「年老いてから貧困に陥らないためには、現役時代にいくら用意すればいいですか?」…非常によくある質問ですが、納得いく答えというのはあるのでしょうか。本記事では、『働く君に伝えたい「お金」の教養 』(ポプラ社)から、著者の出口治明氏が「老後のお金」に対する不安をクリアにする考え方を提案します。
「ストック」だけで生きようとするから苦しい
――現役時代は普通レベルの生活をしていた人が、年老いてから貧困層に転落してしまう事例がとても多いと聞きます。なにせ、退職してから20年も30年も生きるわけですから。60歳までにいくらくらい貯蓄しておけば安心なのでしょう?
リタイア(=退職)するという発想をなくせば、何も怖くない。僕はそう考えています。それは決して、僕が還暦で起業した変わり者だからではありません。
これを読んでいるみなさんは、いま、なんらかの定期収入があるでしょう。まだ学生で収入がないという人でも、「私は一生働かない」と決めている人はおそらくほとんどいないのではないかと思います。
「働いて給与をもらう」ということは、月に1回、蛇口からドバっと水が出てくるようなものです。その下に預金という水槽があって、そこには穴が空いているイメージです。この穴の大きさをコントロールしつつ、月に1回出てくる水を貯めたり出したりしながら、みなさんは生活しています。経済学では、この水槽に貯まっているお金のことを「ストック」、蛇口や穴から出入りするお金のことを「フロー」と呼びます。
「退職」は、蛇口の水を止め、水槽から少しずつ水を出して生活するという発想です。だからこそ、「水槽には2000万円ないとダメらしい」「3000万円あっても破産してしまう人がいるらしい」と、60歳までにいかに水を貯めるかに躍起になるわけです。
けれど、蛇口を止めずに水を出し続けることができれば、その恐怖心もだいぶ薄らぐと思いませんか? つまり、水槽に貯めたストックではなく、蛇口から出てくるフローで生活するのです。
では、なぜフローのほうが安心か? みなさんは……いや、人間は誰しも、何歳まで生きるかわからないからです。
定期収入があれば「想定外の長生き」にも対応できる
もしも「全員80歳で死ぬ」と確実にわかっている社会だったら、逆算すれば、退職から寿命までの20年間で必要な金額は簡単にはじき出せます。家賃、生活費、病院代、年に1回の旅行。この高齢化社会ですから、たくさんの統計が取れるでしょう。信憑性の高いデータが膨大に得られ、それをもとにプランを立てられるのです。
ところが残念ながら、そうはいかないのが人間の社会です。たとえば、「だいたい80歳くらいまでは余裕を持って生活できるくらいのお金を貯めておこう」と計画を立て、退職までに無事目標の貯蓄額に到達したとします。
しかし、思いがけず100歳まで長生きしたら、どうでしょうか。計画プラス20年分の生活費が必要になってしまいます。みなさんが心配している現在の高齢者の貧困も、こうした「想定外の長生き」が主たる原因ではないかと思います。
一方で、「自分は病気とは縁がないし、どうも長生きしそうだ。100歳まで生きられるように貯蓄をしておこう」と考えて、若いころから退職するまでせっせとお金を貯め続けたとします。それこそ、楽しいことを我慢して我慢して、爪に火を灯して、です。
ところが、それだけがんばって貯蓄して「よし、これで100歳まで安心だ」と万全の体制で60歳を迎えても、61歳で死んでしまう可能性はゼロではありません。「そうとわかっていたら、もっと楽しい人生を送ったのに……」と死に際に後悔しても、あとの祭りです。
結局、どんなに優秀なファイナンシャルプランナーをもってしても、退職後、ひとりひとりにどれくらいのお金が本当に必要になるかはわからないのです。あくまで、平均寿命を参考にするしかない。だったら、現役時代より多少「水の出」が悪くなったとしても、定期的に入ってくる自分の収入があったほうが安心でしょう? そこに年金という別の蛇口や、長期投資の利益という水をあわせれば、そこそこの水量にはなるはずです。
じつは、定年という制度があるのは先進国では日本くらい。定年制は廃止すべきだし、おそらく近い将来そうなっていくでしょう。
出口 治明
立命館アジア太平洋大学 学長特命補佐/ライフネット生命保険株式会社創業者
※本記事は『働く君に伝えたい「お金」の教養』(ポプラ社)の一部を抜粋し、THE GOLD ONLINE編集部が本文を一部改変しております。