『春になったら』忍び寄る死の影に奈緒は何を思う 深澤辰哉と濱田岳が一触即発

誰もが普通じゃいられなくなる。『春になったら』(カンテレ・フジテレビ系)第5話では親子が互いの思いをぶつけあった。

終活。雅彦(木梨憲武)は医師の阿波野(光石研)から渡された「人生ノート」で、これまでの歩みを振り返る。葬儀の段取りを瞳の友人の岸(深澤辰哉)に頼み、“その日”のために着々と準備を進めていた。夢中になって自分の葬式について話す父を、瞳(奈緒)は複雑な表情で見ていた。

一馬(濱田岳)は瞳に塾の正社員になったことを報告する。事務所はクビになったので芸人は廃業すると伝えた。一馬を応援してきた瞳は、突然のことに気持ちの整理が追いつかない。芸人をやめるのを悲しんでいるのは瞳だけではなかった。書き置きを残して家出した龍之介(石塚陸翔)を一馬と瞳は懸命に探し回る。そこに雅彦から着電が入る。

「僕はパパの足かせになりたくないわけ」

けなげな8歳は父の悩みを理解していて、邪魔にならないようにおとなしくしているけれど、いても立ってもいられなくなって家出してしまった。できれば一馬に芸人をやめてほしくないが、瞳と結婚したいのもわかるから仕方ない。でも自分はどうなってしまうのだろうと不安なのだ。まじめに頑張っている一馬を見て、いつものお父さんと違う、何かがおかしいと敏感に察知していた。

龍之介を演じる石塚陸翔は引く手あまたの子役で、本作以外に今期は大河ドラマ『光る君へ』(NHK総合)に出演中だ。奈緒とは『ファーストペンギン!』(日本テレビ系)でも親子役で共演した。頼りない父親を支えるしっかり者の顔と、ときおり見せる子どもらしい仕草で大人顔負けの演技を披露している。

一馬が芸人をやめて就職しようと考えたのは、経済力のない男に娘はやれないという雅彦の言葉がきっかけだった。それに加えて、瞳から結婚を待ってほしいと言われたことが二重にショックだったのだろう。一馬の中で、ちゃんとした仕事につけば瞳と結婚できるという考えが生まれた。

驚いたのは瞳と雅彦だ。瞳は一馬が真剣に考えてそうしたとわかるから、やめないでとは言えない。自分がきっかけで一馬が芸人をやめたと聞かされた雅彦は、ひそかに応援していたこともあって衝撃を受け、夢を諦めた一馬を娘に代わって罵倒する。嘘をつけない正直な人たちが、互いを思いやるあまりボタンをかけ違えてしまう。何が彼らを追い詰めているかというと、近い将来、確実に訪れる雅彦の別れだった。

死という絶対的なものを前にすると、それまで築いてきた価値観が覆される。何が大事かという基準が崩壊し、優先順位がつけられなくなる。その中で大きな波に抗うように最後の瞬間まで生きていくのは、口で言うほど簡単じゃない。あらためて終活は本人が先頭に立って、周囲の人々とともに人生の終わりを受け入れるプロセスであると感じた。

かつてなく平常心を保つことが必要なときに、劇中の登場人物で一番“普通”なのは岸かもしれない。瞳に結婚式の司会を頼まれ、ひとしきりへこんだ後に、今度は雅彦から葬儀の司会を頼まれる。親子にほんろうされて戸惑いつつ、居酒屋で美奈子(見上愛)に愚痴る姿はいつもの岸で、すぐそばにいる相手の気持ちに気づかないのも平常運転だ。

その岸が一馬と偶然会って、一触即発かと思われたのに、言いたいことをストレートにぶつけているはずが「僕は普通」「一緒にもんじゃを食べに行く仲」と言い捨ててその場を離れる。なぜだか笑いの方向に流れてしまう岸は、マイペースなところが一馬と似た者同士に見える。大まじめな二人のやり取りはシリアスな第5話で一服の清涼剤のようだった。

(文=石河コウヘイ)

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