宮殿さながらの店内に、気分はまるで“王族”…至福の時間を過ごせる「純喫茶」2選【横浜・新宿】

(※写真はイメージです/PIXTA)

若者のレトロブームで、昨今再び注目を集めている喫茶店。なかでも、アルコールがメニューになく存分にコーヒーを楽しめる喫茶店のことを「純喫茶」といいます。旅行、お散歩、買い物帰りなど、たまには喧騒を離れてコーヒーと空間に思う存分浸ってみるのはいかがでしょうか。文筆家の甲斐みのり氏が『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より、おすすめの純喫茶を2ヵ所紹介します。

気分はまるで“王族”…一般席の奥にある「特別室」

■横浜│コーヒーの大学院「ルミエール・ド・パリ」

関内駅南口から徒歩5分ほど。「横浜スタジアム」に面する、みなと大通り沿いのビルの1階に、「大学院」と白抜きで文字が入った、ひときわ目を引く赤いテントが。「はて、こんなところに学び舎が?」と不思議に思う人もいるだろうが、ここは「コーヒーの大学院ルミエール・ド・パリ」という喫茶店。

いつでも極上のコーヒーとともにある、この上ない場所であるようにと願いを込めて、最高学府である「大学院」を創業者が好きだった言葉「パリの光」に冠して店の名に。「香り高い一杯のコーヒーを吟味してお出しする」という理念のもと、昭和49年に創業した。

一般席とはいえ、ゴージャスな雰囲気はそのまま。ここのカウンター席を好むお客さまも多いそう。
撮影/原 幹和 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

鎧の騎士が出迎える入り口の向こうは、赤い絨毯が敷き詰められた、豪華列車の食堂車のような縦長の一般席。こちらの客席だけでもじゅうぶん居心地がいいけれど、特筆すべきは店の奥に待ち受けるもうひとつの部屋「オーキット特別室」。

特別室に足を踏み入れると迎えてくれる豪奢なシャンデリア。
撮影/原 幹和 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

扉を開くと、まばゆいシャンデリア、大理石のテーブル、ベルベットの赤い椅子、王冠が並ぶ色鮮やかなステンドグラス、カトレアを描いたモザイクタイル、BGMは優雅なクラシック音楽と、煌びやかな異世界が広がっている。

そんな王族の宮殿さながらの絢爛豪華な喫茶室で、コーヒー、パフェ、昔懐かしい洋食など、純喫茶メニューが味わえるのが嬉しい。

特別室を利用するのにチャージ料はかからず、一般席よりメニューの価格が、わずかに割高に設定されているのみだ。

創業者のこだわりが詰まった豪華な内装の「オーキット特別室」。以前は店内に滝も流れていたという。
撮影/原 幹和 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

シルバーのソースポットや器にも気品が漂う。懐かしい味わいの「スパゲティー・ミートソース」1320円(特別室は1630円・ともにコーヒー付き)。
撮影/原 幹和 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

いつまでも“卒業”できずに通い続けてしまう「コーヒーの大学院」

「コーヒーの大学院」というだけあって、ストレートコーヒー、オリジナルブレンドをはじめとするコーヒーのメニューは、種類も豊富に取り揃え、特別な味わい。よりコクを出すために、全てのコーヒーに通常の2倍の量のコーヒー豆を使い、丁寧に時間をかけてサイフォンで淹れているという。

そんな濃厚なコーヒーにぴったりなのが、アイスクリーム、ホイップクリーム、果物たっぷりのフルーツポンチ、白ワインゼリーを合わせた、「パフェ ルミエール」。ガラスの器に盛りつけられ、ちょこんと赤いさくらんぼをのせた姿がなんとも可憐。

「パフェ ルミエール」は、弾力のある白ワインゼリーがたっぷり入って、見た目よりヘルシー。910円(特別室は960円)。
撮影/原 幹和 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

さらには、玉ねぎ、ニンジン、ひき肉、トマトピューレ、ケチャップたっぷりの手作りソースと、バターを染み込ませたパスタが絶妙な風味を奏でる「スパゲティー・ミートソース」をはじめ、手作りハンバーグやビーフカレーなど。折り目正しい正統派の洋食店と変わらぬおいしさで、長年にわたり親しまれてきた。

一度「入学」すると、ここで過ごす至福のひとときが忘れられず、いつまでも「卒業」できずに通い続けてしまう、唯一無二の空間だ。

撮影/原 幹和 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

撮影/原 幹和 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

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JR「関内駅」南口より徒歩約5分

住所:神奈川県横浜市中区相生町1-18 光南ビル1F

TEL:045-641-7750

営業時間:10:00~18:00(月~金曜)

10:30~18:00(土曜・祝日)※L.O.17:00

定休日:日曜

階段を下りると200席の大空間…戦後から続く新宿の「名曲喫茶」

■新宿│新宿「らんぶる」

戦後の新宿では、「風月堂」「スカラ座」「でんえん」「ウィーン」など、複数の名曲喫茶が創業している。今ならば誰もが好きなとき好きな場所で自由に音楽を再生できるけれど、まだ娯楽が限られ、個人がオーディオセットを所有するのも贅沢な時代。クラシック音楽愛好者は上等な音響装置でLP盤を聴くために、専門店へ足を運んでいた。

クラシック音楽好きの初代が、新宿東口の中央通りに「新宿らんぶる」を開いたのは昭和25年のこと。その5年後には、地下1階、地上3階、400人を収容できる、当時の喫茶店としては国内最大級の店舗が完成。演奏するレコードのプログラム編成や解説に専従者がつくほど人が集まり評判が高かった。

そんな中、昭和49年にはビルへの建て替えにともない現在の姿に。通りに面したれんが造りの間口や1階フロアだけを目にすると、こぢんまりとしたスペースに見えるけれど、入り口左手の地下に続く階段を下りた先に、上下2層構造で200席を備えた、ダンスホールのような大空間が広がっている。

地下の客席には大きな鏡が配され、広々とした空間づくりに一役買っている。
撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

オレンジ色の壁紙や木製の梁、豪華なシャンデリアなどが配された店内は、どこかヨーロッパの古城のような雰囲気を漂わせている。
撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

赤いベロア生地のソファやテーブル、高い天井を彩る2基のシャンデリアは前店舗から受け継いだもの。生地の張り替えや手入れをしながら、大切に使い続けてきた。

そうして多くの名曲喫茶・歌声喫茶が営業していた戦後の新宿の面影を残し、まちの歴史や文化を物語る店として、新宿区の地域文化財に認定されている。

ケーキがずらりと並んだショーケース。ショートケーキやチョコケーキなど長年愛されている人気のラインナップが揃う。
撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

壁にはベートーベンの肖像がかけられている。
撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

甲斐さんが頼んだのは「アーモンドケーキ」と「ブレンドコーヒー」。セットで1100円。
撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

デパートや映画帰り、食事のあと…“人種のるつぼ”新宿でひと息

「らんぶる」はフランス語で琥珀を意味する。「創業者の祖父はらんぶると同時に『琥珀』という名の店を経営していたこともあったんです」と、3代目にあたる重光康宏さん。

「祖父は、数年前に新宿の店を閉め、現在は軽井沢で規模を縮小して営業を続ける『スカラ座』の創業者と懇意にしていました。夏には軽井沢で『スカラ座らんぶる』という期間限定店舗を開いていたこともありました」などと、貴重な話を聞かせていただく。

店長の重光康宏さん。祖父の作り上げた店の雰囲気を大事にしているという。
撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

創業者の祖父も、父も、叔父・叔母も医師という環境の中で育った康宏さん。ご自身は海洋生物の研究をするため学生時代は東京を離れていたが、祖父が亡くなり初めて店の経営に携わる気持ちが湧いてきたそう。そうして、2代目である叔父・叔母をサポートする形で店に入った。

「ここはもともと、音楽を楽しむ店としてスタートしていますが、今はコーヒーや軽食を味わいながら、ゆったりとした時間を過ごしてもらう場所に変化しています。新宿は人種のるつぼと言われるように、昔からさまざまな人が集まるまち。祖父も客層を限定せず、門戸を広く開いていろいろな方に利用してほしいという思いを持っていました。ですから今も、年齢・性別・職業問わず、どんな人でも気軽に入れるように努めています」

場所柄、デパートや映画帰りにひと息つく人や、近くの老舗てんぷら店で食事を済ませたあとに食後のコーヒーを……と、日常の中でも少し特別な気持ちを抱えて来店する人も多い。

私は、上京したての20代の頃、親しい友人と待ち合わせするのによく利用していた。編集者との打ち合わせや、雑誌の対談場所として使わせていただいたこともある。

いつも必ず注文するのは、浅煎りと深煎り、異なるタイプのコーヒー豆を使った「ブレンドコーヒー」。深い香りとまろやかな風味で、口に含むと身体の底からほっとできる。

今回、コーヒーに合わせていただいたのは、ナッツのクリームを挟んだ「アーモンドケーキ」。素朴な風味と清楚な佇まいから長年人気があるという。

店を満たす琥珀色の光。その光に包まれると、なんでもない日も特別な日も、自分がなにかの物語の一部になれたような気がしてくる。ちょっとした仕草も言葉も、きらきらと輝きを帯びたように感じられる。

私にとってらんぶるは、何気ない日常をドラマチックに輝かせてくれる、舞台のような存在だ。

撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)より抜粋

撮影/鈴木康史 『愛しの純喫茶』(オレンジページ)から抜粋

<DATA>

JR「新宿駅」より徒歩約5分

住所:東京都新宿区新宿3-31-3 1F・B1

TEL:03-3352-3361

営業時間:9:30 ~ 18:00

定休日:元日

甲斐 みのり
文筆家

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