連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年1月のベスト国内ミステリ小説

今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は一月刊の作品から。

橋本輝幸の一冊:加納朋子『1(ONE)』(東京創元社)

デビュー作『ななつのこ』から始まった〈駒子〉シリーズ、実に20年ぶりの連作短編集。ある家族の日常生活と、そこに降りかかるちょっとした事件が描かれる。一家に降りかかる事件のスケールは決して大きくないが、当人たちにとってみれば気が気でない出来事だ。危機に際して発揮される、飼い犬たちを含めた家族の結束力に心温まる。犬好きには特におすすめ。

なお過去作が未読でも単独で読める。ただし既読者には、時代が移り変われど不変のものもあると気づけるボーナスがある。一例は小説を読み書きする喜び、その他人との共有だ。

千街晶之の一冊:白川尚史『ファラオの密室』(宝島社)

今年の一月は大型新人が次々と登場した月だった。警察小説新人賞受賞作の水村舟『県警の守護神 警務部監察課訟務係』も目新しい題材とキャラクター造型の秀逸さで読ませる逸品だったが、月間ベストとしては『このミス』大賞受賞作の白川尚史『ファラオの密室』を推す。歴史ミステリが傑作たり得る条件としては「物語の舞台がその時代でなければならない必然性」が重要だが、古代エジプトを舞台にした本書はその条件を充分に満たしている。密室トリック・動機・特殊設定、それらすべてがこの時代と切り離せない必然性を具えているのだ。

若林踏の一冊:芦辺拓『乱歩殺人事件——「悪霊」ふたたび』(角川書店)

江戸川乱歩の未完の小説「悪霊」を芦辺拓が書き継ぎ完成させた。土蔵での密室殺人や謎の暗号など、執筆の中断により放りっぱなしになっていた謎に対して芦辺は魅力的な解答を用意してみせる。だが、本書は未完作の謎解きに挑んだだけの作品ではない。「悪霊」が中絶に至った事情が未だにはっきりしない点を逆手に取り、入り組んだ仕掛けが生み出す反転に次ぐ反転で読者を驚嘆させる。なるほど、だから題名が『乱歩殺人事件』なのか。戦前の探偵小説の歴史に耽溺し、とことん遊び尽くそうとする芦辺拓の力量が遺憾なく発揮された一作だ。

野村ななみの一冊:伊東潤『江戸咎人逃亡伝』(徳間書店)

「逃亡」がテーマのノンシリーズ3作が収められた中編集である。脱出不可能な佐渡島、足抜け厳禁の遊郭・??原桃源郷、冬眠から目覚めた熊が出没する仙北道。江戸時代を背景とした三つの舞台で、島からの脱出を狙う者、逃げた花魁を探す追捕人、元マタギ同士の攻防が描かれる。スピーディーな展開の合間に、それぞれの事情が垣間見える構成。何より、いずれの作品も軸となるのは「どうやって逃げる/追う」なので、ミステリ好きにはたまらない。なお、今月は森見登美彦『シャーロック・ホームズの凱旋』も類をみないホームズ譚で必読!

藤田香織の一冊:佐々木譲『警官の酒場』(角川春樹事務所)

人気のシリーズものの11冊目を紹介することに、不親切? とチラっと思いはしたものの、いやだって良かったんだよ! とまずは言わせて欲しい。『笑う警官』から連なる道警シリーズの最新刊である。競走馬の育成牧場が溜め込んだ「ヤバいカネ」を狙った強盗事件を主軸に、所属の異なる佐伯、津久井、小島らお馴染みのメンバーが其々の場所で仕事にあたる。のだけれど! これにて第一シーズン完!ということで、個々の様々な事情にも区切りがつく。これがいい。すごくいい。全作読み返したくなる時間泥棒作だけど特に『憂いなき街』はマスト。大人の純愛ヤバす!

酒井貞道の一冊:白川尚史『ファラオの密室』(宝島社)

舞台は古代エジプトといいつつ、主人公(故人)が自らの心臓の欠片を探るためミイラとして一時復活し、他の登場人物がそれにそこまで驚かない特殊な世界観をベースとする。そして普通なら主人公個人の死の真相を追うはずの物語は、アクエンアテンの宗教改革と、エジプト神話の壮大な設定(設定言うな)の現実化により、スケールが加速度的に巨大化する。では謎解き小説の枠をはみ出すかというとさに非ず。真相解明では世界設定を完全に活かしきる。主人公個人の人生も綺麗に締めくくる。現代的価値観の織り込みも違和感なし。技ありです。

杉江松恋の一冊:森見登美彦『シャーロック・ホームズの凱旋』(中央公論新社)

スランプのどん底に落ち込んだ名探偵をワトソンがなんとか奮起させようとするが、ホームズに替わる存在としてアイリーン・アドラーがデビューしたため、その目論見も危うくなり、という物語がなぜかヴィクトリア朝京都を舞台に語られる。名作『熱帯』を思わせる森見らしいパロディで、小説の部品一つひとつに意味があって素晴らしい。登場人物による、探偵小説とは何か、という問いかけが物語の根幹にあって、ミステリーとしても注目に値する内容なのである。全盛期の押井守監督が映像化したものがあったらぜひ見たいものだと思った。

時代小説から古代エジプト・ミステリー、ホームズ・パスティーシュと今月もバラエティに富んだ作品が並びました。賑やかでいいことです。さあ、来月はどのような顔ぶれになりますことか。どうぞお楽しみに。

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