収穫後の畑で座り込んで話す女性と国境警備に動員された男性。予備軍組織の「労農赤衛隊」の一員の農場員とみられる。2023年9月下旬に平安北道の朔州郡を中国側から撮影(アジアプレス)
金正恩政権による今年の農業への力の入れ方は尋常でなかった。労働党中央委員会の各種会議では、農業問題を繰り返し最優先課題として取り上げ、春先から国民総動員体制で食糧増産に注力していた。今、全国の協同農場で収穫が始まっている。アジアプレスでは9月後半に咸鏡北道(ハムギョンプクド)の協同農場を取材協力者が訪れ現地調査。同時期に中国人の協力者が鴨緑江沿いで収穫期の平安北道(ピョンアンプクド)の農場の様子を撮影した。農業の現況の一端をシリーズで報告する。(カン・ジウォン/石丸次郎)
◆金正恩政権は増産の大号令
「農業を立派に営むのはこんにち、朝鮮革命の最重大任務、最優先課題であり、その成果いかんは全的に党組織と党員の役割にかかっている」
3月21日の労働新聞は社説でこう書いた。ちょうど営農作業が始まる頃であり、労働党組織をあげて増産に取り組むようはっぱをかけたわけだ。
職場や学校、大衆団体から夥しい数の人員が農村に動員されるのは毎年のことであるが、今年は異例にも、軍部隊まで農場に派遣されて、水路の補修や実際の農作業に従事した。多くの農場に1中隊100人程度が駐屯した。
我われが今回現地調査したB協同農場は農場員数約500人。主に主食のトウモロコシを栽培している。咸鏡北道では平均より若干小規だが、山がちで水田の少ない北部地域の典型的な農場だと言っていいだろう。
写真撮影は、中国人の取材協力者が9月後半に行った。国境の川・鴨緑の沿いを遊覧船に乗って北朝鮮の平安北道の朔州(サクジュ)郡に接近して撮影した。ちょうどトウモロコシの収穫のただ中であった。
私たちの調査は北部地域のごく一部の農場に過ぎず、南西部の穀倉地帯の黄海道(ファンヘド)をはじめ、他地域の状況は把握できていない。また米作についても調査ができなかった。だが、協同農場が抱える共通の課題や、今年のトウモロコシ収穫の方法について、一定の傾向を知ることができるだろう。
畑でトウモロコシを収穫中の農場員たち。2023年9月下旬に平安北道の朔州郡を中国側から撮影(アジアプレス)
◆天候良好で若干の収穫増も資材不足は深刻
以下は、現地調査したA氏との一問一答である。訪問時、B農場はトウモロコシを収穫している最中だった。
――B農場のトウモロコシの作況はどうでしたか?
収穫量は去年より若干良かったようだ。調査したある分組は、収穫高が1町歩(約1ヘクタール)当たり4.6トン程度で、昨年の4.3トンより少し上がった。ただ、未熟だったり盗まれて流失したりした分もあり、実際の収穫量の判定や農場員への分配量については、最終結果が出ないと分からないそうだ。
※北朝鮮で正常なトウモロコシ収穫量は1町歩当たり6~7トン程度とされるので、B農場の今年の作況は決して良好とはいえず不作である。
※分組とは集団で農作業をする最小単位のことだ。現在は10数人程度で構成される。
――今年は大きな洪水や干害はなかったようです。
本来なら、今年はもっと生産が上がったはずだった。やはり営農資材の不足の影響が大きかったそうだ。足りずに支障があった物資は、1ビニール薄膜、2肥料、3輪転機材の付属品(トラクターなどの車両の装備や部品)、4燃油の順だと農場員らが言っていた。農民らの消費物資の不足も深刻だ。履ける靴がまともにないため、新義州靴工場で生産したゴム靴を臨時に供給して、夏の間はそれを履いて作業したそうだ。
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畑の周辺に建てられた警備哨所。畑からの穀物盗難を監視する。道路脇の哨所は外部人員の農場への出入りも監視するとのことだ。2023年9月下旬に平安北道の朔州郡を中国側から撮影(アジアプレス)
◆収穫後の畑で分配は異例、農民は不満
――収穫作業は順調でしたか?
今年の収穫は、各作業班、分組別に行わないそうだ。異例にも1つの分組ずつ順番に集中して収穫作業をしていた。例えば、作業班全体で集まって1つの分組の収穫をやり、収穫高判定と脱穀場への入庫までを終えてから、他の分組の作業に移るやり方だ。理由は、分散して収穫すると穀物の管理がちゃんとできず、作業過程でなくなってしまう分が出てくるからだ。(食糧の)流失をとにかく最小限に抑えるのが目的だそうだ。
※協同農場には、稲作やトウモロコシ、野菜など、担当する品目別に作業班があり、その下に生産単位の分組がある。
――農民たちは分配を受け取れるでしょうか?
農場内部でも食糧統制を今年から厳格に行うことになった。農場員には分配を一度に渡さず、3カ月に一度、あるいは半年に一度に分けて配給形式で実施するそうだ。理由は、一度度に渡すとすぐ消費してしまって食べる分がなくなり、仕事に出て来られない農場員が少なくないので、それをあらかじめ防ぐためだ。ただ、農場員たちはまとめて一度にもらえないことに不満を言っていた。
今期の農場員への分配は、畑で穂のついたままのトウモロコシを渡すのが原則になった。脱穀すると電気を使うし、人員も要る。また(盗難防止の)警備人員も必要だし、運搬費用もかかる。それらを最小化するためだそうだ。
農場にとって、畑で泥棒からなんとか守ったトウモロコシを、脱穀場に運んだ後まで管理して守るのは大変なのだ。畑の周りには、獲ったばかりのトウモロコシを盗られないように警備詰め所がたくさんある。よそ者による泥棒を防ぐため、農場への人の出入りも厳しく統制している。( 続く2へ >> )
※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。
斜面の畑に積まれたトウモロコシ藁は乾燥させて役牛の餌にする。雑草が生い茂る場所が見えるが、当局が個人の畑を規制して耕作を放棄させた場所だと見られる。2023年9月下旬に平安北道の朔州郡を中国側から撮影(アジアプレス)
北朝鮮地図 製作アジアプレス
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