「自信」と「実力」は別物だ。という当たり前の事実をわからない人が増えたワケ【ロンドン大学教授が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

「自信があれば何でもできる!」と言われたり、聞いたりしたことはありませんか? しかし、本当に成功するために必要なのは「自信にあふれた自分」ではないのかもしれません。著書『「自信」がないという価値』(河出書房新社)より、トマス・チャモロ=プリミュージク氏が、本当に自信がある人について解説します。

「自信はコーラと同じ」といえるワケ

キンキンに冷えたコーラが飲みたくてたまらなくなるーーそんな経験は誰にでもあるだろう。しかし、コーラが飲みたいという欲求に、生物学的な裏付けはまったくない。世界中でたくさんの人が自信を欲しがっているのもそれと同じで、本当は必要ないのに欲しがっているだけだ。

とはいえ、どんなにコーラが好きな人でも、コーラが体によくないことはわかっているが(少なくとも砂糖たっぷりのオリジナルバージョンは)、それが自信となると、特に利点はないということを理解している人はほとんどいない。むしろたいていの人が自信の力を信じている。自分のことが好きで、自信があれば、どんな夢でも叶えられると思い込んでいる。そして、逆に自信がなければ、何をやってもダメだということになっているのだ。

その結果、本当は必要ない自信を欲しがる人が、世の中にあふれるようになった。ただ自信だけを手に入れて、いい気分になることだけを求めている。本当の実力や能力を身につけることはなおざりだ。たいていの人は、できるような気になることと、実際にできることを勘違いしている。

このコーラのたとえ話を使って、自己愛過剰の風潮についてもう少し考えてみよう。

コカ・コーラは、現代でもっとも成功しているブランドの1つといっていいだろう。たとえばコカ・コーラは、フェイスブックの「友達」が世界でいちばん多い[注1]。そこまで好かれるのは、黒くて甘い炭酸水を売っているからだろうか? いや、そうではない。コーラに入っているカフェインと砂糖は、摂取するとすぐに気分がよくなるが、体にはよくない(ちなみにダイエット・コークにすれば多少は改善されるようだ)。

つまりコカ・コーラというブランドは、目先の快楽に溺れるのをよしとするようなライフスタイルの象徴なのだ。ここで、コカ・コーラの広告コピーをふり返ってみよう[注2]。

[注1]これを書いている時点で、コカ・コーラのフェイスブック・ページには4134万4619個の「いいね!」がついている。

●1963年:「コークがあればうまくいく」

●1979年:「コークを飲んで笑顔になろう」

●1989年:「この気持ちよさにはかなわない」

なぜコーラは世界で最も有名なブランドになったのか

2010年、コカ・コーラはユーチューブである動画を配信した。「ハピネス・マシーン」というタイトルで、実在の大学に設置されたコーラの自動販売機が登場する。この自販機には細工がしてあり、コーラを買うと、無料のコーラや、花束、サンドウィッチといったプレゼントが出てくるようになっている。

プレゼントを受け取った学生たちの様子を隠しカメラで撮影したその動画は、再生回数があっという間に300万回を超えた。「楽しい」「嬉しい」といった「いい気分」が、依然としてコカ・コーラのDNAの中心的な存在であることを主張しているようだ。

「ハピネス・マシーン」の動画はその後も30種類ほどが作られ、そしてオリジナルの発表から1年後、今度は「ハピネス・トラック」という動画が発表された。撮影場所はブラジルのリオデジャネイロだ。

今度の動画に登場するのは、自販機ではなくコカ・コーラのロゴが入った赤いトラックで、オリジナルよりもさらに楽しいものをプレゼントしてくれるーーたとえば、サッカーボール、ビーチボール、それにサーフボードまであった。そしてもちろん、無料のコークももらえる。

コーラが健康によくないことは、今となっては誰でも知っているが、それでも世界中でたくさんの人がコーラを大量に消費している。消費量はむしろ増えているくらいだ。そしてコーラの消費の増加に呼応して、同じように「即席の快楽」を提供してくれる他の商品への需要も増えている。

たとえばテレビの視聴は、ここ50年で飛躍的に増加した。アメリカを例にとると、平均的な家庭が1日にテレビをつけている時間は7時間だ。アメリカ全体では、1年で2,500億時間テレビを見ていることになる。これと同じ時間を労働にあてると、たとえ最低賃金でも1兆2,500億ドルの収入だ。それだけの経済成長が、テレビの視聴によって失われたという計算になる。

また、アメリカの平均的なティーンエイジャーを見てみると、学校で過ごす時間が1年で900時間であるのに対し、テレビを見る時間は1,500時間だ。それなのに、ほとんどのアメリカ人は、自分がテレビの見過ぎだとは思っていない。

[注2]コカ・コーラの広告戦略の裏にいる天才たちは、この自己愛過剰社会ではみんなが自分をよく思いたがっているということを知っている。そのおかげでコークは世界でもっとも有名なブランドになれた。全世界の人口の94%がコークのロゴを知っている。こんなに人気があるのは本当においしいからだと思うかもしれないが、しかしペプシの味はそこまでコークより落ちるだろうか? コークの成功は、あるといわれている秘密のレシピのおかげではない。巧妙なブランド戦略と、人々の自己愛を刺激する術に長けているからだ。

また、ここ数十年は、自己啓発マーケットが急激に成長した時期でもある。自己啓発の本、CD、セミナー、ワークショップなどが次々と登場し、自信を高めるさまざまな方法が提唱されてきた。2005年から、リーマン・ショックの起こった2008年にかけて、自己啓発関連の消費は14%近くも増加した。自己啓発業界はそれ以降もさらに成長を続け、現時点では110億ドル規模の市場になっている。

自己啓発本とコーラの共通点

自己啓発関連の商品の大部分は、「自信を高めれば問題は解決する」という考え方が前提になっている。しかし、自己啓発の効果については、たしかな証拠や裏付けはほとんど存在しない。2005年、自己啓発業界を丹念に調査し、批判を加えた本が出版された。ジャーナリストのスティーヴ・サレルノが書いた『SHAM:自己啓発ブームの噓を暴く(SHAM:How the Self-Help Movement Made America Helpless)』だ。

この本によると、自己啓発関連の消費者の80%は「リピート客」だという。彼らは大量の自己啓発関連商品を購入し、消費している。この現象は、『自己愛過剰社会』の著者であるトウェンギ博士がいっていた「自己愛の増加はうつ病の増加と呼応している」という説とも一致しているといえるだろう。

自己啓発本もコカ・コーラと同じだ。中毒性があり、即席の「いい気分」を提供してくれる。そしてコーラが体によくないのと同じように、自分の気持ちにばかりこだわっているのも、長い目で見れば有害だ。「自信を持て」「自分を好きになれ」というメッセージばかりにさらされていると、自分の自信や能力に過大な期待を寄せてしまうようになる。

「自信を持て」といわれるほど、自信が持てないときの気分の落ち込みは大きくなる。自信があれば実力はついてくると思い込もうとすればするほど、自信だけではダメだったときの失望は大きいーまたは、失望を避けるために、自分の能力のなさから目を背けようとする。その結果は、悪循環だ。自分への期待が高くなりすぎ、現実に直面して落ち込み、自己啓発に救いを求め、その結果ますます自分への期待が高くなる。

「自信」と「実力」は別物だ。自信を高めたからといって、それだけで実力がつくわけではない。あなたは自信を高めたいと思っているかもしれないが、本当に必要なものは自信ではなく実力だ。自信を高めることで、実際に成功したり、能力が高まったりするのなら、自信を高めることに意味はあるだろう。しかし、自信が実力につながるという証拠はまったく存在しない。

トマス・チャモロ=プリミュージク

社会心理学者/大学教授

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン教授

コロンビア大学教授

マンパワーグループのチーフ・イノベーション・オフィサー

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