<北朝鮮内部>不法な地下教材流行の驚き 印刷は国が厳重統制しているのに、なぜ?

2015年に発行された初級中学校3年生の英語教科書の表紙。「銀河」ロケットが北朝鮮から宇宙に飛んでいくイラストだ。アジアプレスが入手。

最近北朝鮮で、国家の公式出版物ではなく、私的な教材の印刷物が流通し人気を集めている。 極めて厳しく印刷を統制する北朝鮮で、なぜこのような私的な印刷が可能なのだろうか? 「私教育市場」を中心に不法印刷物が流行する原因と背景とは。(カン·ジウォン/チョ·ウィソン

◆露骨になる 不法な私教育用教材が流行

8月末、北朝鮮の両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)市に居住する取材協力者が、国家の承認を受けていない不法な出版物が売買されていると報告してきた。主に学習教材の印刷物で、大学受験生のために使われているという。当局の統制下にある印刷機を使用する権限がある人などが金儲け目的で印刷しているとして、協力者は次のように伝えてきた。

「金日成総合大学の卒業生や、秀才教育を受けた人たちが取り締まりの目を避けて、学習教材を作って印刷し、特定の学生たちに販売していますが、購入しようと順番待ちが出るほどです。幹部の子供たちがたくさん買っているそうです」

もちろん過去にも、このような事例がまったくないわけではなかった。しかし、今回報告された事例が意味深長なのは、無許可印刷に対する取り締まりが非常に厳しいにもかかわらず、経済的利益や良い学校への進学という、北朝鮮住民の欲望から発した市場まで形成されている点だ。

◆あらゆる印刷と複写は当局の許可が必要

北朝鮮では印刷機とコピー機の使用を徹底的に管理している。企業や組織、学校などで印刷機を使用する際には、いくら少量でも数段階の承認を受けなければならない。鍵が付いたコピー機も珍しくない。小型プリンターの個人所有は一切認められない。不法な無許可印刷が摘発されれば、政治事件になる可能性がある。

歴代政権は、政権が管理できないメディアを国民が勝手に作ることを徹底的に抑え込んできた。理由はもちろん、自由な情報流通を遮断するためだ。それでは、協力者が伝えてきた私的な教材は、一体どのようにして印刷したのだろうか? おそらく賄賂を使って企業などの組織の印刷機を秘密裏に使用したか、個人が密かに隠し持っていた小型プリンターで印刷したと考えられる。

◆ 1カ月に教師の月給の100倍相当の売上

協力者によると、主に英語、外国語、数学、物理、化学など、大学入試のための主要科目を中心に学習教材を直接作ったり、平壌でお金を払って購入した外国の学習教材を再編集したりして、直接販売する方法で流通しているという。

「普通、外国語の場合は、20~30ページの教材が3万5000ウォンします。月に1~2回程度を販売しています。ただ誰でも買えるのではなく、特定の購入希望者に限って注文に応じて販売するそうです」
※北朝鮮の1000ウォンは日本の約18円。

仮に月に2回、25人に教材を売ったとすれば、売り上げは175万ウォン(約3万円)になる。これは、市場の闇価格で計算すると白米343キロ分に相当する(11月現在、1キロ当たり5100ウォン)。ここ数年間に大幅に上昇した中学校教員の月給の実に100倍にもなる。

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取材協力者は、この不法に印刷された「危ない」学習教材を手に入れようとする生徒と保護者が順番待ちするほどだと、ビジネスの盛行を伝えてて いる。学習教材に対する需要は多く、金儲けという供給の動機もあるので、市場が形成されたわけだ。また、学習教材は反国家的内容を含んでいるわけではないため、リスクも相対的に低い。

さらに、この不法行為を取り締まるべき立場に近い人たちこそが需要の中心である。このような矛盾は、取り締まりが実質的効果を発揮できないようにするメカニズムとして作用するだろう。協力者は次のように説明する。

「〇〇洞には金持ちが多いのですが、金日成総合大学のある卒業生が、そこに住んでいる16人を販売対象として管理しているそうです。購入するのはほとんどが幹部の子供や『トンチュ』(新興富裕層)なので秘密が流出せず、問題は起こっていないそうです」

仮に不法印刷物の取り締まりを強化せよという指示が出ても、子供の教育のために、労働党、行政、公安機関の幹部らが、先を争って有名な学習教材を購入しようとしているので、取り締まりは役に立たないだろうというわけだ。

◆ 不法印刷物取引の意味は?

では、このような現象は、今後の北朝鮮社会にとってどのような意味を持つだろうか。さらに詳しい情報が必要だが、不法な「私的印刷物の市場化」という視点から見ると、北朝鮮住民の間に、知的財産、すなわち活字が金になるという認識が広がる可能性がある。

そうなれば、当局が再び活字を独占することは容易ではないだろう。不法な麻薬や外貨交換が強力な取り締まりにもかかわらず根絶できていないのと共通する構造だ。

またより重要なのは、「私的印刷物の市場化」という現象が、北朝鮮の中上流層の間で、当局が関与しない情報が共有される、一種の知識流通網を形成する可能性があるという点だ。 現時点では、単純にお金を稼ごうとする教材提供者と、良い大学に入って出世を夢見る野心に満ちた受験生たちの欲望が合致したに過ぎないように見える。しかし、市場取引を通じて知識と情報が流通するシステムが生まれていることは注目される。

※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。

北朝鮮地図 製作アジアプレス

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