世界で最も注目されるピアノ・トリオでの2作目を発表したヴィジェイ・アイヤーにインタビュー(後)

© Ogata / ECM Records

BLUE NOTE CLUB (bluenote-club.com)からのつづき
——『Compassion』に収録された「Maelstrom」、「Tempest」、「Panegyric」は、パンデミックの犠牲者のためのテンペストというプロジェクトで演奏された曲だそうですが、これは「BRIC Celebrate Brooklyn!」というニューヨーク市の野外イベントで実現したものですか?

 「そう、それは2022年の夏で、本当にコロナ禍での初のパブリックなパフォーマンスの一つだったんじゃないかな。パンデミックのメモリアルになる新曲を書いてほしいというコミッションを受けて、アルージ・アフタブ、ムーア・マザー、アンブローズ・アキンムシーレがいる大きなグループでやった。 パンデミックと言われたけれど、コロナのパンデミックだけじゃなくて、今までの500年ぐらいの歴史を振り返ると、多くのパンデミックがあって、白人至上主義がまさに最初のパンデミックだった。だから、そのことを自分は言いたかったんだ。アメリカでコロナの犠牲者になった人たちを統計的に見てみると、 黒人やヒスパニックの人たちが圧倒的に多い。彼らが十分な医療を受けられない、元々寿命も短いというのは、レイシズムの一端なんだということを自分が言いたかったんだ。」

<YouTube:Vijay Iyer Trio - Prelude: Orison (from the new album 'Compassion') | ECM Records

——このプロジェクトの編成はとても魅力的ですね。今後も続けていく予定はないのでしょうか?

 「それぞれが有名になってしまったからね(笑)。あの時はみんな仕事がなかったから、これだけ集められたのだと思う。」

 ——アフタブのヴォーカル、シャザード・イズマイリーのベースと、あなたのピアノとエレクトロニクスによるアルバム『Love In Exile』のこともぜひ訊かせてください。

 「このきっかけも今回のトリオと実は一緒で、可能だと思わないような、ものすごいディープなフィーリングが見つかったんだ。自分たちは何も考えてなかったのにね。だから、畏怖の念に襲われた。エモーショナルでリッチな音楽で、一貫性があって、でもリハーサルも何もしてないし、曲を予め決めていたわけでもなかった。即興で音を出した時に、 ここにあるべきものとして出た音だと思えた。まるで音楽が自分たちの身体を通り抜けていったような、チャンネリングしたような、そんな経験だった。音楽自体が時間を作り、その意味を作っていくという感じだ。だから、これは世界とシェアすべきものだと思ったんだ。」

<YouTube:Arooj Aftab, Vijay Iyer, Shahzad Ismaily: Tiny Desk Concert

——『Compassion』の「Nonaah」はロスコー・ミッチェルの代表曲で、アート・アンサンブル・オブ・シカゴでも演奏された曲ですね。シカゴのジャズ、特にAACMのような前衛派のジャズの特徴と、そこから受けた影響について訊かせてください。

 「あの世代の、ロスコー、ワダダ(・レオ・スミス)、ジョージ・ルイス、ヘンリー・スレッドギル、アンソニー・ブラクストンといった人たちとは師弟関係と言ってもいいかもしれないものがあった。みんなそれぞれ違うので一般化して言うのは難しいけれど、敢えていくつか挙げるとすると、第一にみんなが自分のことを作曲家もしくは作曲家/演奏家として考えている。自分の書いた曲を如何に世に出すかということに生涯をかけて続け、突き詰めていく姿勢がある。もう一つは、作曲家(composer)に似た言葉だけど、落ち着き(composure)がある。穏やかで、忍耐を持って行動していく厳格さがあるんだ。激しさとは反対のね。彼らはその両方を持ち合わせている。結果的にすごく深い見方を、時間に対しても、曲のフォームに対しても、人生に対してもしている。

 これはロスコーから学んだことだけど、起きていること全てをちょっと上から見てみる。どんなに下が忙しなくても、少し高いところから見ることができれば、計画を立てられるし、時間を恐れることなく意図を持って行動ができる。武道やマーシャルアーツに似ているね。内面は穏やかだけれど、外には強さあるという。」

<YouTube:Vijay Iyer / Wadada Leo Smith – A cosmic rhythm with each stroke (Album EPK) | ECM Records

——あなたは長年、ハーバード大学で教えてきましたね。実際にどんなことを教えてきたのでしょうか?

 「もちろん音楽について教えているのと、アフリカとアフリカンアメリカンの研究、音楽を作るアカデミックな部分も教えている。あと、自分がディレクターとなってPh.D.(博士号)獲得のためのコースも指導している。それは、 如何に音楽を作るか、考えるか、音楽を言葉にして語るかということを教えている。トニ・モリソン(注:黒人のノーベル賞作家)の言葉に倣って言うなら、「私は、音楽を読む、音楽を教える、音楽を書く、音楽のことを考える」のを続けてきたんだ。

 自分が何かのマスターだという風に思ったことはない。生徒よりは長く生きている分、参照点が多いかもしれないけれど、一緒にその中で学んでいる、一緒にやっているという感覚の方が、音楽に関しては強いからね。」

——音楽学校でジャズのメソッドだけを教えるのとは少し異なる立場にあると思いますが、ジャズを教えることにどう感じてこられましたか?

 「自分がやっているのはジャズを教えることではないし、 そのことを信じてはいない。自分がやっているのは、あくまでも音楽を作る、音楽を作る人を助ける、 一緒に何かをするということなんだ。音楽のアイデアですら、変化し続けるわけだから、その変化を学ぶ。変化を真剣に受け止めるし、変化を尊ぶ。 そのためには、歴史を、すでにあるものを学ぶ。例えば、1958年のジャズをもちろん自分も勉強したし、それは重要だけれど、18歳にとって同じ意味を持つかと言ったら、そうではないことを自分はわかっている。

1965年のアーマッド・ジャマルは大切だから聴きなさいと言うし、メアリー・ルー・ウィリアムスもヘイゼル・スコットもアリス・コルトレーンもジェリ・アレンも聴かないといけない。でも、同時にサン・ハウスもジェームス・ブラウンも(カールハインツ・)シュトックハウゼンも(ジェルジ・)リゲティも聴かないといけない。フレーム、ジャンルという箱を開けても受け取らない人でも、フレームを超えるものがあると共感して受け取る。だから、最終的には、それがどんなフレームに収まっている音楽かということは意味がなくなってくるんだ。」

Written By 原 雅明
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【作品情報 】

『コンパッション』 
2024年2月2日世界同時発売 
UCCE-1204 
https://Vijay-Iyer.lnk.to/CompassionPR

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