅰ鉄血編〉』『傷物語〈Ⅱ熱血編〉』『傷物語〈Ⅲ冷血編〉』として劇場上映されたアニメを、尾石達也監督が再編集した『傷物語 -こよみヴァンプ-』が1月12月から公開中だ。

〈Ⅱ熱血編〉と〈Ⅲ冷血編〉でもエンディングテーマ「étoile et toi」を歌ったクレモンティーヌが、今回は8分という壮大なエンディングの中で「étoile et toi」を歌唱し、物語から浮かぶ痛みを伴う愛の切なさを感じさせてくれる。劇中の音楽も再編集に合わせて練り直され、出会いからバトルを経て終結へと至る展開へと観客の気持ちを引きつける。クレモンティーヌは今回の「étoile et toi」をどのような思いで歌ったのか。

「étoile et toi」をはじめ『傷物語 -こよみヴァンプ-』の音楽を手がけた神前暁(MONACA)と高田龍一(MONACA)は尾石監督の意図をどのように形にしていったのか。1月に来日して横浜と大阪でライブを行ったクレモンティーヌと、神前暁、高田龍一に聞いた。(タニグチリウイチ)

●『傷物語』の音楽といえば「étoile et toi」

ーークレモンティーヌさんは1月23日と25日に行われた横浜と大阪での「クレモンティーヌ Special Live」で『化物語』第10話のオープニング曲「恋愛サーキュレーション」を歌ったそうですね。

クレモンティーヌ:「étoile et toi」と『傷物語』を通して神前暁さんと出会って、他にどのような曲を作っているんだろうと探していたら、「恋愛サーキュレーション」という曲があったんです。まだ他の言語でカバーされていないと知って、フランス語でカバーしたら面白いねとスタッフの方々と話すと、やってみましょうと言ってもらえたのでまずはライブで1回歌ってみました。

ーー実際に歌ってみていかがでしたか?

クレモンティーヌ:「恋愛サーキュレーション」はラップのパートもあって決して簡単な曲ではないんですが、歌っていてとても楽しいんです。すごく耳に残る曲で、1度聞いたら鼻歌で歌ってしまうようなところがあります。お客さんもノリノリになってくれて、とても良かったです。

神前暁(以下、神前):自分も演奏に参加しましたが、ステージにいて楽しかったですね。カバーしていただけると聞いた時はびっくりしました。元々フランスっぽいところがあった曲ですが、クレモンティーヌさんが歌うということで、それをイメージしてアレンジしました。ライブのセットリストに入っていても自然な曲という感じになりました。

ーークレモンティーヌさんは2010年リリースの『アニメンティーヌ ~ボッサ・ドゥ・アニメ~』から何度も日本のアニメソングをフランス語で歌うアルバムを作って来ました。今回のライブでも『風の谷のナウシカ』や『天才バカボン』『うる星やつら』の曲を歌いました。日本のアニメソングのどこに魅力を感じているのですか?

クレモンティーヌ:やはりメロディの素晴らしさがあって、それを皆さんに感じてほしいと思って歌っています。『サザエさん』や『バカボン』など少し前の作品が多いのは、メロディがしっかりしていることと、他に誰もやっていないことがあります。

ーー『傷物語』でクレモンティーヌさんにエンディングを歌ってもらうという考えは、アニメソングを以前から歌っていたことがあったからですか?

神前:アニメソングを歌われていることは以前から存じていましたし、クレモンティーヌさんの歌自体はもっと前から聞いていました。それで、『傷物語』でクレモンティーヌさんにテーマ曲をお願いしたいという話になって、お声がけをさせていただきました。

高田龍一(以下、高田):当初はそうしたことが可能なのか、夢物語ではないですが、引き受けてくれるのかといった感じで現実感がありませんでした。ですから、歌っていただけると聞いてびっくりしましたが、背景にずっとアニメソングも歌って来られたという経緯があるからなのかもしれないと理解しました。

ーー「étoile et toi」が持つフレンチ・ポップスなりシャンソンといった雰囲気は、クレモンティーヌさんに合わせたものですか?

神前:曲自体は、エンディングを歌っていただく前に、『傷物語』の劇伴のテーマメロディとして作ったものです。その段階で、尾石達也監督の方からフランス映画のテイストといったオーダーがありました。2作目の〈Ⅱ熱血編〉でエンディングテーマとして「étoile et toi」を作ってクレモンティーヌさんに歌っていただいたところ、とても好評で尾石監督も気に入って下さり〈Ⅲ冷血編〉でもお願いしました。最終的に『傷物語』の音楽といえばこれだといった楽曲になりました。

高田:劇伴テーマのモチーフが、クレモンティーヌさんの歌を得てより際立って行くプロセスが3部作なのではないかという気がします。最初にメロディを耳にした時は、誰もこういう形に発展していくとは予想できなかったのではないでしょうか。メロディの強さがあってこその発展ではないかと思います。

ーークレモンティーヌさんは「étoile et toi」という楽曲にどのような印象を持ちましたか?

クレモンティーヌ:何も似てない、とてもオリジナリティのある美しいメロディの楽曲だというのが第1印象です。歌詞もすごくシンプルで、言葉を選んだ感じがしていてフランス人には書けないものだと思いました。そして、シンプルだからこそ意味も深いものになっている気がします。

ーークレモンティーヌさんは「étoile et toi」という楽曲にどのようにアプローチしていったのですか?

クレモンティーヌ:「étoile et toi」は何かが歪んでいるというか複雑なところがある楽曲です。聴いても明るくて楽しいということはないですよね。歌詞もそうです。非常に複雑に入り組んだ何かがあるということが歌詞とメロディから感じられたので、そこに監督自身が求めるものを想像して歌いました。自分の曲を歌っている時とは違って、書かれているとおりに歌わなければ表現できない楽曲なんです。だから、自由には歌わないでいこう、そうしなければうまくいかない曲だと感じました。

ーー〈Ⅱ熱血編〉〈Ⅲ冷血編〉と今回の『-こよみヴァンプ-』とで表現の仕方や歌に込める思いは違ってくるのでしょうか?

クレモンティーヌ:最初の時は、私の表現方法でこの歌詞とメロディを表現しようということに集中しました。今回のアレンジはよりダイナミックになっていて、より深くなっていることもあって、そちらに合わせて歌い方も変わりました。何よりもこの壮大な世界観の中に繊細な歌声が入ることによって、前とは違うものになったと思います。あとは男性とのデュエットということも意識しました。

ーー〈Ⅱ熱血編〉でも女性とデュエットしていますが、今回は相手が男性でしたね。

クレモンティーヌ:女性とのデュエットの時は母親のような感じで歌いましたし、今回は相手が男性でしたので表現も変わりました。実は一緒に歌っているのは私の息子なんですが、聴かれる方は映画の内容を意識して、“男と女の関係”を思い浮かべてもらっても構いませんよ(笑)。

ーー神前さんや高田さんは、今回の「étoile et toi」を長編映画のエンディングに相応しいものにしたいといった考えでアレンジなどを手がけたのでしょうか?

神前:今回のエンディングは、尾石監督からのオーダーで大きく分けて前後半の2部構成になっています。コンサートに行っても前半は期待していた曲ではなくて、知らない曲が流れて混沌としてしまうんですが、後半になって知っている美しい曲が流れてきて、ワーッと盛り上がる感じを出したいということでした。高田にそれを具現化してもらいました。

高田:前半をちょっと怪奇的な感じにして、後半から美しいボーカルが入って壮大なオーケストラが奏でられるといった感じですね。今回はデュエットが挟まりますが、以前のアレンジのままではそこで勢いがなくなってしまうように感じられました。デュエットが挟まってしっとりとして、それから戻ってドーンとなるような盛り上がりが欲しいのに、そのままでいくと勢いが出なくなってしまうので、尾石監督に相談しました。

神前:切り貼りしただけでは成立しないので、演出上の設計を尋ねて俯瞰的に捉えた意見を言ってもらいました。

高田:前半部分のホラー映画のような不穏な感じがする楽曲は、今回の『こよみヴァンプ』用に新しく作った劇伴のリアレンジとなります。尾石監督の考えを神前から聞いて組み立てていって、「étoile et toi」に合流する形にすれば、監督が求めていた感じになるのではと考えて探っていきました。

ーーその結果が、8分というエンディング中に詰まっているわけですね。

神前:8分もありましたか!

ーー8分ありますが、聴いていてそれほど長い感じがしません。クレモンティーヌさんの歌が入って、最後まで聞き入ってしまいます。

神前:それは嬉しいですね。

クレモンティーヌ:最後まで聴いて下さいね。実際に最後まで見終われば、エンディングの8分を誰も立てなくなる映画だと思いました。奥深いストーリーを持っていますし、他の何にも似ていない作品で、この音楽はそこにピッタリです。

ーー完成した今回の「étoile et toi」を神前さん、高田さんはどのように感じましたか?

神前:3部作の際はリモートでお話ししたんですが、今回の『傷物語 -こよみヴァンプ-』では、初めてパリに行って、クレモンティーヌさんとコミュニケーションを取りながら録音しました。『-こよみヴァンプ-』のテーマ曲として非常に説得力のあるものになりました。劇伴から発展してクレモンティーヌさんの歌が入って「étoile et toi」という形として完成したと思います。

高田:最初に「étoile et toi」で使われているモチーフが出て来た頃には想像もできなかった形になりました。完成していったというか、こうなって行くんだなという変化を目の当たりにした感じです。感慨深い思いで完成を聴きました。

●「étoile et toi」を日本の音楽史に残る楽曲に

ーー劇伴について伺いますが、『-こよみヴァンプ-』の制作に当たって作り直したり、付け直したりしたのでしょうか?

神前:編集で可能なシーンに関しては、細かく手を入れながらも編集で対応しました。大きく手が入ったシーン、例えばギャグシーンがなくなってシリアスなシーンだけを繋いだところもあるので、そこは新曲を使いました。完全新曲で7曲かな、再編集した曲も14曲で。総集編にしては大ナタが入った感じです。

ーーシリアスな雰囲気が増して、キャラクターの感情の流れも、それぞれのシーンの位置づけも変わりました。やはり音楽も変わってくるものでしょうか?

神前:完成形を知っているので、音楽をよりシビアにといいますか、より細かく当て込む感じになっています。既存曲に関しても、一番気持ちいいタイミングにはまるような演出をしました。効果音やセリフが全部入った状態で音楽を付けられたので、戦闘シーンなどアクションのタイミングに対してうまく当てられたと思います。

クレモンティーヌ:神前さんと高田さんに伺いたいのですが、こうしたアニメ映画を1作品作る際に、音楽はどれくらいの時間をかけて作っているのでしょうか?

神前:総計で60分あるとしても、ふた月は欲しいところですね。レコーディングまで含めると3カ月は必要です。

クレモンティーヌ:それは大変ですね。

ーー神前さんと高田さんは『傷物語』に限らず〈物語〉シリーズ全体に、ずっと音楽で携わって来ました。同じシリーズですが作風もずいぶんと違います。やはりそれぞれに合わせて作曲していく感じでしょうか?

神前:毎回コンセプトもお話も違いますから、演出的な意図に沿って音楽もプランニングしていきます。最初の『化物語』は、無機的な世界観で舞台演劇のような独特なセリフ回しがあって、カメラワークも舞台を客席から見ているような視点でかなり前衛的な映像でした。音楽については音響監督からミニマルミュージックの手法を使ってほしいという提案があって、そういうマッチングもあるのかと思って作って、完成した映像を観てびっくりしました。これは凄い作品が出来たと思ったことを覚えています。

ーー『傷物語』はいかがでしたか?

神前:尾石監督のエッセンスが出ていますね。個人の美意識がここまで貫かれた映画というのはなかなかないと思います。音楽についても、尾石メモに沿って1曲1曲の演出と言うか、設計に近いものをいただいていて、迷ったらそこに戻って読み解き、汲み取っていく作業でした。

高田:僕も定期的にメモを見て、それを読み解きながらといった感じになっていました。『-こよみヴァンプ-』では今までの3部作があるので、新規のカットがここにあるなら今までと何か違う感じのことをやりたいんだろうというのが分かりやすかったです。3部作をそのまま踏襲するなら今までの曲を当てれば良いわけですが、そうではない何かを求めている時は、メモを参考にして読み取っていきました。

クレモンティーヌ:尾石監督とはどのような方?

神前:礼儀正しくて不公平がない人で、芯が強くて熱量が高いですね。ものすごく作品への愛情というか熱意があって、その熱意にみんな振り回されて3部作を8年間、付き合ってきました。というか付き合わされました(笑)。

クレモンティーヌ:監督の世界を理解するのに時間はかかりましたか?

神前:時間はかかりました。表現というか演出がかなり個性的で、時間軸を変えたりナンセンスな表現もあったりして、引用もサンプリングもあってそれらが突然出てくるんです。

高田:こう描いてあるからこうなんだといった正解が簡単には分からないんです。これで良いんだろうかといったことを、デモの楽曲を介して確認してもらうことが必要でしたね。

ーー改めて『-こよみヴァンプ-』という作品を観る観客にメッセージをお願いします。

神前:『-こよみヴァンプ-』として3本の作品が1本にまとまったことで、ある意味、分かりやすくなったと思います。『傷物語』は本作をまず見ればOK、といった決定版になっているので、ぜひ観ていただきたいです。音楽については、やはり映画館の音響というスペシャルな体験をしていただきたいです。クレモンティーヌさんの小さな息づかいからオーケストラのフォルテッシモまで、余すところなく体験できます。

高田:劇場で音が出て消えていくところまで含めて、音を感じながら観てもらえると嬉しいです。その場を振動させているものが時に静まったり、大音量で響いたりといった具合に、音の存在が現れたり消えたりするようなことは、日常ではなかなか意識しません。そういうことが存分に感じられる場面がいくつもある作品です。劇場で味わっていただけると嬉しいと思います。

クレモンティーヌ:やはり皆さんと同じで、これは極めて舞台に近い作品なので、舞台を観るように映画館に行ってほしい、なるべく良い音が鳴る映画に行ってほしいなと思います。エンディングの8分は長いですが席を立たずに最後まで聴いて下さいね。

ーー最後です。クレモンティーヌさんはこれからも「étoile et toi」を歌っていかれますか?

クレモンティーヌ:もちろんです。私にとっての願いは、この曲が日本の音楽史においてスタンダードの一部になっていってほしいということです。それだけの要素を持った曲です。ミッシェル・ルグランの歌のように皆が口ずさんでくれるような曲、皆が知っているメロディになって残ってほしいと思いますし、残るべき曲です。

ーーちなみに、ビルボード横浜のライブで「étoile et toi」を歌った時は、神前さんがピアニカを弾いてエンディングとは違ったアレンジの曲になりました。

クレモンティーヌ:今回のライブで神前さんと一緒にステージで歌った時は、どちらかといえばタンゴのような感じになりました。これだけしっかりしたメロディがあれば、どのような形にでも、誰がカバーしてもしっかりと伝わっていく曲だと思います。

神前:大変に恐縮しています。どなたかにカバーされるということは想定していませんでしたが、確かにそういった他の表現も聞いてみたい気がします。例えば日本語でとか。そうなっていけば嬉しいですね。

クレモンティーヌ:私自身もずっと歌い続けていきます。

ーーできれば「恋愛サーキュレーション」も歌い続けていってください。

クレモンティーヌ:歌います。ぜひ歌わせていただこうと思います。

(取材・文=タニグチリウイチ)

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