建築へ/群馬建協が建築家・古谷誠章氏を招き講演会、「環境を重ね着する建築」テーマ

建築家の古谷誠章氏(早稲田大学教授、ナスカ一級建築士事務所〈NASCA〉代表取締役)が、群馬県建設業協会(青柳剛会長)主催の講演会に登壇し、「建築は建物が完成した時点で完結するのではなく、周囲とともにできあがる」と語った。地域住民が重要なファクターとなり、「建物を起点とし人々がさまざまに活動することで初めて完成する」との考えを示した。聴講した若者たちへ「建築が世の中にどうアプローチできるのか、周囲をどう良くできるのかという視点を持って自身の価値観を固め、やりがいにつなげてほしい」とエールを送った。
5日に前橋市の群馬建設会館で開かれた講演会には、協会会員企業の社員や大学生ら約150人が詰め掛けた。テーマは「環境を重ね着する建築」。古谷氏は手掛けた作品を紹介しながら、周囲の環境を取り込む設計を衣服の重ね着に例える思想や、地域住民が参加するワークショップの重要性など、独自の建築論を展開した。
古谷氏は、初めて設計した住宅「狐ケ城の家」(広島県黒瀬町〈現・東広島市〉、1990年竣工)を紹介。住宅団地の端の斜面に沿って建てたため、「周囲に塀を設けていないので近隣の林や山、田んぼなどがすべて庭のように感じられ開放感にあふれている」と解説した。敷地を造成せず、斜面を利用し高低差を生かすことで通りから家の中が見えず、プライバシーも保たれるという。
障子や雨戸、ふすまなどを使い、周囲の景色や光を採り入れたい時だけ採り入れられる。「古来、日本の民家が持つ『調節装置』の機能を生かし、暑ければ袖をまくり、寒ければボタンを閉めるように、時に合わせて快適な暮らしができる住まいを目指した」と語った。
2003年に完成した「神流町中里合同庁舎」(群馬県神流町)の設計エピソードを披露した。外装がガラス張りでホールや階段があらわになるデザインが特徴。同年に神流町と合併した旧群馬県中里村の役場として整備した。住民の利用施設となった現在は、住民によるサークルの練習場やコンサート会場、図書館などに使われている。
設計時点で合併による役場閉鎖が想定されていたため、その後を見据えて設計した。古谷氏は「公共施設づくりは地域の人が世代を超えて共同で作業すべきと考えている。地元の小中学生を招いてワークショップを開いた」と解説した。
ワークショップを計4回開催。新しい庁舎の模型を前にした子どもたちから「階段をトレーニング場にする」「本棚に金魚鉢を置いて水族館をつくる」など斬新な案が出て、「関心の強さ、発想の豊かさに驚いた」という。最後のワークショップは、子どもが大人を招いて施設の中を案内するという異例の形をとった。
「2、3年は役場として使いつつ、ホールなどを柔軟に使ってもらう青写真を描いていた」が、合併の議論が早く進展し、完成翌日に役場が閉鎖した。だが「建物をつくり上げる過程や、役場閉鎖後の在り方を住民と共有していたため、スムーズに使っていただくことができた」と振り返った。
古谷氏が設計を進める上で、特に重きを置くのがワークショップだ。「参加者は、ときに設計者も思いつかないような使いこなし術を編み出すことがある。それを取り入れると、生き生きとした建築となる」と語った。子どもたちに興味を持ってもらうことも大切で、「子どもの頃に記憶があれば、大人になってからもまちづくりについてリアリティーを持って考えられる」とし、地域の持続可能性を視野に入れた住民参画の重要性を説いた。
古谷氏は早稲田大学理工学部建築学科1年生の時、同大大学院で学ぶ青柳氏の下で行ったデザインサーベイ(建築予定地周辺の街並みや歴史などの調査)に携わったことが「建築の原点」という。
会の冒頭、青柳氏は「(古谷氏の講演が)参加者それぞれの立場からものづくりに向かう姿勢を確認する場になればと思う」とあいさつ。時代や環境の変化に対応しながら「表現し伝える力」に期待を寄せた。

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