日本製鉄の2兆円買収は実現する? 米大統領が鉄鋼労組の反発を支援

日本製鉄は2023年12月、アメリカの鉄鋼大手USスチールの買収を発表しました。USスチールの完全子会社化を目指す方法で、取得費用は2兆円にも及びます。両社は買収に合意しており、株主総会や当局から承認を得られれば成立するとしています。

しかしUSスチールの買収は実現が危ぶまれています。背景にはアメリカの労働組合の反発と米大統領選があります。日本製鉄によるUSスチール買収の概要を押さえましょう。

歴史ある米鉄鋼を買収 日本製鉄は世界3位の鉄鋼メーカーへ

日本製鉄が子会社化を目指すUSスチールはアメリカの鉄鋼メーカーです。1901年に誕生した老舗で、銀行家のJ.Pモルガンや『鉄鋼王』アンドリュー・カーネギーらが設立にかかわりました。当時は時価総額が10億ドルを超える世界最大の企業だったといわれています。

しかし、その後は米国の鉄鋼業は衰退します。アジア勢が台頭し、粗鋼生産量のトップは中国企業が占めるようになりました。また米国内でも首位の座をニューコアに明け渡しています。世界鉄鋼協会によると、USスチールの粗鋼生産量は世界27位にとどまります。

【粗鋼生産量ランキング上位5社(2022年)】

1位.中国宝武鋼鉄集団(中国):1億3184万トン
2位.アルセロール・ミタル(ルクセンブルク):6889万トン
3位.鞍山鋼鉄集団(中国):5565万トン
4位.日本製鉄:4437万トン
5位.江蘇沙鋼集団(中国):4145万トン
(参考)16位.ニューコア(米国):2060万トン
(参考)27位.USスチール(米国):1449万トン

出所:世界鉄鋼協会 数字で見る世界の鉄鋼2023

【USスチールの業績・財務】

※1ドル=145円換算

出所:USスチール 決算リリース(2023年12月期)

日本製鉄とUSスチールの2022年の粗鋼生産量を合計すると5594万トンに上ります。これは世界2位のアルセロール・ミタル(6889万トン)に次ぐ水準です。買収が実現すれば、日本製鉄は世界3位の鉄鋼メーカーになる見込みです。

アメリカ鉄鋼労組の反対を大統領候補が支持 買収は実現するか

日本製鉄とUSスチールは買収に合意しています。発表時のリリースでは、2024年上半期のUSスチール株主総会を経て、同年4~9月の成立を見込んでいました(出所:日本製鉄 USスチール買収のリリース)。

しかし買収は難航するかもしれません。アメリカを象徴するUSスチールを外国企業へ売却することには反発も生じているためです。

全米鉄鋼労組(USW)は買収の発表直後に「失望という言葉では言い表せない」との声明を出し、反対の立場を明確化しました(出所:全米鉄鋼労組 リリース(2023年12月18日))。

さらに大統領に経済政策を助言する国家経済会議(NEC)は、USスチールの買収は対米外国投資委員会(CFIUS)の審査対象になり得ると声明を出しています(出所:ホワイトハウス リリース(2023年12月21日))。対米外国投資委員会は外国資本によるアメリカへの投資を規制する組織です。過去には住宅設備のリクシルグループが海外子会社の売却を差し止められたことがあります。

また米大統領選も買収にかかわってきました。前大統領で共和党の有力候補であるトランプ氏は2024年1月末、大統領に選出されればUSスチール買収を阻止すると表明しました(出所:Bloomberg(2024年2月1日))。選挙に向け有権者にアピールする狙いがあるとみられています。

現職の大統領も労働組合票の確保に動いているようです。全米鉄鋼労組は、バイデン氏から支援を約束する「個人的な保証」を受け取ったと明かしました(出所:全米鉄鋼労組 リリース(2024年2月2日))。

このような経緯から日本製鉄によるUSスチールの買収は政治問題化しつつあります。株式市場も買収の実現を疑っているのかもしれません。

日本製鉄はUSスチール株式を55ドルで取得すると発表しています。これを受けUSスチール株式は50ドル近辺まで買われました。しかしその後は55ドルまでの差を埋める動きは見られず、トランプ氏の発言後はさらに軟化しています。

【USスチールの株価(日足終値、2023年12月1日~2024年2月13日)】

出所:Investing.comより著者作成

USスチール買収は成立するのでしょうか。当面はUSスチール株主総会と対米外国投資委員会の動向が焦点となりそうです。

買収費用2兆円 増資の可能性はある?

株主にとって、買収で気になるのは増資の可能性でしょう。株式を使った資金調達は1株あたりの価値の希薄化を招くことから、一般に株価は下落します。

USスチールの買収が実現した場合、取得総額は141億2600万ドル、1ドル=145円で2兆0483億円です。日本製鉄は銀行からの借入金で対応するとしており、すでに資金の手当ては確保しているようです。ただし財務状況や市場動向などから「最適な資金調達手段を検討」するとしており、融資以外の可能性を残しています(出所:日本製鉄 USスチール買収のリリース)。

日本製鉄の財務状況を確認すると、株主資本比率はおよそ43%です(2023年9月)。これは同業他社とほぼ同じ水準です。

【日本製鉄の財務(2023年9月末)】

※鉄鋼業はプライム・スタンダード・グロースに上場する41社(2022年度)

出所:日本製鉄 決算短信、日本取引所 決算短信集計結果

取得費用を借入金で調達すると仮定し2兆円を単純に負債と総資産に積み上げた場合、日本製鉄の株主資本比率は7%ポイント悪化し36%となります。金融費用の増加も想定されるため利益も圧迫しそうです。

こういった影響を避けるため、増資が選択される可能性もあるでしょう。USスチールの買収が成立した場合、次は日本製鉄の資金調達が注目を集めそうです。

文/若山卓也(わかやまFPサービス)

若山 卓也/金融ライター/証券外務員1種

証券会社で個人向け営業を経験し、その後ファイナンシャルプランナーとして独立。金融商品仲介業(IFA)および保険募集人に登録し、金融商品の販売も行う。2017年から金融系ライターとして活動。AFP、証券外務員一種、プライベートバンキング・コーディネーター。


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