【中原中也 詩の栞】 No.59 「雪が降つてゐる……」(生前未発表)

雪が降つてゐる、
 とほくを。

雪が降つてゐる、
 とほくを。

捨てられた羊かなんぞのやうに
 とほくを、

雪が降つてゐる、
 とほくを。

たかい空から、
 とほくを、

とほくを
 とほくを、

お寺の屋根にも、
 それから、

お寺の森にも、
 それから、

たえまもなしに。
 空から、

雪が降つてゐる
 それから、

兵営にゆく道にも、
 それから、

日が暮れかゝる、
 それから、

喇叭(らっぱ)がきこえる。
 それから、

雪が降つてゐる、
 なほも。

 (一九二九・二・一八)

【ひとことコラム】静かに降り続く雪。その時間と空間の果てしない広がりを、同じ言葉の繰り返しと情景の点描によって表現しています。〈捨てられた羊〉が迷える子羊を連想させるとともに、〈兵営にゆく道〉には軍医であった父の赴任地に暮らした幼い頃の思い出が重なっているようです。

中原中也記念館館長 中原 豊

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