新潟市・保育園のアスベスト飛散問題 安全確認が不十分のまま利用再開へ

新潟市の漆山東保育園(西蒲区漆山)で発がん性の高いアスベスト(石綿)が廊下で飛散した可能性がある不適正工事が起きた問題をめぐり、市は10月11日から保育園の利用を再開する方針を表明した。ところが安全確認が十分とは言い難い状況なのだ。(井部正之)

アスベストが飛散した可能性のある新潟市の漆山東保育園(市のウェブサイトより)

◆市は「迅速対応」強調も?

問題になっているのは、市建築保全課が7月に発注した同保育園の外壁やひさし裏(軒天)の劣化や破損箇所を補修する改修工事。同保育園は鉄筋コンクリート造地上1階建て、延べ床約662平方メートル。外壁などの表層にある仕上げ材「仕上塗材」に石綿の1つ、クリソタイル(白石綿)が使用されていたことが市の発注前調査で判明していた。 工事を2926万円(税込み)で受注した市内の山下技建(同市北区浦木)は、市の発注仕様に従って、現場の周囲と窓などをプラスチックシートで養生。ひさし裏の劣化・破損箇所をあらかじめ湿潤のうえ、集じん機能のある電動やすりで削り取る作業を9月26日、北西の角から時計回りに開始した。 28日正午前に園内の廊下に粉じんが飛散していることを園職員が発見。施工業者に知らせた。同日午後に園職員が一度掃除していたが、改めて業者がぬれぞうきんで清掃し、作業を一時中止させた。市によれば、29日に元請けの責任者が市を訪れて報告した。 ところが市が石綿飛散の可能性を認識したのは10月5日に工事完了の報告書を精査してからという。 市建築保全課は「(園舎)内部に白い粉があるよ。清掃しましたと29日に簡単に説明があった。ただ清掃した場所や状況、石綿の有無など詳細なものまで(説明や資料が)なかったため、判断が難しかった」と釈明。市は「危ないということですぐ保育園関係の部署に連絡して検討。翌6日以降は園の使用を中止し、一時的に別の場所に変更した」と迅速に対応したことを強調する。 市は6日に「アスベストが含有された粉塵が飛散した可能性が判明しました」と記者発表。市によれば、同保育園には0歳から5歳以下の40人が在籍している。また6日、園舎内外の計6カ所(うち園舎内3カ所)で空気を測定した。 一方、認識が遅れたのは元請け業者の説明や報告が悪かったかのようにいうのだが、言い訳というほかない。 元請けの山下技建によれば、実際には事故当日の9月28日午後の早い段階には市の担当者に電話報告していた。市建築保全課に再確認したところ、園舎内における白い粉の飛散について電話報告があったことを認めた。

次のページ: ◆市の認識不足で対応に遅れ... ↓## ◆市の認識不足で対応に遅れ

同社は「石綿飛散の可能性があることをしっかりと説明できていればよかったのですが」と不備を認める。しかし29日の報告で同社は「石綿飛散した可能性があるんじゃないか。(石綿を)含有したものが飛んだ可能性があるのではないか」とも言及したという。ただし「石綿ではないかもしれない」などとも話したため、誤解を招いたかもしれないと反省していた。 いずれにせよ、石綿除去を含む工事である以上、最初の報告を受けた段階で市が石綿飛散の可能性に気づいて当然のはずだ。 そう筆者が問うと、「当時は断定できる材料がなかった」などと市は繰り返した。だが、必要なのは断定ではなく事実確認だ。そして、市がそれをおこたったことが問題なのだ。 そういったことを改めて指摘したところ、ようやく市は「反省すべき点はあるかと思います」と対応の不備を認めた。 市の認識不足による初動の遅れは、今回の問題で大きな影響をおよぼしている。 まず28日にすぐ現場を確認していれば、粉じんや清掃に使ったぞうきんなどを採取して調べて石綿の有無を分析できたはずだ。元請けも石綿の飛散事故対応が初めてだったため、どうしてよいかわからず、試料採取の機会を失った。2006年の新潟県佐渡市・両津小学校における飛散事故では県が児童らが当日着ていた服をビニール袋に入れて取っておくよう求めたことが石綿ばく露を裏付けた。今回は新潟市の初動が遅れたため、そうした事実確認もできなくなった。また室内空気の測定も本来すぐ実施すべきだったのに、1週間以上遅れた。 28日の清掃が適切だったのかも不明。本来なら同日に施設の使用中止を決断すべきだったのが1週間以上も遅れた。実際に石綿飛散があれば、それだけ子どもたちがばく露した期間も増えた可能性がある。 もう1つ、きわめて重大なのは、市は10月11日から保育園の利用を再開するというのだが、安全確認が不十分なのだ。 すでに述べたように6日に園舎内外で計6カ所(うち園舎内3カ所)を測定した。その結果、空気1リットルあたり最大で0.3本の石綿を含む可能性のある繊維が検出された。ところが市は石綿濃度までは調べなかった。 7日に保護者説明会を開催。そこで測定結果についても質問が出た。現場にもっとも近い、毎年測定している箇所で今年夏に同0.42本だったことから、市は「一般大気中の測定値と比べても低い」などと説明し「納得していただけました」という。

次のページ: ◆清掃後に石綿測定せず再開へ... ↓## ◆清掃後に石綿測定せず再開へ

だが、この説明はおかしい。 日本では石綿製品の製造はすでに禁止され、基本的に発生源はないはずなのだ。実際に環境省が毎年発表している測定データを精査すると、大半の地点で定量できる限度を下回る「定量下限未満」である。つまり、空気1リットルあたり0.3本であっても石綿が飛散しているというのは解体現場などの汚染源が存在するなど、異常な状況といわざるを得ない。 石綿の大気環境基準はないが、アメリカ環境保護庁(EPA)や世界保健機関(WHO)による過去の疫学調査に基づくリスク評価から「大体空気1リットルあたり0.1本程度の濃度で10のマイナス5乗(10万人に1人の死亡)ぐらいの生涯リスクが発生する」と2012年に環境省の石綿飛散防止専門委員会で報告されている。国も含め異論は出ていない。 じつはこれは石綿のうち発がん性が低いとされる白石綿のリスク評価で、クロシドライト(青石綿)やアモサイト(茶石綿)など角閃石系の石綿はもっとリスクは高くなる。そのため、仮に同0.3本の石綿を吸い続けた場合、ざっくりいって白石綿であっても10万人に3人が、予後が非常に悪い中皮腫(肺や心臓などの膜にできるがん)を発症する可能性がある。 もちろん施工時にははるかに高濃度の飛散があったとしてもおかしくない。ところが市の認識不足が初動の遅れを招き、さまざまな事実確認すら困難になった。あげくに調べればわかる、1週間以上たってからの石綿の有無や濃度すら調べず、安全を主張するのはおかしいといわざるを得ない。 しかも市によれば、一度空気を測定した6日以降に改めて園舎内すべての部屋や廊下の床などをぬれぞうきんで清掃させたというのだが、その後には石綿飛散がないかどうかの空気測定をしていなかった。 清掃作業をやり直したということは、その際に石綿飛散もあった可能性がある。当然、安全確認のため、空気中の石綿を調べる必要がある。市の発注仕様でも、吹き付け石綿などの除去工事では作業場内で作業前・中・後にそれぞれ空気中の石綿を調べることを求めている。 つまり、通常の石綿除去でも実施させている当たり前の安全確認を、飛散事故が起きた保育園でおこたったまま施設の利用再開に踏み切ろうとしているのである。 筆者は市建築保全課に再三にわたって10月11日からの施設の利用再開は遅らせ、きちんと安全確認すべきと求めた。だが市は方針を変えなかった。 市内の石綿除去工事などを大気汚染防止法(大防法)に基づいて監督・指導する権限を持つ市環境対策課に確認したところ、市建築保全課や業者から施設の利用再開に向けた安全確認について問い合わせを受けていなかった。どのような安全確認をすべきか聞いたが、同課からは明確な答えがなかった。 山下技建の山下大輔社長は「工事の認識の甘さもすごくあった。各方面のケアも発注者や保育園と相談しながら誠心誠意対応していこうと考えております」と反省しつつ、「清掃後の確認という意識がなかった。本来私たちが提案すべきだった。今回はじめての対応でどうすべきか経験がなかった」と述べた。 環境中への石綿飛散を規制する大防法を所管する環境省大気環境課に聞いたところ、「一般論として、除去作業がうまくいった現場でないのだから万全を期すべきではないか。できるだけ安全側でやってほしい」と指摘する。 環境省や事業者の反応なども伝えたが、市は「(6日の)空気測定の結果を持って判断して再開という形で予定しています」「安全第一に進めていきたい」などというだけだった。石綿飛散の可能性があり、乳幼児がばく露したかもしれない保育園で安全確認もされないまま施設の利用を再開するなどあってはならない。暴挙というほかない。

【合わせて読みたい記事】- 「ほぼアスベストが原因」の中皮腫死、ついに3万人超過 「引き続き増加傾向」と国も認める

© アジアプレス・インターナショナル