札幌市、自動ドア修繕で見つかるアスベスト調査の不備 全国的な問題なぜ放置?

札幌市・東区役所で自動ドアの修繕工事後に天井裏からアスベスト(石綿)含有が疑われる吹き付け材が見つかった。結局、吹き付け材を分析し石綿不検出と発表され、安全宣言が出された。だが市は今回の見落とし事案が持つ、根深い問題に触れないままだ。(井部正之)

吹き付け材へのアスベスト(石綿)含有の可能性を伝える札幌市の発表

◆「何度も調査済み」でも見落とし

市は9月16日、東区役所正面玄関の自動ドアを駆動させる装置の部品を交換。その際の報告書を10月12日に確認し、天井裏に吹き付け材があることに気づいた。天井裏につながる上部のすき間を目張りし、16日にから正面玄関を閉鎖した。結局、17日に吹き付け材の分析結果が出て、石綿不検出と判明。閉鎖を解除した。 筆者は10月20日、アジアプレス・ネットワークやヤフーニュースで、今回の石綿含有疑いの吹き付け材見落としをめぐる5つの問題のうち、以下の2つを報じた。 (1)市の施設点検・修繕委託において有資格者による石綿調査・管理が位置づけられていないため、工事施工前に法で定められた石綿の事前調査が実施されなかったなど、違法な対応を引き起こしたこと。 (2)同様の問題がほかの委託においてもあり得ること。 今回は以下の残る3つを論じる。 (3)今回の吹き付け材見落としにより、市による吹き付けアスベストの調査・管理がずさんであると判明したこと。 (4)監督・指導権限を持つ市環境対策課が事前調査の義務違反について調査・指導していないこと。 (5)上記4つの問題が市の発表に含まれておらず、事実認識も甘いこと。 まず(3)だが、国や自治体は1987年に学校の吹き付けアスベストが問題になった「学校パニック」以降、大きな出来事があるごとに建物などの吹き付け石綿を調査してきた。 とくに多いのは、2005年に兵庫県尼崎市のクボタ旧工場周辺で、仕事で石綿を扱ったことのない住民に中皮腫被害が明らかになり、石綿が大きく社会問題化した「クボタショック」後だ。 2006年の石綿基準引き下げ(重量の1%超から0.1%超)や、2008年にトレモライトやアクチノライト、アンソフィライトの各石綿が建材に使われているのが広く知られるようになった「トレモライトショック」後に日本産業規格(JIS)の建材分析法が改訂され、それら3種類の石綿についても分析対象に加えられた後など、基準の変更があった際にも改めて調査されてきた。 その後も神奈川県営住宅の吹き付け石綿が原因の可能性がある中皮腫被害が発覚したことで、改めて公営住宅や公共施設の吹き付け石綿を調べ直す動きがあった。さらに国も公共施設の吹き付け石綿について毎年ないし数年ごとに自治体に回答させるアンケート調査を実施しており、その対応も続く。 ところが、それだけ何度も調べているにもかかわらず、その後も見落とされていた吹き付け石綿が新たに判明する事案が散見される。今年になって報道された自治体施設の吹き付け石綿に限っても、3月に岡山市の福祉文化会館(同市中区)、7月に大阪市の中央卸売市場(同市福島区)西棟における2件の見落としが明らかになっている。公表されず、報道もされない事案は相当あるはずだ。

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今回の札幌市の場合は、結果として石綿が検出されなかったものの、吹き付け材が把握されないままになっていた同様の「見落とし」事案である。 こうした事例が起きるたびに再発防止が検討されるのだが、全国どこを見渡しても、素人の自治体職員ががんばる、という結論しかない。それでは同じことが繰り返されるだけだ。 じつは国や自治体の建物など公共施設は、解体まで網羅的な石綿調査がされることがない。そのため、もっとも危険性が高いとされる吹き付け石綿でさえ、見落としが珍しくないありさまだ。その原因は上記のように講習も受けていない、いわば“素人”の自治体職員による調査にある。その結果、吹き付け石綿すら見落とされる事例が後を絶たない。 札幌市はどうだったのか。 東区役所を管理する市東区市民部総務企画課は「うちには技術職がいないので、建築セクションに頼んでメンテナンスの発注をしていただいている。今回は自動ドアの調子が悪いので見てくださいと(頼んだ)」と経緯を説明する。 見落としのことを聞くと、「吹き付け材があることを認知してなかった。図面に載ってなかったんだと思う」(東区総務企画課)との見解だ。 これまでの調査については、「(吹き付け)石綿があれば管理台帳に記載するんですが、台帳になかった」と話した。何度かやり取りしているうちに、「正直、石綿の知識はまったくない」と明かした。 市においても、各施設の管理者が吹き付け石綿の調査・管理を担っており、同じ状況ということだ。東区役所だけの問題ではない。市の庁舎管理全体にかかわる問題である。 メンテナンス・補修業務の発注元である市建築保全課は筆者の取材に当初、施設の管理は「管理者がやるべき」と回答した。石綿調査の有資格者もいないという。これでは石綿の知識のない管理者による“素人”調査が繰り返されることになる。 なぜこのような対応なのか。 アメリカやイギリス、オーストラリアなど諸外国では有資格者による石綿調査が義務づけられている。 日本でも今年10月から建物などの改修・解体時の石綿調査は、有資格者「建築物石綿含有建材調査者」が実施することが労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)と大気汚染防止法(大防法)で義務づけられた。これは2005年7月以降、石綿則で建物などの改修・解体時における石綿調査が義務づけられたが、石綿調査の講習制度や有資格者による調査の義務規定はなく、“素人”調査が繰り返されてきた反省に基づく。 一方、建物などの改修・解体時以外、つまり建物が使用中の場合は、現在も石綿の知識ゼロの「素人」が調査してもよいとの矛盾がいまだに放置されたままだ。 本来なら国土交通省が建築基準法を改正させるべきだが、有識者会議で指摘されていたにもかかわらず、同省がその必要性を認めなかった。その結果、現在も“素人”調査による石綿の見落としが繰り返されている。

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じつは同省は2013年に建物の通常使用時における石綿調査を「的確かつ効率的に把握する」ために「中立かつ公正に正確な調査を行う」資格者として、「建築物石綿含有建材調査者」講習制度を創設している。もともとは建物使用時における石綿調査のための資格制度なのである。 同省は規制による義務づけではなく、自主的に取得してもらうことで拡げるソフト路線で普及を図ってきた。しかし制度開始から7年でようやく1400人超と芳しくなかった。結局、環境省と厚生労働省も含めた3省共管になってから、新たに座学と修了考査のみの「一般建築物石綿含有建材調査者(一般調査者)」、戸建て住宅と共同住宅の住居部分のみ調査可能な、さらに簡易の「一戸建て等石綿含有建材調査者(戸建て調査者)」の各講習を創設(これまでの座学+実地研修+各修了考査が必要な調査者は上位の「特定建築物石綿含有建材調査者(特定調査者)」に変更)。そのうえで建物などの石綿事前調査で必須の資格として石綿則と大防法において義務づけたことで、ようやく広まった経緯がある。厚労省によれば、調査者(特定・一般・戸建て)数は7月末現在、計13万8778人という。 これまで国や自治体の石綿調査は、素人が建物などの一部を“つまみ食い”したような形で実施しており、過去に調べた箇所についてもその建材の範囲が特定されておらず、建物全体を網羅的に調べていない。そのため今回のような見落としが繰り返される。有資格者が網羅的に調べることで、見落としを極力なくすことが必要だ。調査者講習では、調査できなかった箇所を理由とともに記録するよう教えている。 札幌市における庁舎の吹き付け石綿調査について、市建築保全課は「(現状は)代表的なところ(採取する)という調べ方」と認めた。 今回の見落としを踏まえて、建物の使用中においても市は有資格者による網羅的な石綿調査をして管理すべきだ。とくに厚労省は大規模建築物や改修を繰り返し、石綿の特定が難しい建物は「特定調査者が事前調査を行うことが望ましい」と技術指針で求めており、可能ならもっとも能力の高い特定調査者が通常使用時においても調査をすべきだろう。これはもちろん吹き付け石綿だけのことではない。 そう指摘したところ、市建築保全課は「我々としては、自動ドアから発見したので、それについてはすべて抑えていこうと考えています」と話す。ただし具体的にはまだ決まっていないという。 同課は「いまのままでよいとは思っていない。決定事項ではないが、有資格者の調査をしなければならないんじゃないかなと。所管と話をしながら検討したい」との見解だ。 市の「アスベスト問題対策会議」で庁舎管理の方針などは決めているというので、事務局の市環境対策課にも聞いたが、「すべてを網羅的に調べるのはむずかしい。工事の際に想定されてなかった部分に(吹き付け材が)使われているのであれば、採って確認するということを改めて周知したい」と回答した。 今回の件をふまえて市の施設全体について点検の仕組みを検討することが必要ではないかと聞いたところ、同課は「今回の事案含めて再度確認していきたい」と話す。

次のページ: ◆同じ問題繰り返さない再発防止を... ↓## ◆同じ問題繰り返さない再発防止を

続いて(4)の今回の修理が大防法における石綿の事前調査義務に違反しているとみられるにもかかわらず、監督・指導権限を持つ市環境対策課が対応をしていなかったことだ。 筆者が10月18日に問い合わせたところ調査・指導していないことを認め、「工事内容がどういったものだったか改めて発注部局に確認し、必要な指導をしたい」と回答した。認識が甘いといわざるを得ない。 自らの発注工事における不適正事案すらまともに対応できなければ、示しがつかない。現場の監督・指導の実効性が疑われよう。適切な対応を求めたい。 最後に(5)の上記4つの問題が市の発表に含まれておらず、事実認識も甘い、との件だ。筆者は少なくとも発注元の市建築保全課は事業者からの報告書を確認したところで、吹き付け材の見落としや石綿の事前調査ミスがあることに気づいたと考えていた。 だが、同課は「駆動部が痛んでいるので交換した。機械の中に(吹き付け材が)含まれてないとの考えでいた」と否定。市の庁舎管理全体にかかわる問題なども含め、筆者の指摘後に「いろいろわかった」(同課)のだという。 しかし本来なら今回の事案を把握したところで気づいているべきだろう。また発表でも再発防止まで完全には触れることができないにせよ、今後の検討事項や対応として何らか記載すべき重大な内容ではないか。石綿が吹き付け材に含まれていなかったことは良かったことだが、それで問題が終わったかのような対応は甘すぎるといわざるを得ない。 札幌市は今回の吹き付け材「見落とし」事案の反省を踏まえて、有資格者による庁舎の網羅的な石綿調査・管理に進むことを期待したい。またそうした事例が広がるには国による制度改正が必要だ。国交省のソフト路線が有効でなかったことがはっきりした以上、同省は反省のうえで支援も含めた義務づけに踏み切るべきだ。

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