「反グリーンウォッシュ法」に身構えるスイス金融業界

スイスでは、グリーンウォッシュ撲滅を訴える抗議運動が増えている (© Keystone/ Valentin Flauraud)

環境に配慮しているように見せかける「グリーンウォッシング」への批判が高まるなか、スイス連邦財務省が昨年10月、規制法を策定すると発表した。自主規制にとどめておきたい業界はロビー活動に必死だが、サステナブル・ファイナンスが委縮する兆候も出ている。 2024年8月までに法案をまとめるとする財務省の発表は、スイス金融業界に重く受け止められた。欧州連合(EU)のような厳格な法規制に縛られる可能性があるためだ。 スイスにあるESG(環境・社会・ガバナンス)データ会社RepRiskによると、世界の金融業界ではグリーンウォッシングに当たる事例が2023年に70%増加した。 RepRiskのフィリップ・エビー最高経営責任者(CEO)はswissinfo.chに「グリーンウォッシングは大きな問題だ。守れない約束を掲げる企業に対し、批判が高まっている」と語った。「この問題に取り組み、信頼を回復することが急務だ。例えばヨーロッパの金融業界では、『持続可能性疲れ』の兆候が出ている」 名指し批判 スイスの金融会社も名指しで批判されている。スイス国立銀行(SNB、中央銀行)は昨年11月、地盤を不安定にするリスクのある水圧破砕に投資したとして環境NGOに糾弾された。スイス再保険(スイス・リー)は違法な森林伐採を行うブラジルの農場に保険を提供したことで非難されている。 SNBは常に投資配分を見直していると表明。スイス・リーは持続可能性の問題を真剣に受け止めており、NGOに指摘された農場への保険に関する情報を検証していると述べた。 グリーンウォッシングや、社会的課題に取り組んでいると見せかける「ソーシャル・ウォッシング」は、企業がESGに関する約束を守っていないことを意味する。金融の世界では、①融資発行など第三者との取引②他企業への投資③顧客に販売する金融商品――という3つの主力分野で起こりやすい。 「汚れた」投資はニュース性の高い事件に限らず、財務業績目標と顧客の期待との間に乖離が生じるといったケースもある。 地球か儲けか エビー氏は「ほとんどの投資家は、ESGファンドは社会に貢献し地球に害を及ぼさないものだと期待している。だがファンド側は、特定の企業活動が投資家に財務的な悪影響を与える可能性がなければESGファンドとして売り出すことがよくある」と説明する。 「こうしたファンドは、投資家にとってのリスク・リターン配分をESGの基準で最適化しようとする。それ自体は重要だが、それを明確に伝え、人と地球の両方にプラスの影響を与える投資と混同されないようにすることが不可欠だ」 スイスはESG投資への需要の高まりを背景に、サステナブル・ファイナンスの世界的な牽引役になることを目指している。 ルツェルン応用科学芸術大学(HSLU)が昨年11月に発表したスイスのファンド業界に関する調査は、2022年7月~23年6月末にファンドに新規流入した資産の91%がサステナブル・ファンドに集まったと分析した。 規制当局や政治家は、顧客がESGを謳う投資にだまされていると感じれば、スイスの金融業界全体のイメージにキズがつくと恐れている。 独コンサル企業Zebは「スイス金融業界は、サステナブル商品の有効性を誇張して売り出されることがよくある、という批判を受け入れなければならない」と指摘する。「スイスの銀行は自主規制で汚名を払拭しようとしているが、政治家は業界が考えるより厳しい透明性要件を定めるとみられる」とも予言した。 自主規制の強化 財務省は8月までに「反グリーンウォッシング」法案をまとめるが、金融業界が効果的な自主規制を打ち上げれば法制化は取りやめる方針だ。環境団体は法制化を全面支援する。グリーンピース・スイスでサステナブル・ファイナンスを担当するペーター・ハーバーシュティッヒ氏は、「気候危機に対する金融業界の反応は遅すぎる。自主規制頼みだが、それは失敗している」と語った。 スイスの金融業界は法規制の厳格化は競争力を妨げると反発し、自主規制にとどめようと躍起になっている。議員らに自主規制の有効性を証明すべく奔走する。 銀行、ウェルスマネジメント(資産管理)、保険業界は2023年10月、「責任ある機関投資家」の行動原則を盛り込んだ「スイス版スチュワードシップコード」を策定した。透明性の向上、投資家の投票権の強化、投資家と金融サービス提供者の間の紛争解決メカニズムなど、9つの原則から成る自主規制だ。 並行して、他の国より緩い法律を設けるようロビー活動にも心血を注ぐ。自主規制では許されなくなった場合に備え、日常業務を手取り足取り指示する実定法ではなく、望ましい目的や原則を定めるだけの理念法にとどめるよう働きかけている。 委縮 大手金融機関の業界団体「スイス・サステナブル・ファイナンス(SSF)」は、理念法に基づくアプローチこそが有益であると強調する。 昨年6月のプレスリリースで、「金融業界の全分野を対象とした広範で原理原則に基づくルール作りは、投資家の保護やスイス金融業界の国際競争力と評判の向上に貢献する」と述べた。 持続可能性に関する誇張が後々NGOによって明るみに出ることを恐れ、金融機関が委縮している兆候もある。 2022年のサステナブル投資は1兆6000億フラン(約270兆円)と、前年から19%減った。金融市場の低迷が一因だが、SSFは「サステナブル投資の定義が厳格化されたこと」も要因に挙げた。 RepRiskのエビー氏によると、グリーンウォッシングだと名指し批判され、恥をかかされるのではないかという金融機関の恐怖心が、サステナブル投資手控えの背景にあると指摘する。 「企業は約束を必ず守るべきだ。だが一方で、慎重になりすぎて約束そのものをしなくなる事態を招いてはならない」 英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫

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