東京・上板橋再開発のアスベスト「飛散が不安」と住民懸念 事業主が調査報告書を閲覧拒否

「アスベスト(石綿)は吸ったかどうかわからない。すごく不安です」──。 東京都板橋区の上板橋再開発にともなう解体工事で、発がん性の高い石綿の飛散を懸念する住民から不安の声が上がる。区や事業主は「問題ない」などと口をそろえるが、説明を尽くしたとは言い難い。(井部正之)

アスベストが問題になっている東京都板橋区・上板橋駅南口の再開発現場のようす。道両側の建物が解体予定(2023年7月撮影)

◆区域外隣接地でずさん解体

「ここから再開発区域になります。その道の両側が全部解体になります」 こう話すのは東京土建一般労働組合板橋支部の後藤淳二さん(51歳)。 8月上旬、東武東上線・上板橋駅南口の駅前だ。前方には車も入れない細い路地が約200メートル先の川越街道(国道254号線)まで続く。道の両側には住宅が密集している。すでに解体工事が始まっていて、道の左右には養生の金属板が設置されている。 後藤さんは現場を歩きながら、「建物の前に石綿の事前調査結果が掲示されていますが、当初掲示がなかったり『石綿なし』となっていたところが指摘後に変わったりしています。修正後も台所やトイレ、風呂周りの石綿調査がされているのかわからない記載になっていたりして、(石綿の)事前調査が適切でない可能性がある」と指摘する。 話している間にもベビーカーを押す女性や子ども、サラリーマン風の男性が通り過ぎる。後藤さんはこう警告する。 「このままでは石綿が飛散して、数十年後に健康被害が発生しかねません」 問題になっている上板橋駅南側の再開発は正式名称を「上板橋駅南口駅前東地区市街地再開発」という。対象区域は駅南口に隣接する約1.7ヘクタール。 もともと2004年に今回と同じ区域を含む約2.2ヘクタールで都市計画決定を受けたが、地元住民の同意が得られず停滞した。そのため同意が得られた東地区について事業を分割し、先行して着手することにしたのだという。 東地区の再開発では、駅前に地上27階建てと19階建ての高層マンションを建設するほか、駅前広場、幅16メートルの都市計画道路などを2028年末までに整備する計画だ。2021年4月に地権者や住友不動産が再開発組合を設立。「事業協力者」のスーパーゼネコン、大成建設が元請けである。 石綿飛散が懸念されているのは、再開発にともなう計71棟に上る建物の解体工事である。すでに5月ごろから着工しており、2024年3月末までに完了する予定。 建物解体でとくに重要なのは石綿の事前調査だ。石綿の見落としがあれば、施工時に飛散し、そこで働く労働者のみならず周辺の人びとにも吸わせてしまう。 10月からは有資格者による事前調査が労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)や大気汚染防止法(大防法)で義務づけられた。また石綿の調査結果を現場に掲示するだけでなく、調査の詳細が記載された報告書の備え付けも規定されている。

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ところが上板橋駅南口の再開発では、当初いくつもの現場で「石綿なし」と掲示されていたほか、吹き付け材らしきものや煙突があるのに石綿の有無を調べたかどうか自体の記載がないなど、調査ミスが疑われる内容が少なくなかった。 5月以降、後藤さんや住民は再開発組合や板橋区に現場掲示における事前調査や作業方法などの不備を指摘してきた。その後、区の指導で不適正な作業方法の記載が修正されたり、石綿を含む建材が多数追加されるといったことが繰り返されてきた。 元請けの大成建設は「石綿なし」とされていた掲示が変更されたことは「住宅の明け渡しが遅れて石綿の事前調査できていない箇所があったためで見落としではない」などと調査ミスではないことを強調する。吹き付け材らしきものは分析済みで石綿不検出、煙突には断熱材が使われていなかったと再開発組合から回答があったという。 いずれにせよ断片的な情報しかない現場の掲示だけでは詳細がわからないことから、後藤さんらは調査の詳細が記載された報告書の閲覧を求めてきた。ところが再開発組合は5月31日以降、拒否し続けている。 もともと再開発区画に隣接した戸建て住宅の解体が5月に問題になったことが住民らが活動を始めたきっかけだ。後藤さんによれば、屋根や壁に石綿を含む成形板が使用されていたにもかかわらず、バール(かなてこ)で破砕したり、投げ落としたりする違法作業だった。住民から相談を受けた後藤さんが通報し、池袋労働基準監督署と板橋区が指導したという。 住民によれば、この場所は再開発の区域外ではあるが、移転先として用意された代替地で、実際に紹介された土地所有者もいるとのこと。その真偽は不明だが、再開発の前段ともいうべき解体工事が不適正だったと受け止められ、住民の不安が増す結果になった。 発注者の住友不動産は「板橋区から口頭指導を受けたとの報告がありましたが、法令違反の事実は認められませんでした」(広報部)などと主張する。 だが、5月18日には筆者も現場を訪問し、除去作業の完了後にもかかわらず、石綿を含む成形板の破片が散乱している不適正な状況を確認している。また区環境政策課の担当者が再発防止や再清掃を指導するのを目撃した。

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実際に再開発区域内でも石綿の不適正除去が疑われる事案が起きている。 5月に筆者らが現場を訪れた際、解体予定の建物ごとに掲示された石綿の調査結果をみると、たとえば石綿を含む屋根材が使われている建物では作業方法として、「作業場を養生シートで養生(隔離)し、湿潤化しながらバール等で除去を行う」と記載されていた。 2020年の石綿規制改正により、石綿則と大防法では石綿を含む成形板など「成形品」の除去作業は「切断等以外の方法」で実施することが定められた(同10月施行)。この「切断等」には切断・破砕・せん孔・研磨などが該当する。これにより以前から問題になっていたバールで破砕しつつ除去する、いわゆる「バール解体」が原則禁止。手作業で釘を抜いたり、ボルトやナットなどの固定具を外すなど、割らずに除去する「手ばらし」が義務づけられた。例外は「技術上困難なとき」だけだ。 屋根材の除去で手ばらしが「技術上困難」なのは、よほど特殊な事情がある場合だけだ。ところがそうした説明もない。つまり、違法な作業を自ら宣言しているとしか思えないのである。 おまけに現場の建物は2階建てで、本当に養生シートで外部への石綿飛散を防止する「隔離」をするのであれば、建物がすっぽり入るような大型のテントを設置するなどかなりの手間と費用が掛かる。車も入れない通りで本当にそこまでの対応をするのか甚だ疑問である。 同様に「湿潤化しながらバール等で除去」などと記載された建物がいくつもあった。違法工事を自ら宣言することはまず考えられないので、2020年の石綿改正を理解すらしていないのではないか。いわゆるバール解体による違法作業であることが懸念された。 こうした不適正工事は珍しくない状況で、老舗の石綿除去業者は「いまでも湿潤もなしにふつうにバールで破砕してますよ。防じんマスクもまずしてないですね」と呆れる。成形板などの除去は、石綿の除去業者が関与せず、解体業者が担うことが多い。以前からバール解体が基本になっていたことから、規制改正以後も現場作業が変わっていないとの声をしばしば聞く。筆者も複数確認しているが、全国的な状況とみられる。 すでに述べたように、再開発区域に隣接した場所での解体がまさにそうした不適正作業だった。現場を訪れた際に石綿を含む建材の破片が散乱している状況から、施工業者の20代前半とおぼしき若い現場監督に違法なバール解体であることを指摘すると、「だったら自分でやってみればいい。そんなの不可能ですよ!」と声を荒げた。 不適正工事が珍しくない現状や、関連事案における“前例”がある以上、同じことが起きかねないと考えるのは当然だろう。 6月上旬、後藤さんらと板橋区環境政策課を訪れた際に筆者がこの件を指摘したところ、区は再開発組合に確認し、「原則破断せずにバールを使用して釘等を外す『手ばらしによる除去』の主旨である」と説明されたという。にわかには信じがたいが、いずれにせよ区は「誤解を招くおそれがある」として「手ばらし」と修正するよう指導した。

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だが実際に不適正作業を示唆する“証拠”もあるという。 後藤さんは区の指導でバール解体から「手ばらし」に修正された現場の1つを7月11日に訪れたときに撮影した2枚の写真を示す。 1つは現場の掲示を撮ったもので、外壁と台所の「フレキシブルボード(セメントと繊維を混ぜて高圧で成形した不燃材)」が石綿含有とされ、フレキシブルボードは「作業場を養生シートで養生し、湿潤化しながら手ばらしで除去」と変更されていたことがわかる。 もう1枚は、同じく備え付けられていた労災防止の「KY(危険予知)」活動の用紙を撮影したもの。その日の作業として、「キッチンパネル撤去」と手書きで記載されていた。台所にある石綿含有のフレキシブルボードのことだ。 どのような危険があるかを書く欄には「電動工具によるケガ」、防じんマスクやシールドの使用が必要と記入されていた。また「電動工具の点検」との項目にも点検済みを示すチェックが入れられている。「有資格者名」の欄には5名分の名前とともに「アスベスト作業」とわざわざ断り書きされていた。 つまり、区の指導で石綿含有のフレキシブルボード撤去は、破砕しないよう手ばらしで撤去すると変更されたはずだったのが、当日の作業を説明する書面では電動工具による切断作業になっていたのである。 ちょうど通りがかった作業員に後藤さんがキッチンパネル撤去の方法を聞くと、「バールです」と答えたという。 「区の指導で手ばらしになったはずですが、現場監督が書いたであろうKY活動の用紙では電動工具による除去とされ、作業員はバール解体といっていて、情報の伝達が適切にできていない可能性がある。これでは本当に適正な方法で除去されたのかわかりません」と後藤さんは危惧する。 大成建設は「事実関係の確認を行ないましたが、適切に作業しており法令違反の事実は確認できませんでした」などと否定した。しかし同社で確認できなかったというだけにすぎない。前出・住友不動産の事例では実際に法令違反を筆者が現場で確認していても否定していることからも実態がどうだったのか疑わしいといわざるを得ない。

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こうした状況のため、住民は石綿が飛散する不適正な作業が繰り返されているのではないかと懸念している。再開発区域から数軒先のアパートに約1年半前に引っ越してきた20代の男性はこう心配する。 「(再開発区域の細道は)車が来ないからほとんど毎日通るのですが、こんなに(解体の)騒音、振動がひどいとは思わなかった。でもそれ以上に石綿が不安。なにしろ目に見えないものなので……。騒音、振動は我慢すればいいですが、石綿は吸ったかどうかわからない。すごく不安ですね」 この男性は住民合意に基づいた再開発をめざす「上板橋のまちづくりを考える会」に参加するようになった。 「考える会」共同代表の武田仁さん(76歳)は「近隣住民から石綿飛散を心配する声はしばしば聞きます」と話す。 10月7日に区内で開催した学習会でも心配する声が上がった。参加者を3つの班にわけたグループ討議で、「万全の石綿対策を」「石綿問題の放置により通勤・通学・居住・労働者の健康管理があまりにも注目されていない」などの意見が出されたという。 5月以降、東京土建や「考える会」らは面会時や書面で再開発組合に石綿の調査結果を記録した報告書の閲覧や飛散防止対策の強化などを求めてきた。また板橋区に対しても同様に要望した。計1800筆を超える署名も区に提出している。 再開発組合は書面で「石綿事前調査結果報告書は、解体工事に従事する関係者の安全を守るために現場に備え付けており、第三者への開示は控えさせて頂きます」と閲覧拒否。飛散防止は「法令や規則、作業計画書に基づき、確実な調査の遂行と安全に解体工事を実施するように指導しております」などと現状の対応で問題ないとの見解だ。 区は「大防法では情報を公開させることまでは規定されておりません。適切に対応するよう伝えます」「アスベスト飛散防止策が徹底されるよう指導しております」などと書面で答えた。 いずれも実質的なゼロ回答である。再開発組合や区の対応は住民の不安に十分応えているとは言い難い。 石綿事前調査結果報告書の現場への備え付けは「国民の健康を保護」や「生活環境の保全」を目的とした大防法でも義務づけられている。つまり労働者だけでなく周辺住民なども保護対象なのだ。 同法を所管する環境省大気環境課は「工事関係者のみに限定する閲覧制限はない」と説明しており、心配に感じる住民に見せない理由はないはずだ。

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また同省は2017年に「建築物等の解体等工事における石綿飛散防止対策に係るリスクコミュニケーションガイドライン」(2022年3月改訂)を公表し、工事発注者に対し積極的に住民に情報を開示するよう推奨している。 これに関連して報告書の閲覧について、「個人情報に配慮しながら見せることは法の趣旨には反してませんし、ガイドラインでは1つの情報提供方法として謳っています」と同省は積極的な開示を後押しする。 事実、筆者は2020年に板橋区内の大山再開発における石綿問題について記事を書いたが、その際は再開発組合が個人情報を付せんで隠して、石綿調査の報告書を閲覧させている。都内のほかの再開発現場やそれ以外の改修・解体現場でもしばしば報告書を閲覧しており、拒否されたことはまずない。現場に掲示している石綿調査の内容がより詳細に記載されているにすぎず、隠すようなものではないからだ。むしろ開示することで誤解が解けることも少なくない。真面目な事業者だと地元説明会で報告書をそのまま配布する場合すらある。説明会で配られる程度の報告書すら必死に隠すのは、あるいはよほどずさんな調査なのかと勘ぐりたくなる。 そもそも再開発は民間事業ではあるが、国や板橋区の補助金が大量投入されている。この再開発を所管する区地区整備課は石綿除去に補助金が投入されていることは認める(石綿調査は組合が負担)が、解体関連の補助額は「公表していない」という。区によれば、再開発の事業計画約415億円のうち、道路整備など区の負担約190億円に加えて補助が約80億円で、じつに65%の約270億円が税金である。 それだけ公共性が高い事業にもかかわらず、国が積極的に開示するよう求めている石綿調査結果報告書の閲覧すら拒否するというのはさすがに身勝手がすぎよう。 前出の環境省ガイドラインでは、新たに石綿を含む建材が見つかった場合には「追加的なリスクコミュニケーションが必須」とされる。当初と異なる掲示がされている以上、きちんと裏付けも示して理解を得ていくことが必要だ。 改めて再開発組合に取材を申し込んだが、「すべてお断りしております」と拒否した。

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じつは組合側は「事前調査結果報告書・作業計画書共に求めがあれば行政に対しては適切に開示いたします」とも住民側に回答している。閲覧拒否を続ける再開発組合の姿勢は論外だが、公共性の高さを考えれば区が組合側に開示を働きかけるのが当然ではないか。それでも閲覧を拒否するのであれば、区に提出させた後に住民に開示すればよいはずだ。 区は住民との協議の際、再開発組合に「積極的に開示するよう指導していない」(地区整備課)と認めており、問題解決に動く気配がない。改めて区に尋ねたところ、「区が確認して問題ないと伝えているのを信用していただけないならこれ以上対応できない。区長名で回答したとおり、区として問題ないと思っている。しっかり組合に申し入れていただいて、納得いただけないなら再度申し入れたらいいんじゃないですか」(同)と他人事のような回答だった。 住民側は10月12日、改めて区に対して面会協議の継続を申し入れたが、区は「区の考えが十分に伝わりきれていない」「慎重を期して丁寧にお答えしていく必要がある」などの理由で拒否。書面でのやり取りしか受け付けない方針を示した。 東京土建の後藤さんは「以前の回答ではきちんとした説明になっていないから改めて協議を申し込んだのですが……。これまでは区の立ち入り検査に時間を合わせて私たちも現場に行ったりしたのですが、これ以上できませんと断られた。通報してもなかなか現場に来なくなった。まともな対応をするつもりがないのでしょう」とため息をつく。 前出・直近に住む男性は区との協議にも参加しており、帰り道で「ひどい対応だった」と話す。 「いのちの危険、数十年後に病気になるかもしれないという、石綿による健康の不安について質問しても区は現実味がない回答や態度ばかりで、あまり信用できないと思った。もう少し誠実に対応してほしかった」 再開発組合に対してもこう指摘する。 「報告書以外に石綿の有無を確認できるものがない。それを見せないのでは、ほかにどうやって安全性を確認したらいいかわからない。地域住民に対して不誠実だと思います」 男性は目に見えない石綿粉じんへの不安に触れ、こう語った。 「騒音、振動はがまんできるけど、石綿の病気になるかもしれないというのは受け入れられない」 こうした不安を解消するのがリスクコミュニケーションである。その原則に反した対応を再開発組合と板橋区はいつまで続けるつもりなのか。 石綿被害の救済や予防に取り組むNGO「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」の永倉冬史事務局長は「組合側は適切に調査しているというが、その根拠がブラックボックスになってしまっている。これではリスクコミュニケーションの意味がない。石綿の事前調査結果報告書は閲覧させるのが当然です。再開発組合は頑なに拒否しているが、それが通用すると全国どこでも見せなくてよいことになりかねない」と危惧する。 上板橋の再開発事業をめぐる組合と板橋区の対応が全国に悪影響を及ぼしかねない状況なのだ。 日本の石綿規制は欧米などからいまだ「15~30年遅れ」と緩いのが実態だ。法令上は適正でも石綿が飛散していることは珍しくない。だからこそ住民が自ら安全を確認して納得することが重要だ。不適正作業が疑われる工事もあった以上、なおさらだ。 リスクコミュニケーションにより法令より厳しい対策を講じる事例もあるが、この件ではすべてゼロ回答。住民の不安が解消されないまま解体工事が進む。石綿リスクの軽視は被害拡大につながる。大半が税金でまかなわれる公共性の高い再開発事業で、住民の不安を軽視する不誠実な対応は許されない。 【関連写真】上板橋再開発のアスベストめぐる疑惑の数々を示す“証拠”写真など

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