アングル:マレーシア映画界、海外受賞に水差す国内検閲強化

Danial Azhar

[クアラルンプール 8日 ロイター] - マレーシア映画は2023年、カンヌ国際映画祭やアカデミー賞で受賞し、製作陣にとって輝かしい年となった。しかし、国内では映画検閲が強化され、製作者が殺害予告を受けるなど、せっかくの世界的成功によって広がった希望が消えかねない状況だ。

イスラム教徒が多数を占めるマレーシアでは、宗教的、文化的、道徳的価値観を侵害したり、攻撃的と見なされたりするコンテンツを制限する動きが日常化している。

だが、映画「メンテガ・テルバン(Mentega Terbang)」によって「宗教的感情を傷つけた」として今年1月、映画製作者2人が刑事訴追されたのは異例の出来事だった。

映画人は、こうした動きが創造的な表現を抑圧し、投資を阻み、海外での受賞効果を損なうのではないかと恐れている。昨年はマレー語の映画「タイガー・ストライプス」がカンヌ国際映画祭の批評家週間グランプリを受賞したほか、米アカデミー賞ではマレーシア出身のミシェル・ヨーさんが主演女優賞を受賞した。

メンテガ・テルバンの製作者として刑事訴追された1人、カイリ・アンワル氏は「今は好機だ。(中略)世界中の人々がマレーシアの映画製作者に注目している。今、その好奇心に答えなければ機を逸し、取り戻すのはかなり難しいだろう」と語った。

メンテガ・テルバンは、10代のイスラム教徒の少女が悲しみと向き合いながら、他のさまざまな宗教の扉をたたいていく姿を描いた映画で、2021年に配信サービス「Viu」で公開された。マレーシアでは、オンラインプラットフォームは映画検閲の対象外となっている。

しかし、Viuは23年2月、この映画の配信を停止した。イスラムの教えに反すると見なされたシーンを巡り、一部のイスラム教団体が怒りの声を上げたからだ。

地元メディアによると、映画検閲委員会を監督する内務省は昨年8月、「公共の利益に反する」として、この映画の上映と宣伝を全面的に禁止した。

この映画製作に携わったカイリ氏などの関係者は当時、殺害予告まで受けたと報じられている。

映画監督のバドルル・ヒシャム・イスマイル氏は「映画製作者は制約のある環境だけでなく、身の安全や法的な問題にも対処しなければならなくなった」と指摘。「恐怖の風潮が生まれるのは間違いない」と懸念を口にした。

マレーシアは22年11月、進歩的で改革派と見られていたアンワル首相率いる連立政権が誕生し、政策改革や表現の自由拡大が期待されていた。だが、実際にはイスラム保守主義が広がっている。

最近の選挙では、超保守的な野党がマレー系イスラム教徒の間で人気を博しており、アンワル首相はイスラム教徒としての信仰を証明する必要に迫られていると、専門家は言う。

<検閲>

マレーシアの法律では、一般公開を目的とした映画は映画検閲委員会の承認を得なければならない。委員会は「完全な許可」「一部をカットしての上映許可」「上映禁止」のいずれかの判断を下す。

過度に暴力的、性的に露骨、当局やイスラム教に批判的、または同性愛を描写しているとみなされる内容は、しばしばカットまたは上映禁止される。

有名な洋画では、米ピクサーの「バズ・ライトイヤー」や「ウルフ・オブ・ウォールストリート」などが、これまでに上映を禁止された。

カンヌ映画祭で受賞した「タイガー・ストライプス」は昨年、検閲で大幅なカットを命じられたため、監督はマレーシアでの公開を断念した。

<自主規制>

厳しい規制は自主規制につながり、確実に許可されそうな「安全で進歩のない」映画だけが検閲委員会に提出されるようになった、と一部の映画人は言う。

民間の資金援助に頼ったり、上映を海外の映画祭やオンラインプラットフォームに限定したりする映画製作者もいる。

しかし、映画監督のアミール・ムハマド氏は、そうした方法では最小限の収益しか得られず、投資家を満足させられないと語った。

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