大坂なおみ、1年10カ月ぶりにベスト8進出!知将フィセッテと歩む復活ロードに「今、すっごく楽しいの」と手応え<SMASH>

1回戦は、わずか1カ月前の全豪オープンで敗れた相手に、課題点を修正し快勝とも言える勝利を手にした。

2回戦では、相手のセットポイントを凌ぎ、結果的にはストレートで勝つ勝負強さを発揮した。

元女子テニス世界1位、グランドスラム(四大大会)4度の優勝経験を持つ大坂なおみが、カタール・オープン(2月11日~17日/カタール・ドーハ/WTA1000)で復帰後初の2連勝。

3回戦では、対戦予定だったレシア・ツレンコが肩のケガを理由に棄権したため、戦わずして準々決勝へと歩みを進める。これが復帰後最高成績なのはもちろん、ツアーでベスト8以上に勝ち進むのは、2022年のマイアミ・オープン以来のことだ。

「この勝利は大きい。こういう試合が、今の彼女には何より必要だったから」

2回戦の勝利直後、そう言い安堵の笑みをこぼしたのは、コーチのウィム・フィセッテである。2019 年末にコーチに就任するなり、フィセッテと大坂は、1年2カ月の間に2度のグランドスラムタイトルを勝ち取ってきた。大坂の妊娠・出産に伴い一度は袂を分かったが、復帰を決意した大坂が声を掛けたのは、やはり“プロフェッサー(教授)”のニックネームを持つこの知将だ。
今大会の初戦でカロリーヌ・ガルシアに勝利した時、大坂は勝因として「リターン」を真っ先に挙げた。リターンは大坂がオフシーズンに、変革に取り組んできたプレー。両足で細かくジャンプしながら構え、素早く相手サービスに反応するそのリターンは、本人曰く「ジョコビッチがお手本」。「オフシーズンにウィムとも話し合いを重ねて、変えてきた」と言った。

その件をフィセッテに尋ねると、「リターンはずっと、課題でしたから」とコーチは即答する。

「今回、なおみと復帰に向けて練習を再開した時、知り合いのバイオメカニクス(生体力学)の専門家にも相談し、なおみのリターンの動きを分析してもらいました。スプリットステップをしっかり踏むことで、反応を早くすることが狙いです」

そのように技術面にメスを入れると同時に、フィセッテは大坂と多く言葉を交わしながら、復帰へのロードマップを緻密に描いているようだ。

「産後7カ月で、ここまでできているのは凄く早い。過去の出産経験者を見ても、みんな復帰まで1年はかかっている」

完璧主義者の大坂にはそう声をかけ、モチベーションと逸る心のバランスを取る。同時に、現在のトップ選手の試合を見ながら、参考にすべき点について話すこともあるようだ。
「先日も、リバキナの試合について話したんです」とフィセッテが明かす。「彼女が、(アブダビ大会の)コリンズ戦で勝った試合を例に挙げながら、大切なポイントで集中力を上げる様子などは素晴らしいということなどを」

そのような会話の成果だろうか。カタール・オープン2回戦での大坂は、ペトラ・マルティッチ相手に、まさに大切なポイントを取り切った。第1セットを6-3で先取し、第2セットもセットカウント5-4とリードして自身のサービスゲームを迎える。だがここでブレークを許すと、タイブレークではたちまち0-4とビハインド。相手に追い風が吹いているかに思われた。

試合後に大坂は、「あの場面での私は、正直、スコアのことは考えていなかった」と振り返る。

「第2セットの最後のサービスゲームの時、私はかなり集中していた。それだけにブレークされた時は落ち込みそうになったけれど、プレーは悪くないと自分に言い聞かせた。タイブレークの序盤では、かなり緊張感していたので、まずはリラックスし、心を落ち着かせるようにした。結果的には、それがとても良かったと思う」

果たしてタイブレークでは、3-6から4ポイント連取しマッチポイントへと至る。そこからは一進一退の攻防が続くも、緊張の場面でも攻めることを恐れない。最後は相手のダブルフォールトで転がり込んだ勝利ではあるも、これも大坂がリターンでプレッシャーを掛け続けた帰結だ。

「グランドスラムで連続優勝した頃を10とするなら、今はどれくらいまで戻ってきているか?」
この問いに対し、大坂とフィセッテはいずれも「ある部分では、今の方が以前よりも良い」と声を揃える。その上で大坂は、「試合勘という意味では、あまり問題はない。妊娠中に当然体重がかなり増えたので、もっと身体を絞り、必要な部分に筋肉をつけなくてはいけない」と言った。

一方のコーチにとって、今、何より手ごたえを感じているのは、大坂のテニスへの姿勢だという。

「このあいだ話していた時に、彼女が言ったんですよ。『ねえウィム、今、すっごく楽しいの』って。その言葉が聞けたことが、本当にうれしかった」

穏やかな口調と笑みで、フィセッテが振り返った。

なお大坂がマルティッチと対戦するのは、2014年のスタンフォード大会の予選決勝以来。当時16歳の大坂はその後、本戦初戦でサマンサ・ストサーにも勝利し、センセーショナルなツアーデビューを果たした。

その10年前の衝撃を、まるで再現しているかのようなキャリアの再スタート。来たる準々決勝で大坂は、今年1月のブリスベン国際で対戦し、フルセットで逆転負けを喫したカロリーナ・プリスコワへと挑む。

現地取材・文●内田暁

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