吹き付けアスベスト落下で大阪市が“素人”清掃 法令違反を認識か

大阪市の中央卸売市場(同市福島区)で1月下旬に起きた、もっとも危険性が高いとされるアスベスト(石綿)を含む吹き付け材(耐火被覆材)が落下する事故をめぐる市の対応は疑問だらけだ。安全確認なしに翌日から利用再開したことは法令違反の疑いがあることはすでに報じた。じつは清掃作業でも違反があった可能性が高い。(井部正之)

吹き付けアスベストが落下した大阪市の中央卸売市場(同市福島区)本場西棟1階のようす。すでに1月21日に除去済みという(大阪市提供)

◆予期された石綿の落下

中央卸売市場の本場西棟は鉄骨鉄筋コンクリート造6階建て、延べ床面積約5万3000平方メートル。4階までは1974年竣工で、5階以上は1981年に増設。各階のはりや天井に厚さ2センチ程度の吹き付け材が使用されていた。 市は2006年に吹き付け材を分析調査しており、石綿含有「なし」だった。ところが2023年6~7月に計35カ所を再調査したところ、すべて基準(重量の0.1%)超の石綿を含有していたことが判明。計約5万3000平方メートルの天井裏やはりに使用されたすべての吹き付け材に石綿を含むと判断せざるを得なくなった。

やっかいなのは、老朽化や冷蔵設備などの湿気が原因とみられる吹き付け材の落下事故が以前から頻発してきたことだ。市の説明では2022年6月と10月、2023年2月と6月とわずか2年間で計4回に上る。半年に1回は落下がある計算だ。今後も同様の事態が起きることは市も想定していた。

それまでは石綿「なし」との認識だったため、落下によるケガの防止程度しか考慮されてこなかった。ところが石綿検出が明らかになったことで、吹き付け石綿の除去や落下事故における飛散・ばく露防止対策を検討する必要が生じた。

市場側は2023年10月4日の市議会決算特別委員会で問われ、「耐火被覆材に石綿が含有していることから、落下事故が生じた場合には、防護服やゴーグル、マスクなどを着用し、速やかに落下物の飛散防止の保護措置を行った上、落下物に対しては有資格者により除去を行い、特別管理産業廃棄物として処分いたします」と除去工事に準じた対策を講じる方針を表明。

続けて清掃後、落下した場所の周囲で「早急に空気環境濃度測定を行い、安全性を確認して施設使用の判断をしてまいります」とも説明した。 市議会答弁の3カ月後、2023年7月の石綿検出公表からちょうど半年後に、市の準備を試すかのように起きたのが今回の落下事故だ。 ところが市の対応はひどいものだった。

1月21日午後1時半ごろ、本場西棟1階の青果卸売場で、吹き付け石綿が高さ5メートルの天井から一部落下しているのを警備員が発見。いつごろ落ちたのかは不明という。午後1時40分ごろ、市職員に連絡があり、現場確認した。すでに縦横各5メートルのブルーシートで覆ってあったという。

落下した吹き付け石綿は、縦40センチ、横2.5メートルの約1平方メートルで厚さ約2センチに達する(市発表では縦横逆に記載)。吹き付け石綿の壁が1つ落ちたくらいの大事故といえよう。もっとも大きな破片は縦横約20センチで重さ約140グラム。それだけ粉々になったということだ。相当量の石綿が飛散したことだろう。市場の稼働時じゃなかったことが不幸中の幸いである。 市によれば、落下物は同日、同市場の職員2人で防じんマスクに雨合羽を着て拾い集めた。石綿粉じんは水で濡らしてウエスで拭き取った。粉砕されて床のアスファルトのすき間に細かな粉じんが落ちているため、なかなか除去できず難儀したという。

吹き付け石綿の破片やウエスなどはビニール袋に入れて保管した。黄色に黒字で「注意」「アスベスト廃棄物」などと書かれた専用袋には入れなかったという。

◆市職員2人の“素人”清掃

そもそも吹き付け石綿の除去作業は、労働者の保護を目的とした労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)や住民の保護を目的とした大気汚染防止法(大防法)で厳しく規制されている。きわめて大雑把に説明すると、作業の14日以上前に届け出することをはじめ、現場をプラスチックシートで密閉に近い状態にする「隔離養生」のうえ、作業場内を減圧して石綿を除去する「負圧除じん装置」などを設置。事前に講習や専門の健康診断を受けた作業員が専用の防じんマスクに防護服を装着し、湿潤状態にして飛散を抑えつつ除去する。清掃では石綿を除去する専用の真空掃除機が必要。飛散を抑制する薬液なども使う。現場監督は「石綿作業主任者」の資格が必要である。

さらに除去が適切に完了したのか、石綿の取り残しがないかについて、石綿作業主任者ないし「建築物石綿含有建材調査者」が確認する義務も設けられている。

除去した吹き付け石綿などの扱いは廃棄物処理法(廃掃法)で規制されており、専用の二重袋に入れ、特別に管理が必要な「廃石綿等」として扱い、適正に処分しなければならない。また特別管理産業廃棄物管理責任者を選任のうえ、同管理者による処理計画の立案や現場管理などが求められる。

これらは作業の規模とは無関係に実施しなければならない。それだけ吹き付け石綿などの除去は危険性の高い作業なのである。細かな作業方法はマニュアルで定めている。 ところが大阪市は、市議会で約束した「有資格者により除去」すら守っていなかった。講習を受けていない市職員2人による“素人”清掃だったのだ。

隔離養生や負圧除じんもなければ、石綿作業主任者の選任もない。真空掃除機の使用もない。当然、有資格者による取り残しの確認もない。このように市による清掃は、通常の除去工事で定められた規制を軒並み無視した不適正作業だった。

あげく「目立つから」との理由で、除去した吹き付け石綿などを専用袋にすら入れなかった。石綿の飛散事故を隠したい、あるいは極力問題を小さく見せたい市の姿勢が透けて見える。 破損防止でマニュアルには袋の厚さも規定。ほかの廃棄物と勘違いして捨ててしまうといったことを防ぐためにわざわざ専用袋が存在するのだが、それすら理解できていないことになる。危険な石綿を扱う基本がわかっていないことがよく表れている。

今回の落下事故対応が法令違反ではないかと指摘する筆者に対し、市の本場副場長は「規定がない」と反論した。

市は、上記はあくまで改修・解体工事の規制であり、今回には当てはまらないというのだ。たしかに石綿則や大防法は建物などの改修・解体などの工事を規制として定めた部分が多く、じつは今回のような落下事故や飛散事故といった緊急時の対応について規定が少ない。

今回の落下事故への対応として実施された「清掃作業」が石綿則の「解体等」あるいは大防法の「解体・改修・補修」に該当するか否かについては規制の施行通知やマニュアルに位置づけがない。いわば法令上の“グレーゾーン”で、担当者の解釈しだいだ。 だからといって、市の主張はおかしい。

そもそも西棟の吹き付け石綿見落としは、市が2008年に2度にわたる国の通知を無視して吹き付け材の再分析をサボったことが原因だ(詳細は2023年8月23日アジアプレス・ネットワークなどに掲載の拙稿「大阪市のアスベスト見落としめぐり市の責任も“隠ぺい” 原因究明すら放置」)。そのため15年間にわたって吹き付け石綿が劣化するまま放置された。

今回の清掃作業は、市の建物管理が劣悪なために吹き付け石綿が落下。その結果、必要になったものだ。 おまけに市が規制外と主張する清掃作業は、吹き付け石綿の除去作業から、壁やはりなどの吹き付け材を金属製のへらなどでかき落とす作業を省いただけで、それ以降はまったく同じなのだ。

◆国は「除去と同等の対応を」と求める

つまり、実質的に吹き付け石綿の除去作業である以上、そこで働く人びとや周辺に居る人びとの安全確保の観点から同じ規制を適用すべきだ。まして吹き付け石綿の劣化が市の手抜きによって起きている以上、当然であろう。

同市場を所轄する西野田労働基準監督署は「個別具体的なことはお答えできない」と回答。そのうえで一般論として、吹き付け石綿が落下した際の清掃作業は「解体等」に該当しないとの見解を示す。環境省大気環境課も同じく「解体・改修・補修に当たらない」との考えだ。

ただし両省とも「法令はあくまで最低限の義務であり、除去作業と同等の保護措置を講じることが望ましい」と強調する。それが当たり前である。 真面目に吹き付け石綿を除去する場合には法令上の厳しい規制がかかるが、ずさんな建物管理で吹き付け石綿を落下させてしまえば、規制の対象外で手抜き対策が可能になって費用を節約できる、などということが許されてよいはずがない。それでは“正直者がバカを見る”ことになる。

にもかかわらず、市は法令の解釈上「解体等」や「解体・改修・補修」といった「工事」ではないから規制対象ではなく、法令に従う必要はないと主張している。この法令上の“グレーゾーン”ぎりぎりを攻める大阪市の手法は、法の“抜け穴”を駆使する悪徳業者そのものである。大防法の監督・指導権限を持つ政令指定都市がそんな主張をして恥ずかしくないのか。これでは民間業者に示しがつかない。 さらにいえば市の主張通りだとしても、実際に法令違反が強く疑われる状況なのだ。

「石綿作業主任者」の選任は「石綿若しくは石綿をその重量の0.1%を超えて含有する製剤その他の物を取り扱う作業」で義務づけられており、今回の清掃作業にも適用される。市は選任していなかったことを認めており、本場の副場長は筆者の取材に「(資格を)取りに行かないといけないと思っていた」と話す。つまり石綿則(第19条)違反を認識のうえで実行した可能性がある。起訴されて有罪になれば、6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金である(組織への両罰あり)。

この間市は落下事故への準備を進めていたが、まだ途中だったと筆者に説明した。しかし、すでに半年あったではないか。そして予期されていた以上、わずか2日間の石綿作業主任者講習を受けられないなど言い訳でしかない。それだけ石綿対策の優先順位が低かったということだろう。

すでに報じたが、市は清掃後に実施したという空気環境測定で結果が出ていないにもかかわらず、市場の利用を再開した。安全軽視も甚だしい対応であり、石綿則(第10条)違反の可能性がある。

こうした安全軽視の姿勢からいくつもの法令違反やグレーゾーンぎりぎりの対応を繰り返し、都合の悪いことは公表しない現状からは、今後も形式的にごまかすだけの対応に終始するのではないか。マスコミも以前ほど石綿問題では騒がないし、市場で働く人たちには適当に安全とごまかしていれば大丈夫と計算していてもおかしくない。しかしそんな不誠実な対応でよいはずがない。

市は法令違反や不適正作業の詳細をきちんと公表のうえ、改善につなげる必要がある。今回の市による清掃は、石綿対策の基礎が欠けているといわざるを得ず、「石綿作業主任者」の選任だけすればよいなどということでは決してない。

そして“正直者がバカを見る”規制の抜け穴を国は以前から知りながら放置している。大阪市のような政令指定都市さえそれを利用する状況では、性善説的な規制はもはや機能しないことは明らかだ。こうした事案が起きるたびに指摘しているにもかかわらず、国がこれ以上サボリ続けるようではむしろ悪徳業者のためにわざと残しているといわれても仕方あるまい。国は早急に規制強化に踏み切るべきだ。

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