人的資本経営は戦略的な「DEIB」の取り組みから――2023年度第4回SB-Jフォーラム

サステナブル・ブランド ジャパンが主催する2023年SB-Jフォーラムは、ESG、マーケティング、生物多様性をテーマに開催してきた。これらのテーマをつかさどるものは人であり、企業にとって「ウェルビーイング」と「人的資本」は欠かせないものになってきている。第4回のフォーラムでは、ウェルビーイングと人的資本をテーマにその土台となるダイバーシティへの取り組みについて、D&Iや経営戦略に関する研修などを提供するJob Rainbowの代表取締役CEO星賢人氏が講演。「Belonging(帰属意識)」をコアにした「DEIB」の実践方法など、具体的かつ戦略的な内容に参加者は熱心に耳を傾けていた。

山岡氏

冒頭、サステナブル・ブランド国際会議 D&Iプロデューサーの山岡仁美氏は、参加者に1人15秒でフォーラムの参加目的をチーム内で発表するよう促した。15秒では短すぎるという声もあったが、山岡氏はワーク終了後に、CMは15秒で作られており、投げかけられたことを端的にキャッチしやすく、ポイントが伝わることを説明した。

さらに、「チームは4~5人だが、伝わる人、分からなかった人、伝え方もさまざま。同条件・同環境なのに少人数でもギャップが生じている」と話し、「組織がギャップに気づかず、放置したらどうなるか?」と問いかけた。そうした場合、業務の生産性が上がらなかったり、社員同士のコミュニケーションが図れないといったことが予想される。山岡氏は「ギャップに気づいて、それをチャンスとして生かしていくことが必要」であり、「コミュニケーションにはさまざまなギャップがつきものであると、念頭に置くことが大事」だとした。

(当日資料より)

また企業ポートフォリオの一つである「人的資本」について、「性別や年齢にかかわらず社員一人ひとりが、モチベーション高く信念を持ち、本来の自分を生かせているかが重要」であり、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括的)の「DEI」から「DEIB」への取り組みが必要になると話した。「B」はBelonging(帰属意識)であり、山岡氏は「心理的安全性が高く、会社や組織、社会に属している実感を持てるBelongingがコアになる」という。そしてこうした推進のキーとなるのがウェルビーイングだと説明した。

「DEIB」の実現は企業文化の醸成に投資すること

星氏

続いて登壇したJob Rainbowの星氏は、「人的資本とDEIは切っても切り離せない関係性」だと話した。また労働人口の減少は2040年まで確実に続くという背景のもと、女性活躍推進法や障害者雇用促進法、LGBT理解増進法など多様性に関する法整備があり、「2023年はDEIの転換点だった」と続けた。

星氏はダイバーシティへの取り組みの変遷について、これまでの「D&I」からEquityを加えた「DEI」の取り組みが必要とされる背景には、生まれ持った階級や身分で職務が決まる貴族主義社会(アリストクラシー)があったと指摘。日本では年功序列や家父長制に基づく考え方が基本だった。現在では能力主義に変わってきているが、能力には生まれた経済環境が影響しているという問題がある。

星氏は、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授が能力主義(メリトクラシー)の弊害を提唱していることを紹介し、「能力だけを見てしまうと、その人の背景にあるものが見落とされる。もっと公平に競争できる社会が必要」だと強調した。さらに「Z世代の68.7%が50万円年収下がってもDEIに取り組んでいる会社で働きたい」としている調査結果があり、新卒世代の価値観が大きく変わってきているため、会社が変わらないと人材が採用できず、会社が成り立たなくなると力を込める。「人は一生を会社の中で終えるわけではない。企業は選ぶ立場から選ばれる立場になった」ため、企業はBelongingを入れた「DEIB」への対応が必要になる。

星氏は「DEIBの実現は企業文化の醸成に投資すること」だと話す。DEIBに取り組んでいる企業は、離職率が50%低下し仕事のパフォーマンスが56%向上するなどのデータがある。「取り組むことで業界の競争優位性を確立できる」という。

星氏が提案するのが「企業文化に脱構築と再構築のプロセスを組み込んでいくこと」だ。ハーバード・ビジネススクールのジョン・P・コッター名誉教授が提唱する企業文化形成の6つのプロセスを紹介しつつ「一番大事なのは危機意識や課題意識の醸成」だと説明。「企業文化を変えることは時間がかかる」ことを念頭に置き、意識の醸成ができたら脱構築し、規範を作り変えることをポイントに挙げた。

(当日資料より)

具体的にはまず現況をスコアリングして把握し、次に社員教育をすること。星氏は社員教育をするに当たり、「特定のマイノリティに絞って話さないこと。全体のつながりや包摂性がないと社員は表面的なものしか理解できない」と注意を促す。またDEIBは事業戦略の観点から取り組むべきと強調し、「例えば広告を作る時に、社内教育を受けた制作担当者がきちんと理解していれば、自主的にDEIBを意識した内容になる。それがいちばん理想的なこと。一人ひとりがきちんと企業文化を体現できていることは、投資に勝るリターン」だと講演をまとめた。

どういう人が活躍すると組織が伸びていくのか、逆算を

星氏の講演を受けて、山岡氏は「もはやDEIBの施策が重要と言っている場合ではないのでは?」と星氏に投げかけた。星氏は「施策だけを導入する企業は十中八九、うまくいっていない。将来的にどういう人が活躍すると組織が伸びていくのか、逆算して考えるべき」と応じた。

また多くの企業は、男性が主体となった組織にマイノリティを同質化させる取り組みになりがちだが、星氏は「長期的にどんな身体機能でも働けるような施策が必要。それを出発点にするとその企業らしい施策になっていく」と話した。山岡氏は「年功序列でキャリアを積んできた健康な男性を管理職の基本とすると、多様性を活かす新たな価値創造はできない」と続けた。

一方で星氏は、そうした男性中心の企業慣習について「慣習は昔の人が合理的に作り上げてきたものであり、否定すべきではない。リスペクトしつつアップデートする視点があると、企業はスムーズに変容していけるのではないか」と会場に呼びかけた。

会場からは「女性管理職には男性管理職と同じレベルを求め、プラス女性としてできること期待することがウェルビーイングにつながるという考え方でいいか」と質問が出た。星氏は「女性的な管理職像を作ってしまうと、固定化されたりバイアスがかかってしまう。まずは誰でも管理職を目指しやすくする必要がある」と回答し、さらに「9割の男性管理職が変わるほうが企業文化の変化は大きいはず」とその女性にだけ重荷を負わせないことが大事だと付け足した。

その後、参加者はチームごとに自社の課題について意見交換した。あるグループでは、「女性の中でも管理職になりたくないという人もいる。無理やりにはできない」や「本人が管理職に就くデメリットだけ考えてしまい、人間的な成長につながることなど理解してもらうことに苦労している」などの意見が出ていた。また「企業文化を変える取り組みとして、属性数の構成を意識しその仲間を増やして変えていく」ことなど、自社でできることの発表があった。

第3回の振り返りと次回の予告

サステナブル・ブランド国際会議サステナビリティ・プロデューサーの足立直樹氏は、前回のフォーラムのテーマ「生物多様性×調達」について振り返り、改めて企業活動は生物多様性に依存していること、生物多様性の損失の原因は人間活動であることなどを説明した。そして「自然と事業活動の接点はどこにあるか考えると、ほとんどの企業が原材料調達の影響が大きいことが分かるはず。まずバリューチェーン全体で把握することが大事」だと強調した。

振り返りを受けて、参加者から、前回のフォーラム後にマレーシアのパーム林を見に行き「マクドナルドの講演で、トレーサビリティや生産者との対話が重要だと話していたので、意識して生産者と話をした。まだこちらから提案することなどは難しいが、大規模農家と小規模農家のレベルは違うという現実を知った。それを次のステップにつなげたい」などと報告があった。

また次回2月20日開催のフォーラムについて、サステナブル・ブランド国際会議アカデミック・プロデューサーで、駒澤大学教授の青木茂樹氏がオンラインで説明した。第5回は特別プログラムで、米国サステナブル・ブランドのファウンダー & チーフエグゼクティブ コーアン・スカジニアと、サステナブル・ブランド タイのカントリーディレクター・シリクン ヌイ ローカイクンが登壇。21~22日に開催するSB国際会議2024東京・丸の内のテーマである「REGENERATING LOCAL ここから始める。未来をつくる。」について議論する。

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