日本の重力波望遠鏡「KAGRA」被災状況の詳細が判明 能登半島地震の影響

2015年に「重力波」の観測に成功して以降、現在の天文学は重力波を宇宙の観測手段とする段階に入っています。岐阜県飛騨市に設置された大型低温重力波望遠鏡「KAGRA」は、重力波の詳細な観測を行うため、他国の重力波望遠鏡と連携していました。

しかし、2024年1月1日に発生した「令和6年能登半島地震」でKAGRAの装置の一部が損傷を受けたことが判明し、詳細な被災状況が2月5日に報告されました。現時点では具体的な時期は未定なものの、KAGRAは2025年1月の共同観測期間終了前までに観測運転を再開することを目標としています。

【▲図1: 神岡鉱山坑道内に設置されたKAGRAの一部(Credit: 東京大学宇宙線研究所 & 国立天文台)】

■「重力波」は本格的な天文観測の手段となりつつある

1915年にアルベルト・アインシュタインが提唱した一般相対性理論では、重力に関する様々な現象が予言されていました。その中でも最後まで観測による証明ができていなかったのが、「重力波」と呼ばれる時空の “さざ波” です。重力波が初めて観測されたのは2015年のことであり、奇しくも提唱からちょうど100年で最後の “宿題” が解かれた形です。

観測自体が困難であった重力波は、その検出器である重力波望遠鏡の改良によって、現在ではただ観測するだけでなく観測データから天文現象の詳細を考察する段階に入っています。重力波は光 (電磁波) で見通すことのできない場所でも通過することができるため、ブラックホール同士の衝突や誕生直後の宇宙など、これまで観測ができなかった天文現象に切り込む強力な手段として重視されています。

ただし、重力波という弱いシグナルを検出することは相変わらず困難であり、複数の重力波望遠鏡で観測することは観測データの精度を高める上で重要です。また、地球の複数の地点に重力波望遠鏡を設置すると、重力波の到達時間のわずかなズレをもとに発生場所を精度よく絞り込めます。このため、世界各地に重力波望遠鏡を設置し、共同で観測することが重要です。

大規模な重力波望遠鏡は、これまでにアメリカの2か所に設置された「LIGO」と、イタリアに設置された「Virgo」があり、発生場所の絞り込みに最低限必要な数である3か所を満たしています。しかし発生場所の特定精度を上げるには、最低でももう1か所での観測が望まれます。

■大規模で繊細な重力波望遠鏡「KAGRA」

【▲図2: KAGRAは、神岡鉱山の地下約200mに掘り進められたトンネル内に設置されています。L字型の “腕” の長さは3km以上あります(Credit: 東京大学宇宙線研究所)】

日本に設置された「KAGRA」は、LIGOやVirgoと同程度の規模と性能を持つ重力波望遠鏡です。岐阜県飛騨市の神岡鉱山の地下に設置されたKAGRAは、長さ約3kmの距離で設置された鏡の間を約500回往復するレーザーによって重力波を捉えます。

レーザーは光の波長が揃っており、波の山や谷が同じように重なり合っているため、通常はお互いに影響を及ぼしません。しかし、重力波が通過すると空間がわずかに伸び縮みするため、波の山や谷の重なりがずれます。すると、光が強めあったり弱めあったりする「干渉」という現象が起こります。この干渉を捉えることで、重力波を検出することができます。

ただし、重力波による空間の伸び縮みの長さは原子核よりもずっと小さなものであるため、非常に繊細な調整が求められます。特に、レーザーを反射する鏡の位置は非常に重要です。KAGRAの場合、常に生じている地面からの振動の影響を最小限に抑えるため、地質的に安定した神岡鉱山の地下深くに設置するだけでなく、サファイア製の鏡に振り子構造の防振装置を設置しています。また、物質を構成する原子は温度が高くなるほど激しく振動していますが、この振動自体もノイズとなります。KAGRAはサファイア鏡を冷却することで原子の振動を抑えており、そのことを強調するために大型低温重力波望遠鏡と呼称されます。さらに、装置そのものは空気の影響を避けるために真空中に置かれています。

■「能登半島地震」による損傷が判明

【▲図3: LIGO-Virgo-KAGRA観測運転の予定表 (能登半島地震発生前に作成されたもの) 。KAGRAは第4期観測運転 (O4) の前半を終了し、後半の開始を2024年3月に控えていました(Credit: IGWN)】

KAGRAは2023年5月から6月にかけて、LIGOやVirgoと共に重力波を共同で観測するLIGO-Virgo-KAGRA第4期観測運転の前半「O4a」に参加し、その後は観測を終了して感度を向上させる作業を行っていました(O4a自体は2024年1月まで継続)。前回の共同観測運転期間であるO3にはKAGRAの建設が完了した後の途中参加となっており、またCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の拡大による中断もあったため、O4aはKAGRAにとって実質的に最初の本格的な参加となっていました。

しかし、2024年1月1日に発生した能登半島地震は、震源から120km以上離れたKAGRAにも影響を与えました。KAGRAが設置されているトンネル坑内での震度は3でしたが、それでも装置全体に平時よりも強い振動がかかります。また、防振装置は重力波と似た周期の振動がノイズになることを防ぐことを目的としているため、周期が大きく異なる地震の揺れを抑えることはできません。結果として、KAGRAの装置全体に大きな負荷がかかりました。

地震発生直後は余震への警戒があったために、遠隔以外の詳しい調査を行うことができませんでした。また、装置の多くが真空下に置かれているため、目視点検は一部しか行うことができません。不具合の有無の確認は、装置の位置や向きを捉えるセンサーの値や入力信号に対して返される出力信号など、様々なパラメーターを地震前後で比較するという間接的な方法が必要となります。このため、第一報は1月15日、より詳細な第二報は2月5日に発表されました。

まず、人的被害やトンネルの崩落など深刻な被害は今回発生していません。また、最重要部品である鏡には地震のような過剰な揺れを抑えるためのストッパーがあり、今回は鏡を吊るすワイヤーの切断やストッパーが機能せずに鏡が落下して損傷するといったような最悪の事態は避けることができました。

【▲図4: KAGRAの装置概略図。鏡の位置調整を行ったり揺れを抑える装置 (水色の丸の上にある四角で表されている) が、部品の脱落などの被害を受けました(Credit: 東京大学宇宙線研究所)】

しかし、それ以外の部分についてはいくつかの損傷が見つかっています。鏡の振動を抑える鏡防振懸架装置は、全20基のうち少なくとも9基に鏡の位置の制御に必要な磁石の脱落があり、鏡の位置を遠隔で調整できなくなりました。また、防振装置の一部が本来であれば接触してはならない位置で接触していることも判明しました。また、振動を計る加速度計の一部から信号が届かなくなっていることや、冷却装置に必要な給水ポンプが1月13日に停止した影響で装置の一部を冷却できなくなるトラブルも発生しています。

部品の脱落や遠隔で調整ができない状況であることから、修理と調整の作業は手動で行う必要があります。このため、装置を包む真空装置の内部に一旦空気を入れ、修復と調整作業を行った後、再度真空に置く必要があります。一部の装置についてはすでにこの作業に着手していますが、まだ着手できていない装置もあります。また、鏡は地震発生当時にはマイナス188℃の極低温に冷却されていたため、調整のため室温に戻した後は再度冷却する必要があります。

これらのことから、修理にはそれぞれの装置によって、1か月から数か月程度の時間がかかると見積もられています。

■共同観測期間終了前に修理完了を目標に

全20基の鏡防振懸架装置の不具合については、まだ全容は判明していません。残り11基も順次調査中ですが、調査の完了にはもう少し時間がかかります。

第4期観測運転の後半「O4b」は2024年3月末に開始が予定されていますが、O4bの開始時にKAGRAが観測に参加できないことは確実視されています。KAGRAの修理が終わり、観測運転がいつ開始されるかの目途は立っていませんが、O4bは2025年1月までの観測期間が予定されています。この期間までに観測運転が再開するよう、KAGRAの修理作業が続けられています。

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文/彩恵りり

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