だるまと夜景のローカル線

 【汐留鉄道倶楽部】富士山に一番近い鉄道はどこだろうか。答えは山梨県の富士山麓電気鉄道富士急行線。「富士山ビュー特急」や「フジサン特急」という名の列車が走るだけのことはある。

 2位、3位はJRの身延線(富士宮付近)と御殿場線(御殿場付近)。山頂からの直線距離を測ったらこの二つは僅差だった。そして第4位が今日の主役、静岡県富士市を走る岳南電車という地方鉄道だ。

1両の両端で「顔つき」が違うだるま電車=岳南原田駅

 ちょっと複雑な話で恐縮だが、会社の名前は「岳南電車」で、線の名前は「岳南鉄道線」。というのも、もともとあった「岳南鉄道」という会社のうち、鉄道部門を分社化して岳南電車という会社が誕生したという経緯からこうなった。だから岳南鉄道という会社は「鉄道」を名乗っていても今は不動産事業が中心の会社になっている。まあ、地元では「がくてつ」だろうと「がくなん」だろうと意味は通じるので問題はない。

 1月下旬、現地を訪れた。JR東海道線の富士の東隣、吉原が岳南電車の出発駅だ。全線9・2キロの線形は平仮名の「つ」を左右反転したような形で、吉原を出て西に向かうとすぐに右に急カーブにかかり、東海道新幹線の下をくぐって東へ。ここから終点・岳南江尾(がくなんえのお)の直前まで新幹線より北側を走るので、新幹線や東海道線を抑えて「富士山近さ第4位」をキープできたのだ。

吉原駅のホームから見える富士山

 岳南電車は「全駅から富士山が望める鉄道」をうたっていて、10駅すべてのホーム上に「ここに立てば正面に富士山が見える」という「富士山ビュースポット」の表示がある。この日は晴れていたのだが、あいにく富士山には昼から雲がかかってしまった。夕方になって山頂付近だけ顔を出してくれたのがせめてもの救いだった。

 走る車両は1両ないし2両編成。真っ赤に塗られてはいるが、元は京王線や井の頭線の電車だ。途中駅で待っていたら、正面にだるまのプレートを掲げた1両編成がやって来た。この時期、富士市の妙法寺で開かれる毘沙門天大祭に合わせて、名物のだるまをモチーフにした「だるま電車」が走るのだ。車内に入ると、沿線の子どもたちによるだるまの絵や折り紙が飾られていてほほえましい。

運行を終えて吉原駅に到着した夜景電車

 さて、今日の目的はだるま電車だけではなかった。予約制の「夜景電車」だ。1カ月のうち数日、1日1本に限って運行、車内の電灯を消して窓を開け、夜景を楽しむという酔狂な電車なのだ。

 日が暮れるのを待ち、2両編成が吉原に入線してきた。一般客は1両目に、予約客は2両目に誘導されて出発を待つ。ドアが閉まり、車掌さんに促されて乗客が「3、2、1…」とカウントダウンすると、われわれ2号車の車内は真っ暗になった。

吉原駅を出発、工場群に消えて行く2両編成

 なぜ夜景が売りなのか。岳南電車の沿線は製紙業を中心に多くの工場が集まっていて、その間を縫うように走っているため、間近に夜景を楽しむことができる。冬は空気も澄んでいて、ライトが配管や煙突に反射してまぶしいほど。全開の窓から入る冷気も気にならず、車内放送でどんな工場が見えるか詳しく説明してくれるのもありがたい。往復約50分の旅はあっという間に終わった。

 人口減による乗客減少など、ローカル鉄道の経営は厳しくなる一方だが、だからこそこうして頑張っている鉄道を心から応援したい。

 ☆共同通信・八代到

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