「生きて帰れないかもしれない」下心が招いた雪山遭難…“過信しすぎた”男の末路と救助費用は?

<前編のあらすじ>

小島武広(44歳)は、会社の福利厚生で毎年開催される1泊2日のスキー旅行に初めて参加した。学生時代にスキーが得意だった小島は、好意を寄せている後輩の三上早苗(32歳)の前で格好をつけようと、バックカントリー(スキー用に整備されていないエリア)へと1人で入っていってしまったが……。

●前編:「雪山をなめるなよ」社員旅行で遭難…アラフォー男が危険な場所へ自ら入った“イタすぎる”理由

スノーモンスター

夢中になっていたせいか、天候が変わっているのに気づくのが遅れた。

『これ、やばいんじゃないか』

と思った時には、小島は強い風と雪に視界をふさがれていた。「ホワイトアウト」というやつだ。どこに何があるのか全く分からない。いったい、自分はいまバックカントリーのどのあたりにいるのだろうか。

ホワイトアウトの状態でその場から動いたのが良くなかった。視界が晴れてきた頃には、小島は森に迷い込んでいた。樹木は雪や氷を身にまとい、まるで怪物のような姿になっている。

いわゆるスノーモンスターというやつだ。今の小島にとって、怪物のような樹木の姿はなにか良くないことが起こる予兆のようにしか思えなかった。スノーモンスターに囲まれた小島はなんとか自力で元の場所に戻ろうとしたが、自分が今どこにいるのか全く分からなかった。

さまよっていたのは短時間だと思っていたが、かなり森の奥深くにまで入ってしまったようだ。スマートフォンを取り出してみたが、予想通り圏外だった。これでは救助を呼ぶこともできない。これ以上動くのは危険だと判断し、小島はそこでじっとしている事にした。

幸いにもオレンジ色の派手なスキーウエアを身に着けているから、比較的発見されやすいだろう。おやつに食べようとチョコレートも持ってきているし、なんとか翌朝まで耐えることができそうだ。

『もしかしたら、俺は死ぬかもしれない』

分厚いウエアを着ていても、やはり寒い。

小島は身体を小刻みに揺らし、なんとか暖まろうとしたが無駄だった。日が沈むと寒さはよりいっそう厳しくなった。少し厚着すぎるかと思ったが、しっかりと重ね着をしてきて良かった。寒さはつらいが、深刻な低体温症はなんとか避けられるはずだ。

しかし、頭ではそう分かっていても、心を落ち着けるのは難しかった。

『もしかしたら、俺は死ぬかもしれない』

寒さに震えながら、小島は恐怖におののいていた。

本当に夜を越せるか不安で仕方がなかった。中途半端に知識があるのが逆に良くなかった。

雪山で遭難した人間の末路を知っているだけに、いくら『大丈夫だ』と自分に言い聞かせても、恐怖が湧き上がってくるのを止められない。

そもそも、ホワイトアウトの状態でその場から動いてしまったのが最大のミスだった。決してその場から動かずに視界が晴れるのを待つのが鉄則なのに、自分はそれさえも忘れてしまった。恐怖と同時に自己嫌悪も小島を苦しめた。

寒さと恐怖と自己嫌悪の中で、ひたすらに時間が早く過ぎることを祈った。

そんな小島を眠気が襲う。さすがに雪の中で寝てしまうのはまずい。頭を振ったり自分の頰をたたいたりしてなんとか眠気を覚ます。

眠気は小島を試すかのように断続的にやってくる。そのたびに自分の頰を強くたたく。しかし、眠気に負け、まるで倒れこむように顔面から雪に突っ込んでしまった。雪の冷たさが顔に突き刺さり、すぐに目が覚めた。危なかった。このまま眠っていたら冷たくなって救助隊に発見されるところだった。

後ろで大きな音がした。

『もしかして、クマか?』

最悪のシチュエーションが脳裏をよぎり、身体をびくっと震わせた。こんな状態でクマに出くわしたら絶体絶命だ。

しかし、小島はすぐに冷静さを取り戻すことができた。クマは冬のあいだは冬眠している。ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには樹木から落ちた雪の塊があった。普段は強気な小島だが、雪山にひとり取り残されてはそうもいかなかった。あまりにも弱くて臆病な自分が情けなくて、自己嫌悪がさらに加速していった。

指先が冷たくて仕方がない。もしかしたら、凍傷にかかっているかもしれない。ひどい凍傷になれば指先が壊死(えし)し、切り落とす羽目になる。もしも全ての指を切り落とすようなことになれば、二度とまともに働けないのではないか。

恐怖に駆られた小島は、必死になって手袋に包まれた指をこすり合わせた。

夜の雪山のなかで、小島は孤独な戦いを強いられていた。

救助ヘリコプターで病院へ

そして、なんとか生きて朝を迎えることができた。東からのぼってきた太陽が森の中で震えている小島を優しく照らしてくれた。太陽に照らされていると、心なしか身体が暖まってくるような気がした。

しばらくすると、ヘリコプターの音が聞こえた。上空を見上げると、それは間違いなく救助のヘリコプターだった。

「おーい! ここだあ!」

どんなに大声を上げてもヘリの音でかき消されてしまうのは分かっていたが、声をあげずにはいられなかった。大声をあげながら、小島は両手を大きく振って自らの存在をアピールした。

ヘリは小島に気づいてくれたようだった。そして、ヘリからロープが垂らされ、救助隊員が小島のところまで降りてきた。

「大丈夫ですか!」

小島は救助隊員に対してなにか言おうとしたが、言葉が出てこなかった。大声を上げて両手を振ったことで体力を完全に使い果たしてしまい、今の小島には言葉を発するだけの力も残されていなかった。しかし、小島は助かったのだった。

ヘリで病院まで運ばれた小島はすぐに適切な治療を受けることができた。幸いにも手の指先に軽い凍傷を負っているだけだった。念のためにその日だけは入院し、翌日に退院となった。

なんと救助費用が自己負担に…

小島はすっかり安心しきっていた。凍傷で手や足の指を切断する事態も予想していたが、それは避けることができた。医者からは「装備が十分だったから助かりましたね」と言われた。やはり、学生時代にスキーをしていた自分は違う。もしも半端なスキーヤーだったら、ほぼ無傷に近い状態で生還することはできなかっただろう。

三上からメールが届いていた。

「無事に救助されたと聞いて安心しています。バックカントリーを勧めた私たちにも責任があると思っています。また元気な顔を見せてください」

遭難したのは大恥だが、こうして三上からメールをもらえたのは救いだった。会社からは数日間は出社せずに休養するよう言われている。やることもないし、会社に戻った時の遭難の言い訳でも考えておくか。

そんな風に気楽に考えていた小島だったが、自宅に届いた請求書を見て一気に青ざめた。小島の救助のために100万円以上の費用が発生しており、その支払い責任は小島にあるというのだった。

小島を救助してくれたのは警察か消防のヘリだと思っていたが、民間の山岳救助隊のものだった。ヘリ以外にも小島の捜索のためにかなりの人員を動員しており、救助費用が高額になってしまった。

請求書を手にしたまま、小島は自宅の床に座り込んでしまった。この金額を支払うには定期預金を解約しなくてはいけない。まさか、自分がこんな目に遭うなんて思ってもみなかった。

かつて先輩に言われた「雪山をなめるなよ」という言葉が小島の脳内でむなしく響き渡っていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

大嶋 恵那/ライター

2014年立命館大学大学院経営管理研究科修了。 大手人材会社などで法人営業に従事したのち、株式会社STSデジタルでライター業に従事。 現在は求人系、医療系、アウトドア系、ライフスタイル系の記事を中心に執筆活動を続けている


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