年金360万円、定年後は夫婦仲良く「東南アジア移住」も…一転、夫だけ「財産2,700万円」を失い、異国の地に取り残されたワケ【行政書士が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

ひと昔前と比べ、多くの方にとって「海外移住」は身近なものとなりました。なかでも、定年退職後に海外へ移住する人が増えています。こうした背景には、海外移住や現地に関する情報がインターネット等で手軽に入手しやすくなったことや、移住先の国での外国人誘致政策が進んでいることなどがあるようです。そうはいっても、海外移住にはリスクも付きもののようで……。本記事では西村さん夫婦(仮名)の事例とともに、リタイア後の海外移住による熟年離婚リスクについて、行政書士の露木幸彦氏が解説します。

増える海外移住者

日本人の海外流出が止まりません。海外に永住した日本人の数は昨年、過去最高(2023年は57万人)を記録し、10年前に比べ、3割近くも増えています(2013年は41万人。外務省の海外在留邦人数調査統計より)。

移住の理由はさまざまです。筆者のもとへやってくる相談者ですが、年齢は60代、移住先は東南アジアが多い印象です。具体的には悠々自適な老後生活を満喫したい。それなら国内の田舎暮らしより海外がいいという動機。たとえば、気候が温暖で過ごしやすい、物価が安く生活費が抑えられる、同じアジア人なので不安が少ない……このようなことなどが挙げられます。

しかし、老後の海外移住はもちろんいいことばかりではありません。日本に住む場合と比べ、異国リスク、通貨リスク、不動産リスクなどが付きまといます。この3つのリスクについて今回の相談者・西村裕司さん(仮名/74歳)と妻(72歳)の失敗をもとに見ていきましょう。

なお、本人が特定されないように実例から大幅に変更しています。また、海外移住の理由/資産の運用/離婚の原因などは各々のケースで異なるのであくまで参考程度に考えてください。

定年後に東南アジアへ移住!悠々自適生活を送っていたが…

<家族構成と登場人物の属性(すべて仮名、年齢は現在)>
夫:西村裕司(74歳)→年金生活 ※今回の相談者
日本の預貯金 450万円
海外の預貯金 900万円→513万円
海外のマンション 2,200万円→1,050万円
海外のコテージ 1,100万円→350万円
太陽光発電の出資金 900万円→180万円
貸しコテージの家賃 年160万円→75万円
厚生年金 年300万円

妻:西村節子(72歳)→年金生活
日本の預金 数万円
国民年金 年60万円

裕司さんは東南アジアへ移り住んだのは64歳のときで、今年で10年目。「いまが楽しければそれでいい」と趣味のゴルフ三昧。最初のうちは、経済的に盤石で、悠々自適の生活を満喫していました。

夫婦が日本に残したのは450万円のみ。それ以外の財産(退職金や保険金、貯蓄など)4,650万円は、現地に移しました。具体的には現地の銀行に450万円、居住用のマンションに2,200万円、賃貸用のコテージに1,100万円、そしてメガソーラー(太陽光発電)の事業に900万円を充てたそうです。実際のところ、コテージの賃料として年160万円、そして裕司さんの厚生年金として年300万円の収入があれば十分でした。しかし、状況は次第に悪化の一途を辿ることに……。

預貯金が900万円から513万円へと大きく目減り

1.不動産リスク

まず1つ目の不動産リスクですが、新型コロナウイルスの影響で観光客が激減。それにともなってリゾート地のコテージも解約が相次ぎました。当然、裕司さんのコテージも例外ではありませんでした。当初は年160万円を見込んでいた家賃収入はいまでは75万円に半減。裕司さんにとっては完全に誤算でしたが、見込み違いは不動産だけではありませんでした。

2.通貨リスク

次に2つ目の通貨リスクです。最初のうちは、為替相場が安定しており、発展途上国の通貨だからといって特に不安を感じることはなかったそう。万が一のときは日本円へ戻すことも可能でした。しかし、現地の景気と為替の相場は連動しており、コロナによる景気悪化に伴って為替相場も悪くなるばかり……預貯金も日本円で900万円から513万円へ大幅に目減りしていたのです。

3.異国リスク

そして最後に異国リスクです。裕司さんは移住直後、不動産屋から投資話を持ち掛けられました。それが「太陽光発電の事業」です。裕司さん自身も環境ビジネスは成長株なので手堅い投資先だと思い、言われるがまま、出資しました。現地の人と早く打ち解けたいという気持ちもあったようです。

しかし、移住5年目に国の方針は一転。今後は太陽光発電を国家事業として行うため、民間の施設を買い上げると言うのです。裕司さんはよくわからないまま売却したのですが、金額は180万円。わずか5分の1で買いたたかれてしまい、大損をすることに。

限界に達した妻「日本に帰りたい」

このように裕司さん夫婦は財産の目減りという真綿で首を絞められる状態でした。そんななか、先に根をあげたのは妻のほうでした。「健康に自信が持てなくなってきて……」と嘆くのです。妻はすでに72歳。いままでに大病をしたことはないにせよ、日々の生活で「衰え」を隠すことはできません。たとえば、少し歩いただけなのに胸が苦しくなったり、手足に痛みを覚えたりしており、また食も細くなり、なにを食べても美味しく感じなくなり、体重は1年間で4kgも減ってしまったそう。

こうして金銭的、そして肉体的に限界に達した妻は「日本に帰りたい!」と言い出したのです。具体的には日本にいる息子夫婦を頼るつもりで、すでに話を通しており、後は戻るだけの状態。しかし、それは現地の財産を手放すことを意味していました。

帰りたい妻 vs. 帰れない夫

現在の評価額ですが、居住用のマンションは2,200万円から1,050万円に、賃貸用のコテージは1,100万円から350万円に、そして銀行預金は900万円から513万円へ目減りしています。10年間の経年劣化はあるにせよ、マンションは2分の1、コテージは3分の1です。

どんな投資でも損切りのタイミングは難しいですが、このまま塩漬けにしておき、現地の景気、為替の相場等が好転するまで待つのもひとつの選択肢です。そこで裕司さんは「冗談じゃない! なんで一番悪いときに売らないといけないんだ!」と帰国を拒否。結局、妻は一人で帰国の途についたのです。

息子からの説得

それから3ヵ月間。息子さんから「母さんのために戻ってきて欲しい」と何度も頼まれたものの、裕司さんは「もう少し、もう少しの辛抱だ」と交わし続けます。しかし、新型コロナウイルスの蔓延から3年が経過しても資産が回復する兆しはなし。息子さんもいい加減、堪忍袋の緒が切れたのか。「戻ってこないなら別れてあげて欲しい。日本にあるお金を母さんに渡して欲しい」と切り出したのです。

裕司さんは最初、「なにを言うんだ!」と一笑に付したものの、男に二言はないと、資産が回復するまで戻るわけにはいきません。しかし、国内国外問わず、夫婦の財産をほとんど裕司さんが丸抱えしている状態。妻の国民年金(月5万円)で息子さんに面倒をみさせるのは気が引けます。帰国直後、妻はショックを受けたのか。階段で踏み外してしまい両足を複雑粉砕骨折の重傷を負いました。手術、リハビリである程度、回復したものの、歩行器を利用するようになり、週に2,3回、デイサービスを利用しているそう。その分の費用は息子さんが負担しているのでしょう。

筆者は行政書士、ファイナンシャルプランナーとして夫婦の悩み相談にのっていますが、裕司さんがリモートで相談してきたのは、離婚するかどうかの瀬戸際でした。

法律上(民法758条)結婚しているあいだに築いた財産は夫名義であっても夫の財産ではなく、夫婦の共有です。そして離婚する際は夫と妻で財産をわけ合わなければなりません(民法768条)。按分割合は折半が基本です。

裕司さんの資産は計2,193万円(国内に450万円、海外に1,743万円)なので、本来、妻に1,096万円を渡さなければなりません。しかし、塩漬け中の現地の財産を渡すわけにはいきません。筆者は「国内の資産だけという条件はかなり恵まれていますよ」とアドバイスしました。

そのため、最終的には裕司さんは息子さんの言うとおり、離婚に応じたうえで日本にある財産(450万円)を妻に渡すことを約束したのです。財産は2,287万円も目減りしているため、移住前と比べ2,737万円を失いました。こうして裕司さんは妻を失い、資産を減らし、そして74歳という年齢で親戚も友人もいない異国の地に取り残されたのです。

裕司さんの場合、移住当初の資産は5,100万円。国内が450万円、海外が4,650万円なので、資産の9割を海外に移しました。冒頭で述べたとおり、海外の資産は国内に比べ、リスクが高いのにも拘わらず、海外の割合が高すぎます。もし、資産の2~3割だけ海外に移したのなら仮にリスクが発生し、海外の資産が目減りしたとしても、損切りし、帰国する決断ができたかもしれません。

しかし裕司さんの場合、海外の資産が多すぎて、塩漬けするしかなく、帰国することができませんでした。その結果、妻に逃げられ、捨てられ、国内の資産を失うことになったのです。つまり、海外に移住する際はリスク資産になりがちな海外の分が多すぎないよう、ポートフォリオを組むことが重要です。

増える熟年離婚

熟年離婚(同居35年以上)は1990年で年間1,185組、2020年では6,108組と、30年で5倍に膨れ上がっていますが(厚生労働省の令和4年、人口動態統計特殊報告)、一部は海外移住した人も含まれているため、裕司さんものその一人です。

「いい年で離婚するなんて」と思われるかもしれませんが、逆にいい年だからこそ、残りの人生を悔いなく過ごしたいのです。これだけ配偶者と一緒に結婚生活をやめる人が増えているのですから、決して他人事ではありません。

露木 幸彦
露木行政書士事務所

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