年収430万円の41歳・おひとり様女性、乳がん罹患で絶望…「がんで仕事を失った会社員」の悲惨すぎる“いまの姿”【CFPが解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

がんと診断されると、「もう働けない」「治療・療養に専念しなければ」といったイメージから、仕事を退職してしまう人は少なくありません。しかし、早まって会社を退職してしまうと、その後に後悔することも……。本記事では、株式会社ライフヴィジョン代表取締役のCFP谷藤淳一氏が、秋山恭子さん(仮名/41歳)の事例とともに、がんと仕事の両立について解説します。

乳がん罹患で職を失った女性

東京都練馬区在住、現在無職で41歳の秋山恭子さん(仮名)。

秋山さんはシングルで現在は実家で両親とともに暮らしています。仕事は大学卒業後に入社した建設会社で20年近く事務職として勤め、年収は約430万円でしたが半年ほど前に自主退職。住まいも都内で独り暮らしをしていましたが、経済的な事情で1ヵ月ほど前に両親を頼り実家に戻ってきました。

秋山さんが会社を退職してしまった理由ですが、実は退職の1ヵ月ほど前の精密検査で乳がんの診断を受けたことです。その後入院手術を経て治療は無事に終わり、術前・術後の検査を通じて早期の乳がんであったことがわかりました。現在は定期的な検査を受けるだけで、日常生活にほとんどなにも支障がない状態に回復しています。

乳がんが早期段階でほかへの転移などもなく無事に治療が終わったことにいまはほっとした気持ちにもなれているのですが、一方で、乳がんの診断は秋山さんにとって青天の霹靂で当時は立ち直れないほど落ち込んでしまい、当時早まった行動をとってしまったことを現在では悔やんでいます。

絶望感に打ちひしがれ、会社を退職

秋山さんは40代に入ってから会社の健康診断のときに乳がん検診も合わせて受けるようにしました。ただこれは秋山さんの意思ではなく、会社からの強い推奨があったことや仲のよい同僚たちも受けるというので、それに合わせていた程度のものでした。

秋山さんは自分自身の健康状態に自信があり、「がん」という病気は、高齢者がかかるもの(若いうちはごくまれ)というイメージを持っていました。

ところが検査結果が送られてくるとそこには『要精密検査』の判定が。いままで乳がん検診も含め健康診断で要再検査などの判定を受けたことがなかった秋山さん。よりによって乳がん検診で初めて『要精密検査』判定を受け、急に不安が募っていきました。すぐに検査の予約を入れたのですが、検査日までは2週間ほど日にちがあり、そのあいだにも不安な気持ちはどんどん高まり、押し潰されそうになっていました。

検査後も極度の不安状態が続くなかで検査結果を聞きに行ったのですが、診察室に入り、目の前にいる白衣を着た初老の医師から「秋山さん、残念ながら乳がんがみつかりました」と告げられます。

不安のなかでもわずかながら『異常なし』という回答を期待していましたが、結果は不安が的中してしまいました。ショックで頭の中は真っ白。その後医師がなにを話し、自分がどう感じたのかなどは、いまではまったく記憶にありません。

そしてそこから実際手術を受けるまでは2ヵ月ほど待ち期間があったのですが、この手術を待つ時間が絶望の気持ちを増幅させてしまい、仕事にも行けなくなりました。最終的にがんの告知を受けてから約1ヵ月後、会社に退職することを伝えました。

乳がん手術後の想定外だったこと

乳がん罹患のショックで会社を退職してしまった秋山さん、退職後約1ヵ月後に入院して乳がんの手術を受けました。秋山さんは仕事を辞めてしまうほど絶望していたので、医師や看護師さんは「心配ないですよ」といってくれるものの、「ただの気休めだ」と感じ「これで私の人生もおしまいか……」などといったことを考えていました。

ところが手術が無事に終わり、周囲がやさしく接してくれたことで秋山さんはだんだんと落ち着きを取り戻します。そして術後の検査を通じて秋山さんの乳がんは早期段階、がんの転移の可能性も低いということで特に治療の必要はなく、今後は定期的な検査で経過を見ていくことになりました。

『がん=死』という強いイメージを持っていた秋山さんですが、無事に退院し日常生活に戻っていくなかでがんに対する認識が大きく変わっていきます。そして2つの想定外を味わうことになるのですが、ひとつはよい想定外、もうひとつは悪い想定外でした。がんに対して誤った認識をしていると、その後の生活が悪い方向へ大きく変わってしまう可能性もあります。そういった結果を招かないために、以下で秋山さんが感じた2つの想定外について確認していきましょう。

がんなのにふつうに生活できる

まず秋山さんの乳がんに対する想定外の1つ目は、がんにもかかわらず退院してしまったらいままでどおりの日常に戻ったということです。

当初秋山さんは、がんがひとつ見つかるとあっという間に全身にがんが広がって、常時寝たきりで入退院を繰り返しながら最期を迎える……そんな思い込みをしていたのですが、まったくそういうわけではないようです。医師によると早期の乳がんであれば5年10年と仕事をしながら生きている人もたくさんいることを聞き、大きな安心感を得ました。

また入院期間も8日間と短かったのも予想外でした。数ヵ月の入院となり経済的な負担も大きくなると同時に、ずっとベッドで寝たきりで体力も落ちてしまい、日常生活が自力ではできなくなって、周りに世話にならなければ生きていけないものと想像していましたが、こちらも誤解であったことがわかりました。

そして乳がんの手術で切除をすると、乳房を失い肉体的だけではなく精神的にもつらい思いをする、といった情報をインターネットで見てそれも大きな不安要素でした。しかし、秋山さんは部分切除で済んだため、手術痕はあるものの、想定していたよりも深刻に感じるものではありませんでした。

手術前はもうおしまいだと思っていましたが、がんの再発や転移がなければ元気に長生きしていけるという希望も出てきました。当初の絶望的なまでの不安は少しずつ消えていき、落ち着いたら仕事について社会復帰をしなければという気持ちになりました。

思いもよらなかった「社会復帰への壁」

乳がん手術から退院しリフレッシュのため数週間のんびり過ごした秋山さん。乳がんの診断を受け絶望感から会社を辞めてしまったため、再び就職活動をするため情報収集を始めました。長く事務職を続けてきてPCスキルもそれなりにあるので、同じ事務系の仕事であればそこまで再就職も難しくないだろうと思っていました。

そして同じころ請求していたがん保険から銀行口座にお金も振り込まれました。秋山さんは入社したてのころに、上司の勧めもあり会社の団体契約で下記内容のがん保険に加入していました。

・がんの診断を受けたら50万円
・がんで入院をしたら1日あたり5,000円
・がんで手術を受けたら1回あたり10万円
・がんで通院したら1回あたり5,000円

保険会社からの案内を確認すると、がん診断の50万円、入院8日間の4万円、手術の10万円の合計で、受取額は64万円。入院費用は12万円程度の自己負担で済んだため50万円程度手元に残りました。いままであまり貯蓄をしておらず、退職して給与収入もなくなっていたところなので、秋山さんにとってこのお金は非常に助かりました。

もちろんそのお金だけでいつまでも暮らしていくことはできないので、秋山さんは就職先を探し、条件がよさそうな会社のいくつかに応募して面接も受けてきました。いくつか受ければどこかしらに採用されると思っていたのですが、どこからもよい結果が来ません。秋山さんの2つ目の想定外は、がんで退職してしまうと社会復帰が簡単ではないとうことです。

面接時に自分自身のことを正直に伝えるべきと思い、がんのことを公表していましたが10社目からの不採用の結果を受け、「がんのことを隠したままにしたほうがよいのでは?」といった悩みが出てきました。なかなか思うようにいかないまま2ヵ月以上経過し、秋山さんは疲れてきてしまい再び不安を感じることに。

そしてそれと同時に手元の資金も減ってきてこのままの状態が続くと生活自体が成り立たなくなってしまう恐れが出てきました。最初はがん保険のお金で助かったと感じましたが、もうがん治療の予定がないためこれ以上はがん保険からのお金も期待できません。そのため秋山さんは両親に相談して現在の賃貸マンションを退去し、実家に戻ることを決めました。

収入消失へのリスク管理

今回の事例で秋山さんはまさかの乳がん罹患を受け、想像以上の不安と絶望感から治療が始まる前に会社を辞めてしまった結果として収入を失い、健康面やがん治療費ではなく日々の生活費に対する不安が発生してしまいました。

実はこのような事例は決して珍しくはありません。がんが身近でない人にとっては、がんの診断直後の退職は現実的ではないかもしれませんが、そこまで冷静さを失わせるところががんの特殊性といえるかもしれません。それくらい日本ではいまだに『がん=死』というイメージがあるのだと思います。

確かにがんは不治の病として位置づけられていた時代はありますが、それは遠い過去のはなしです。

[図表]部位別がん5年相対生存率 出所:国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」を基に筆者が作成

上の図表は国立がん研究センターが発信しているデータです。現在ではがんの5年生存率はがん全体で60%を超えています。がんの種類によってその数値は変わってきますが、女性で最も罹患者数が多い乳がんでは90%を超えていますし、さらに今回の事例の秋山さんのように早期の乳がんの場合にはほぼ100%となっています。

こういったデータからもがんになってしまったらそれでおしまい、というわけではなく、治療を終えてそれまでどおりの日常生活が戻ってきますし、がん患者さんによっては通院でがん治療を受けながら日常生活を送っている人も少なくありません。

ですからがんの診断を受けたとしても日々の日常はそこからも長く続いていくため、生活を支えていく毎月の収入については失うわけにはいきません。

国のがん対策のひとつ『就労支援』

日本にはがん対策基本法という法律が存在するのですが、これは国全体でのがん克服のために平成18(2006)年に成立した法律です。それに基づき現在は『第4期がん対策推進基本計画』というアクションプランが策定され、さまざまな施策が行われています。

この計画のなかに『がん患者さんの就労支援』が明記されているのですが、国のがん対策で明記されるということはそこに問題があるということです。第4期がん対策推進基本計画の『就労支援について』という項目のなかで以下のような記述があります。

平成30(2018)年度に実施された患者体験調査では、がんと診断を受けて退職・廃業した人は就労者の19.8%を占めており、そのうち初回治療までに退職・廃業した人は56.8%となっている。

現在1年間に約100万人の方ががんの診断を受けるといわれていますので、決して少なくはない人数が治療開始前に退職・廃業しています。国のがん対策では、現在ハローワークにキャリアコンサルティングなどの資格を持つ専門の就職支援担当『就職支援ナビゲーター』を配置し、がん患者さんなどの就職支援策を行っています。また、企業に対しても、

国は、がん患者が治療と仕事を両立できるよう、中小企業も含めて、企業における支援体制や、病気休暇、短時間勤務や在宅勤務(テレワーク)など企業における休暇制度や柔軟な勤務制度の導入等の環境整備を更に推進するため、産業保健総合支援センター等の活用や助成金等による支援、普及啓発に取り組む。

という方針でさまざまな働きかけをしています。

あわてて会社を辞めてはいけない

しかし国のこういった取り組みはまだ始まったばかりですし、現実にがん患者さんの再就職には課題が残っています。やはりがんになってしまったからといってあわてて会社を辞めるべきではないということがいえると思います。

実際会社員の人が会社を退職すると失うものが少なくありません。たとえば、

・有給休暇制度
・病気休暇制度
・休職制度
・傷病手当金制度

などが代表例です。もちろん会社によってどこまであるかは違いますが、有給休暇や傷病手当金はどこでも共通の制度です。また、所属している職場で理解があり独自でサポートをしてくれる場合もあります。たとえば出社が難しい場合にリモートワーク対応にしてくれるなどが近年ならではのものですが、ひとまずひとりで抱え込まず相談することも大切であるといえます。

ただ先述したとおり、なにもない冷静な状態であれば難しくないようなことを、できなくさせてしまうのががんの特殊性でもあります。いざというときに少しでも落ち着いた対応ができるために大切なことが、あらかじめ『がんを知る』ことです。

がんは怖い病気という印象はあるかもしれませんが、がんは治る時代にもなりつつあるといわれています。また、がんに罹患しても、がんと向き合い仕事や日常生活をふつうに送っているがんサバイバーの方もたくさんいます。こうしたことを知っておくことで、万が一自分自身ががんの診断を受けてしまったときのショックを緩和できるかもしれません。

まとめ

がん保険に加入している人のなかには「がん保険に加入しているからがんは安心」と感じている方がいらっしゃいます。実際筆者は過去に1万回以上の保険相談会に携わってきて、お客様からこのセリフを何度か聞いてきました。

しかしがん保険はあくまでがん治療費をカバーすることが目的の保険です。事例にあったようにがんはメンタル的なダメージも大きいですし、それにより思いもよらない判断をしてその後の生活や人生に影響を与える恐れがあります。

できればがん保険を考える時に保険の比較選択だけでなく、がんという病気のこと自体を知って知識を持っておくこともがんの備えとして大切です。もし自分でそういった知識を得ることが難しい場合には、がん保険相談の際にがんを取り巻く環境をよく知る専門家に相談することをお勧めします。

谷藤 淳一

株式会社ライフヴィジョン

代表取締役

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