J-POPの“参加型アンセム”に新潮流 YOASOBIやKing Gnuから考える体験価値の変化

コロナ禍も徐々に落ち着きを見せ、様々な音楽イベントの現場が取り戻されつつある昨今。その中で大きな盛り上がりの一幕として、各アーティストの持つ「参加型アンセム」の存在がある。

楽曲にあわせ聴衆が手拍子(クラップ)や「WOW~」といった歌いやすい歌詞・メロディでコーラスをし、会場一体で盛り上がる。長年の邦楽シーン史にもこれに該当する名曲は多々あるが、近年そんな参加型アンセムに新たな形式が増えつつある。

従来は聴衆のコーラスが曲の一部を担う場合、参加ハードルの低さを考慮した非常に簡単な歌唱パートかつ、一番の山場であるサビで歌われるケースが多かった。しかし近年のJ-POPには、そのパターン外にもかかわらず大きな支持を得る、新たな参加型アンセムの規格が徐々に広がり始めている。

いくつか具体的な事例を挙げてみよう。まずは2020年リリースのYOASOBI「群青」。本作は、Bメロに該当する箇所がコーラスをメインとしたメロディだ。実際のライブでも、メインボーカルを務めるikuraはこの箇所の歌唱をコーラスに一任。自身はクラップのみで会場を盛り上げるという、珍しい光景を見ることができる。

また同様にシーン最前線をひた走るKing Gnuもこうした参加型アンセム「雨燦々」を持つ。リリース以降もたびたびライブで披露される中、時には井口理(Vo/Key)がCメロのコーラス歌唱を聴衆に促す一幕も。加えて2023年11月発売の4thアルバム『THE GREATEST UNKNOWN』では、このコーラスから構成されるイントロダクション「SUNNY SIDE UP」に続き曲間なしで本曲を収録。楽曲における該当フレーズの重要さを、より強く意識させる形ともなった。

さらに昨年リリースのOfficial髭男dism「Chessboard」は、『第90回NHK全国学校音楽コンクール』中学校の部課題曲という明確な“合唱曲”である制作経緯も含め、非常にわかりやすい参加型アンセムだ。一聴してわかる通り、おそらく聴衆のコーラスに託されるのはラストサビ前のフレーズ。今後彼らのライブで観測できるであろう、本曲の大合唱による感動的なワンシーンも想像に難くない。

そして今最も勢いあるシーンの雄の一人・Vaundyにも、彼を語る上では欠かせない「怪獣の花唄」がある。楽曲の初出は2020年発売のアルバム『strobo』(直前には先行で配信リリース)だが、主にCメロ、Dメロのコーラスに見られるコール&レスポンスを意識した仕掛けが、時間経過と共に驚くべき勢いで効力を発揮。本曲が作り上げる高揚感に満ちた空間は、まさしく彼のライブでしか体感できない象徴的なハイライトと呼んで差し支えないだろう。

このように直近のヒットソングで増えつつある、やや手の込んだ新規格の聴衆参加型アンセム。従来のものと比較した際、これらの曲が影響を与える事象やその背景には、何が隠れているかについても少し考えてみよう。

まずこれまでの参加型アンセムと比較した際、今回挙げた楽曲群にあるコーラスの最たる特徴として、聴衆の曲への“参加度”が圧倒的に高まる点がある。

曲中で聴衆が担うのは、メインメロディのバックコーラスではなくメインメロディ。つまり彼らが歌わなければ、楽曲は正しく成立しない。そのため聴衆はより曲に、ひいては足を運んだライブに、自身が参加している実感や没入感を強く得られる。「ライブ空間は演者と聴衆が共に作り上げるもの」という常套句があるが、それを実に具体的な手法としたのがこの新規格の参加型アンセムとも言えるのだ。

重ねて、数年越しにライブ現場で声出しが解禁された昨今の事情も相まって、こうした参加型アンセムの存在感が高まっていることも大きいだろう。YOASOBI「群青」やVaundy「怪獣の花唄」など、コロナ禍でリリースされた楽曲たちも、この1年かけてライブで新しい魅力を獲得してきている。あるいはコロナ禍で彼らの音楽に出会い、直近でようやく念願の初ライブ参加を叶えたリスナーも少なくないと思う。それらを通じて、音楽イベントの真の体験価値が「アーティストのパフォーマンスを直接体感すること」以上に、「好きな音楽という共通項を通じ、同じ空間に集まる大勢が一体となる感覚を得ること」にもあると痛感した人も多かったはずだ。

一方、これらの曲から見える傾向のひとつとして、ライブ前の楽曲予習が大前提となる状況も考慮しておきたい。

該当曲のコーラスメロディや歌詞は、以前の似た形式の楽曲に比べ圧倒的に難化しており、そもそも楽曲を知らないと間違いなくそのフレーズは歌えない。この背景には先ほども触れた通り、コロナ禍で該当曲を聴き込んだファンのライブ動員が多い点も挙げられる。あるいは、ライブ参加にあたりコーラスの予習が必要な曲という認識から複数回視聴を重ね、それにより視聴再生数が増加し人気曲として判定、ますます大勢の注目を集める……というサイクルで、楽曲が一躍成長するケースもあるだろう。

最後にこれまでとは少し別角度から、該当曲の興味深い点にも触れておきたい。近年よく取り沙汰された、ヒットソングの演奏時間短縮から離脱している傾向だ。

上記の事例曲を見返すと、特徴的なコーラスが入る箇所の大半はCメロとなる。つまりこの形式での制作の場合、自ずと曲中にCメロが発生し、その分トータルの演奏時間が伸びるため、直近のヒットソングの短縮傾向とは相反する構成になる。実際、今回取り上げた曲にはは4分以上のものが多く、近年にしてはかなり長尺の曲ばかりだ。

とはいえ、そもそもこの短縮傾向の背景のひとつに「初聴リスナーの離脱防止」がある。それを考慮する必要がもはやない人気の高さ、加えて大前提としてライブでもコーラスの大合唱が成立するファンの人数を見込めるアーティストだからこそ、この新規格の参加型アンセムの手法を用いることができる部分もあるのかもしれない。

時代環境がめまぐるしく移り変わる中、社会が変われば大衆向けのヒットソングもどんどんその傾向を変える。次の時代に大勢を魅了する音楽には、どんな共通項や特徴があるのか。それを定期的に観測するのも、トレンドを追う楽しみのひとつなのかもしれない。

(文=曽我美なつめ)

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