「女性だけが検査・接種していれば大丈夫」がまねく悲劇。妊娠初期に風疹に感染し、子どもを亡くした母が語る風疹ワクチンの重要性

引用元:hisa nishiya/gettyimages

妊娠20週ごろまでに妊婦さんが風疹(ふうしん)にかかると、「先天性風疹症候群(せんてんせいふうしんしょうこうぐん)」といって、赤ちゃんに難聴、白内障、心疾患などの障害が現れる可能性があります。風疹は5〜7年周期で定期的に流行する傾向があり、現在でも風疹症候群の赤ちゃんが生まれています。
風疹をなくそうと活動をしている「風疹をなくそうの会『hand in hand 』」代表の可児佳代さんに話を聞きました 。

ワクチンで防げると知らずに「風疹」に感染。こんな後悔をもうだれにもさせたくない

妊婦さんとこれから生まれてくる赤ちゃんのために社会全体で風疹予防を

――可児さんは「風疹をなくそうの会『hand in hand 』」などの活動を通して、風疹にかかる妊婦さんを一人でも減らしたいと活動をしています。

可児さん(以下敬称略) 私は先天性症候群の赤ちゃんをゼロにしたいという思いで日々活動をしています。
私自身、妊娠初期で風疹に感染しました。帝王切開で生まれた娘は難聴、白内障、心臓病などの症状がある先天性風疹症候群で、高校3年生の卒業式を待たずに亡くなりました。心臓病の悪化でした。
私は、子どものころに一度風疹に感染したことがあると勘違いしていて、もう免疫はあるし、大人になって感染するとは思っていませんでした。
何よりくやしかったのは「防げる方法があった」と知ったときのことです。妊娠前に風疹ワクチンを接種していれば風疹症候群を防げると知ったのは、子どもを出産したあとだったんです。
娘は不妊治療を経てやっと授かった子でした。不妊治療を始める前にワクチンを打っていれば・・・。私と同じ経験をしたママたちは自分を責め続けることになります。こんな後悔をもう誰にもさせたくない。その思いで活動をしています。

妊婦さんとこれから生まれてくる赤ちゃんのために社会全体で風疹予防を

風疹は大人が感染しても、重症化することは少なく、つい軽く考えてしまいがちです。でも風疹は妊娠前の女性や妊婦さん、おなかの赤ちゃんにとってはとても怖い病気。社会の中で風疹患者をゼロにすることが、未来の命を守ることにつながると、可児さんは強く話します。

――ある年代の男性に風疹の抗体が低いことがわかっているそうです。男性に危機感を持ってもらうためにはどうすればいいのでしょうか。

可児 やはり知識をもってもらうこと、当事者の声に耳を傾けていただくことがいちばんですので、こうして活動をしています。

風疹はせきやくしゃみなどの飛沫(ひまつ)感染が主ですが、接触感染によっても感染します。風疹そのものは、大人がかかっても軽い症状であることも多く、症状が出ない場合もあるため、「大したことはない」と思われがちです。
でも、風疹の免疫がない集団では、1人の風疹患者から5〜7人にうつるほどの強い感染力があるといわれていて、この感染力は新型コロナウイルス感染症やインフルエンザよりも強いんです。また潜伏期間も1週間から10日と長く、自覚症状も少ないため、知らないうちに家族や職場の女性に感染を広げてしまうこともあります。
たとえば職場の同じフロアに、まだ妊娠に気づいていない段階の女性がいるかもしれません。2013年の風疹流行時にも、そういう女性の風疹患者がたくさんいらっしゃいました。

――風疹は、だれもが無関係ではないのですね。

可児 本当にそうです。風疹は、妊娠の早い時期に感染するほどおなかの赤ちゃんの症状が重症化しやすくなります。やっかいなのは、女性自身が妊娠に気がついていない時期と重なることです。だからこそ、妊婦さんや妊娠を希望する女性とそのパートナーや家族だけではなく、社会全体で予防する必要があるのです。「自分には関係ない」ではなく、ご自身のお子さんやお孫さんに感染させる可能性もあります。

私は風疹ワクチンを「思いやりワクチン」と呼んでいますが、これから生まれてくる赤ちゃんを思いやって、未来の命を守るためにも、ぜひ対象になる年代の男性は抗体検査とワクチン接種を検討していただきたいですし、周囲の人からも強く勧めて欲しいと思います。

――なぜ風疹はなくならないのでしょうか。

可児 風疹ワクチンは2回接種すれば抗体がつくことがわかっています。また、2回接種したママからは、先天性風疹症候群のお子さんは今のところ生まれていないというデータもあるそうです。

ですが、日本では風疹ワクチンを接種していない世代、または1回しか接種していない世代があるのです。なかでも、1962年4月2日生まれ〜1979年4月1日生まれ(昭和37年度〜昭和53年度生まれ)の現在44歳〜61歳の男性は、子どものころに風疹の定期接種の機会がなかったことから、一度も風疹ワクチンを接種していません。そのため、免疫を持っていない可能性があり、風疹にかかりやすく、感染を広めてしまう可能性が高いと考えられています。

実際、風疹が大流行した2013年では、感染者の多くが当時30代〜50代の風疹ワクチンを接種していない世代の男性でした。この世代は働き盛りということもあり、海外出張などに行って風疹に感染してしまったケースも考えられます。その方たちがまわりの女性や家族に感染させてしまったことで、残念ながら多くの先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれてしまいました。

風疹ワクチン接種歴を世代別にチェック!【男性編】

かつて、風疹ワクチンを女子だけに接種していた時代がありました(上記チェック表参照)。なぜかというと、妊娠するのは女性なので、女性だけ接種していれば大丈夫だと思われたからです。でも実際は、男性の間で風疹が流行してしまいました。そうなるとワクチンを接種している女性でも風疹の抗体価が低い場合は、感染してしまうことに。だからこそ、男性にはとくに、風疹ワクチンの接種が望まれるのです。

風疹ワクチン接種歴を世代別にチェック!【女性編】

妊娠する可能性のある年齢の女性でも、ワクチンの2回接種をしていない可能性はあります。心配な場合は一度風疹の抗体検査をしましょう(上記チェック表参照)。

男性が風疹ワクチンを接種するなら、今!

現在、風疹ワクチンを接種していない男性に対して、ワクチン接種をすすめる無料クーポンが配布されています。男性へのワクチン接種の動きや現状はどうなっているのでしょうか。

――風疹クーポン券を使用して検査をした男性は増えていますか。

可児 残念ながら、クーポン券の使用率はわずか2%程度なのが現状です。いろいろな理由が考えられますが、そもそも男性は自分が妊娠するわけではないので、危機感を持ちにくいというのがあります。

自分の妻が妊娠して初めて、必要性を感じる男性は多いのですが、クーポン券が配られている世代はパパ世代よりも少し上の年代です。その世代の方の声を聞くと、「自分は健康だから大丈夫」という根拠のない自信を強く持っていたり、「なぜ自分が打たなくてはいけないんだ」と他人事のようにおっしゃる方もいます。また、忙しくて検査に行く暇がない、という声もあります。そのためにも、私たちはぜひ職場で風疹の検査を受け、ワクチン接種をすすめていただけるようにお願いしています。

――クーポン配布キャンペーン実施中に新型コロナウイルス感染症が流行しましたが、活動にどんな影響がありましたか。

可児 コロナ禍で、みなさんが感染予防に努めたおかげで、風疹の患者さんも減りました。ただ風疹ワクチンの接種よりも新型コロナワクチン接種のほうが優先され、ほぼ活動は休止状態でした。

ちなみに新型コロナワクチンのクーポン券が比較的スピーディーに配られたのは、風疹ワクチンのクーポンのシステムがあったからなのです。また、新型コロナの流行によって、日本中の国民の感染症に対する意識が高まったこと、「自分だけでなく、人に感染させない」という意識を持てたことは、とてもよかったことの一つだと思います。

新型コロナウイルスの予防に努めることももちろん大切ですが、風疹についても、このままなし崩しにしてしまうわけにはいきません。いま、海外からの渡航者もコロナ以前並みに増え、風疹がいつ流行するかもわからない状況です。

正直なところ、「新型コロナワクチンも接種したのに、風疹ワクチンまで接種するの?もういいじゃないか」という声も聞こえ、風疹への関心が薄れていることに、とても危機感を持っています。

数は減っていても、風疹感染者がいる限り、先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれる可能性はあります。当たり前のことですが、風疹が流行しなければ、先天性風疹症候群の赤ちゃんは生まれない、たったそれだけのことなのです。だからぜひ、抗体検査とワクチンが原則無料の2024年度のうちに、ワクチン未接種の可能性が高い、40代後半~50代の男性には一度医療機関で調べていただければと思います。

【時田先生から】風疹 第五期定期接種 無料クーポンまもなく終了!!

1962年4月2日生まれ〜1979年4月1日生まれ(昭和37年度〜昭和53年度生まれ)の現在44歳〜61歳の男性は、同世代の女性が接種を受けているのに対し、子どものころに風疹の定期接種の機会がなかったことから、抗体の男女差が生じている世代です。一方で1962年4月以前に生まれた世代は、男女ともにワクチン接種がなかったため、自然感染が多く、抗体価が上昇しています。
昭和37年4月2日〜昭和54年4月1日生まれの男性には、各自治体より第五期定期接種の無料クーポンが配布され、令和7年3月まで利用が可能です。いよいよ残すところ1年になってきました。ぜひ活用してください。

お話/可児佳代さん 監修/時田章史先生 取材・文/樋口由夏、たまひよONLINE編集部

おぼえてください! 2月4日は、「風疹の日」

風疹をなくそうの会『hand in hand 』

参考: 昭和37年~53年生まれの男性へ 風しんの抗体検査・予防接種を!/政府広報オンライン

【2023年版】風疹の抗体検査受検・ワクチン接種勧奨PJT オフィス篇/大阪大学感染症総合教育研究拠点チャンネル

「クーポンが配られている対象の方、またクーポンの対象外でも風疹の予防接種を受けたかどうか記憶があいまいな方は、抗体検査を受けて協力していただきたいです」と可児さん。風疹のワクチンは、2回接種していれば抗体がつくとわかっているもの。先天性風疹症候群は、防ぐことができるものなのです。

可児佳代さん(かにかよ)

PROFILE
風疹をなくそうの会『hand in hand 』
共同代表。風疹が大流行した1982年、不妊治療の末に妊娠したものの、自身が風疹に感染。出産した長女が先天性風疹症候群と診断される。難聴、先天性白内障、心臓病の障害を抱え、手術や治療を繰り返しながら元気に成長するも、高校3年生の卒業式を前に天国に旅立つ。
その後、同じ苦しみを誰にも繰り返してほしくないと、風疹をなくすための活動を個人で開始。再び風疹が大流行した2013年、お子さんが先天性風疹症候群の母親たちと「風疹をなくそうの会」を立ち上げ、現在もセミナーや講演会などで活動を行なっている。

時田章史先生(ときたあきふみ)

PROFILE
クリニックばんびぃに・院長。順天堂大学医学部卒。1991年~1993年オーストラリアGarvan医学研究所留学、順天堂大学医学部小児科講師などを経て2015年より現職。日本骨代謝学会評議員、東京小児科医会理事、港区医師会理事。NPO法人VPDの会理事として、小児の感染症対策、予防接種の啓発に取り組む。現在東京産婦人科医会と4つのV(VitaminK&D、HTLV-1、HPV)対策のため活動中。

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年1月の情報であり、現在と異なる場合があります。

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