『WILL』エリザベス宮地監督 東出昌大の“絵になる違和感” 【Director’s Interview Vol.386】

MOROHAや優里のMV、BiSHや藤井風のドキュメンタリーなど、これまで数々の映像作品を手掛けてきたエリザベス宮地監督。彼が今回捉えるのは、俳優・東出昌大。世間では俳優としての知名度が高い東出だが、宮地監督が興味を持ったのは、山に入り猟銃を持つ、猟師・東出昌大。宮地監督の肉薄するカメラが、人間・東出昌大を浮き彫りにしていく。宮地監督はいかにして東出昌大をカメラに収めたのか? 話を伺った。

ドキュメンタリー映画『WILL』

俳優・東出昌大は猟銃を持ち、山へ向かった。電気も水道もない状態での暮らし。狩猟で獲た鹿やイノシシを食べ、地元の人々と触れ合う日々は、彼に何をもたらしたのか――。なぜ俳優である東出昌大が狩猟をしているのか。彼が狩猟をして生命を頂き、生きながらえる生命とは何なのか――。本作は、根底にある気持ちの混沌、矛盾、葛藤を抱える東出昌大という一人の人間と、MOROHAが発する渾身の言葉とすさまじい熱量が重なり合い、東出自身が問い続けている日々を生々しくスクリーンに映し出していく。

“狩猟をする東出昌大”に興味を持った


Q:監督と東出さんとの出会いを教えてください。

宮地:最初に出会ったのは2016年くらい。当時、渋谷の「O-nest」というライブハウスで、MOROHAが定期的に自主イベントを開いていたんです。そこに普通にお客さんとして、“でっくん(東出さんの愛称)”が来ていました。まったく変装もせずに、まんま「東出昌大」で来ていて(笑)、その時に挨拶したのが最初ですね。

その後MOROHAのUKくんと一緒に映像作品を作り、新宿の「Loft」で上映イベントをやったんです。お客さんは20人ぐらいしかいなかったのですが(笑)、そこにも普通に観客として来てたんです。上映後の質疑応答では誰よりも早く手を挙げてくれて、「じゃ、東出さん」って(笑)。それが印象的でしたね。その後MOROHAとは遊んでいたらしいのですが、僕はそこから特に仲良くなったわけでもなく、普通にそういった現場で会う程度でした。

Q:当初本作は、東出さんとMOROHAさん2人のドキュメンタリーとして始まったんですよね。

宮地:そうですね。最初はMOROHAとでっくんを平行して撮る予定だったのですが、撮りながらでっくんの比重が高まっていった感じですね。

『WILL』©2024 SPACE SHOWER FILMS

Q:撮っているうちに東出さんの方が面白くなってきたのでしょうか。

宮地:大きかったのはでっくんの移住です。当初は仕事が空いた日だけ山に行くという感じだったのですが、移住となってからは、地元民とのコミュニケーションや、事務所の退所など、でっくんのテーマがどんどん増えていった。最初は狩猟だけの予定が、結果的にそれ以外も描くことが増えた感じです。

Q:本作の企画が決まったのは、東出さんの事務所退所が決まった後とのことですが、ドキュメンタリーの題材として東出さんに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。

宮地:でっくんとの仲は友達というほどでもなかったので、スキャンダルが報道された時も「ああそうなんだ」ぐらいの感じでした。むしろ、でっくんに興味を持ったのは、彼が狩猟をやっていると聞いたこと。僕は狩猟を題材にした短編映画を撮ったこともあるくらい、狩猟に興味を持っていたので、でっくんに対しても“狩猟をやっている人”として興味を抱きました。あのスキャンダルがきっかけということではなかったです。

Q:事務所との契約解除が決まった東出さん本人から、以前ボツになった本企画復活の連絡が来たとのことですが、それはつまり「自分を撮って欲しい」という依頼だったのでしょうか。

宮地:まぁ「自分を撮ってくれ」とハッキリは言いませんでしたが、「あの企画やれます」という感じでした。

東出昌大の“絵になる違和感”


Q:ドキュメンタリーを撮り始める際、全体の構成はどこまで想定されているものなのでしょうか。

宮地:僕はミュージシャンのツアーにつくことが多いのですが、その場合は大体スケジュールが決まっている。ツアーの最初にリハーサルがあり、最後にはファイナルがあるので、ある程度想定しやすいんです。でも今回は半分も想定できませんでした。当初は週末の狩猟だけを追いかけようと思っていたのですが、どんどんテーマが増えてしまった。ある程度は予想して始めましたが、全然その通りにはなりませんでしたね。

Q:基本的な構成としては、本人のインタビューと普段の生活を撮りつつ、そこで何か面白いことが起きるのを待つ、といった感じなのでしょうか。

宮地:僕は出来事が起こるまで待つタイプかもしれません。まぁ無ければ無いで成立するとは思いますが、そうするとインタビューベースになっちゃう。それはあまり好きじゃないんです。言葉で説明できないからこそ映像というものがあるはずなので…。といっても、撮影期間が半年以下のドキュメンタリーなどは、インタビューベースになりがちです(笑)。

『WILL』©2024 SPACE SHOWER FILMS

Q:14ヶ月という長期に渡って取材していると、撮影初期と後期では対象への接し方や撮り方は変わってくるものでしょうか。

宮地:撮る方は変わっていったとは思いますが、でっくんの態度はあまり変わらなかったので…、お互いにずっと意識していなかった気もするし、逆にずっと意識していたような気もしますね。

Q:それだけの期間会っていると、人としての距離は縮まりますよね。

宮地:縮まりますね。でっくんって予定していたことを突然変えたりするんです。景色の追撮が必要な時があって、20分くらいで終わる撮影だったのですが、途中で狩猟を始めちゃって、どんどん歩いて行っちゃう。そういうのに段々イライラしてきますね(笑)。また、彼が住んでいるところは住所非公開なので、バレたら周りの人にも迷惑が掛かるのですが、にもかかわらず、でっくん自らメディアを呼んだりし始めた。最初はそういうところが全く理解出来なくて、ずっとプロデューサーに愚痴ってました。「あいつ本当に大丈夫か?」て(笑)。

Q:東出昌大という人間が面白すぎて、観ていて驚きました。

宮地:彼はすごく違和感があるんです。移住して生活しているから自然にも溶け込んでいるのですが、本人が役者だからなのか絵になってしまう。その“絵になる違和感”と言いますか、ドキュメンタリーを撮っているんだけれども、どこか浮いているような違和感みたいなものがずっとある。そこは他の猟師の方とは違いますね。ちょっと宇宙人っぽいし(笑)。でも変化という意味では、でっくんのいろんな面が見えて来ましたね。

セルフドキュメンタリーの名残


Q:ドキュメンタリーは対象と距離をとって客観的に撮っているイメージがありますが、宮地監督はゴリゴリ介入して、対象に寄り添っている感じがします。その辺はご自身で意識されていますか。

宮地:映像を始めたきっかけは、AV監督のカンパニー松尾さんの作品を観てすごく衝撃を受けたこと。セルフドキュメンタリーといって、松尾さんは自分自身も登場人物の一人として描くことが多かった。僕もその真似をして、20代のときはずっとセルフドキュメンタリーをやっていました。今回はそれを出来るだけ削ぎ落とす方向でやっていましたが、名残があったようですね(笑)。感情移入すればするほどドラマチックにもなるけれど、それが邪魔になることもある。プロとして、撮影や編集のうえでは、出来るだけ自分の気持ちは殺すようにはしているのですが、それでも残ってしまうのかもしれません。

Q:今回はこれまでやってきた手法を変えてみようと。

宮地:そうですね。セルフドキュメンタリーって疲れるんです(笑)。MOROHAのドキュメンタリーで『劇場版 其ノ灯、暮ラシ』(17)と『其ノ灯、暮ラシII』(20)という作品を作ったのですが、人生を削るような感じでやりきった。だからそれ以降の作品の、藤井風くんやBISHのドキュメンタリーは、基本的にセルフドキュメンタリーではありません。セルフドキュメンタリーだけだと広がりが無く、被写体の魅力を届ける邪魔にも成り得る。自分の存在がどうしても邪魔に感じてしまったので、今回もその流れで撮りました。東出昌大を描く上での一つの要素として、自分を使っている感じですね。

『WILL』©2024 SPACE SHOWER FILMS

Q:劇中には、週刊文春(CINEMA)や週刊女性などの雑誌記者の方々も登場します。そこはどういった思いがありましたか。

宮地:でっくんが突撃取材を受けたときに、僕はその場にいなかったんです。「こんな良いタイミングに何故自分はいないんだ?」と、撮りこぼした反省の方が大きかった。それで改めて、先方が追加取材する様子を撮影することにしました。でっくんは、週刊誌の方から「あまり人を信じない方がいいですよ」と言われていましたが、僕も同じ気持ちでした(笑)。でっくんの「人を信じないと始まらない」という考えには驚きましたね。聖人ですか⁉︎ってね(笑)。

Q:宮地監督が、記者に対して「東出昌大の人生を壊していることに対してどうお思いですか?」という質問をされたことが印象的でした。

宮地:そこは聞きたかったところですね。「後ろめたさとかあるのかな?」って純粋に思ってましたから。週刊誌の皆さんは、対象に近づくとやりづらくなる仕事でもある。仲良くなってしまうと、次にでっくんに何かあったときに撮りづらいですしね、先ほど話したセルフドキュメンタリーと一緒で、そこをどういう風に自分の中でケジメをつけているかが気になっていました。でっくんの気持ちよりも記者側の気持ちを考えていましたね。だから僕の気持ちとしては、記者の皆さんへの怒りなどはまったく無いんです。呼んだのは東出自身ですしね(笑)。

「綺麗」の価値基準とは


Q:編集は全ての撮影が終わったあとに一気に編集されたのでしょうか? それとも撮影中でもつなげていたのでしょうか。

宮地:僕はいつも、撮り終わった後で素材を全部見直します。だから撮っている最中は素材を見ません。撮りながら気になることが出てくると、それをメモしておくくらい。編集しながら発見することも多々あるんです。ドキュメンタリーだから“オチ”は無いと思っていても、素材を見直しているときにそれを見つけることもある。素材チェックは早送りせずに実時間で見るので、大体300〜400時間くらいかかりました。でも今回の編集は全体的に早かったような気がしますね。

編集のやり方としては、最初に撮影内容を1日ずつ全部メモに書き起こす。それをプリントアウトして、ザックリした地図のようなものを作ってから作業を始めます。最初に10時間バージョンみたいなものを作って、そこから5時間バージョンにしてと、どの作品も大体その流れでやっています。

Q:膨大な量の素材を扱って編集していると、迷子になったりすることはありませんか。

宮地:カットしたシーンを「あそこは入れといた方が良かったのかな」みたいなことは良くあります。これはカットすべきか否かと、編集中はめっちゃ悩みますね。でもリズムみたいなところで悩むことは無い。編集を進めていくと、自分の意思を超えて道筋が見えてくるんです。

『WILL』©2024 SPACE SHOWER FILMS

Q:今後フィクション(劇映画)を撮りたい意向はありますか?

宮地:ありますね。ただし、是枝さんみたいにドキュメンタリーからフィクションに完全に路線を変えるようなことはないと思います。ドキュメンタリーと同じで、フィクションでも撮りたいものがあれば撮る。テーマが大事かなと。でも松居大悟くんや今泉さんみたいに、あんなにたくさん撮るのは無理でしょうね(笑)。

Q:影響を受けた映画や監督を教えてください。

宮地:以前、池松壮亮くんに「イ・チャンドン監督の特集上映をやってるよ」と教えてもらって『オアシス』(02)を観たのですが、衝撃を受けました。イ・チャンドンはBlu-rayを全作買ったくらい、めっちゃ観ていますね。特に『オアシス』はめちゃくちゃ好きです。人生で一番好きかもしれません。

オアシス』で主人公二人が踊るシーンがあるのですが、特殊効果を使っているわけではないのに、そこで一気に見え方が変わった。役者のパフォーマンスや演技だけで、あれだけ世界が変わったことに驚き、ショックを受けました。『WILL』の中では、写真家の石川竜一くんが、「みんな疑いもなく自分の生活を綺麗だと思い込んでいる」と話していますが、『オアシス』でも、今まで綺麗じゃないと思っていたものが、いきなり綺麗に見えるような感じがある。「綺麗」の価値基準みたいなものを揺さぶってくるんです。そこがすごく好きですね。カンパニー松尾さんの作品にもそういうところがあると思います。

Q:最後に、“エリザベス宮地”という名前の由来について教えてください。

宮地:カンパニー松尾さんの真似ですね。変えた方がいいですかね(笑)。いろんな人から本名に戻せば?って言われてます(笑)。

『WILL』を今すぐ予約する↓

監督/撮影/編集:エリザベス宮地

1985年、高知県生まれ。映像作家。2016年に公開した元恋人と過ごした2年間を当時の写真と映像で綴ったMOROHA『バラ色の日々』MVが話題を集める。2020年に公開した優里『ドライフラワー』MVはトータルで2億回再生を越える。ドキュメンタリーの最新作としてBiSHの解散ツアーに密着した『LOVE iS NOT OVER』、藤井風の怒涛の半年間に密着した『Fujii Kaze: grace 2022 Documentary』を2023年に発表している。

取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:青木一成

『WILL』

2月16日(金)より渋谷シネクイント、テアトル新宿ほか全国順次公開

配給:SPACE SHOWER FILMS

©2024 SPACE SHOWER FILMS

© 太陽企画株式会社