『お別れホスピタル』は“人間賛歌”ドラマ 沖田×華の原作を昇華させた制作陣にインタビュー

岸井ゆきのと松山ケンイチが共演するNHK土曜ドラマ『お別れホスピタル』(全4話)が放送中。本作は、末期がんなど重度の医療ケアが必要な人や、在宅の望めない人を受け入れる療養病棟を舞台としたヒューマンドラマだ。原作は、漫画家・沖田×華の同名コミック。同じく沖田原作の『透明なゆりかご』に続き、安達奈緒子が本作でも脚本を担当している。制作統括を務めた小松昌代と、第3話・第4話の演出を担当した笠浦友愛に、制作の経緯と最終回に向けた見どころを聞いた。(苫とり子)

●「それぞれの選択に丸バツをつける描き方はしたくなかった」

――『お別れホスピタル』のドラマ化に至った経緯を教えてください。

笠浦友愛(以下、笠浦):2018年にドラマ『透明なゆりかご』が放送された同時期に『お別れホスピタル』の連載が始まって、シリアスなテーマの中にも沖田さんらしいユーモアのある内容に惹かれました。これをドラマ化するにはきっと色んな課題があるだろうと思ったのですが、挑戦してみたいと前々から局内では声をあげていました。ただ、その直後にコロナ禍に突入してしまって……。ようやく状況が落ち着き、この度、実現した形となります。

――沖田さんが描く作品の魅力はどこにあると思われますか?

笠浦:沖田さんの作品は人間なら誰もが持つ陰の部分もしっかりと描かれているところに魅力を感じます。特に病院のように生き死にが関わってくる場では、綺麗事だけでは語れない瞬間も多々目にすると思うんですよね。そこを否定せず、受け止めた上で描ける作家さんは他になかなかいないんじゃないかなと思います。

――沖田さんと脚本家の安達さんは今回が二度目のタッグとなります。

小松昌代(以下、小松):ありがたいことに『透明なゆりかご』が視聴者の方々から好評いただいたので、沖田さんの原作であるならば、また同じスタッフでドラマ化したいという思いがありました。また前回、沖田さんからも信頼いただいた安達さんに今回も脚本をお願いしたところ、安達さんも「沖田さんの作品だったら、自分が書かないと後悔する」と思ってくださったようです。

――第1話は、安達さんの繊細な表現が随所に光る回でした。一方で、同じ病室の女性3人が立て続けに亡くなったり、古田新太さん演じる末期がん患者の本庄さんが思わぬかたちで亡くなったりと、原作の中でも衝撃的なエピソードが抜粋されました。その意図は?

笠浦:同じ病室の女性3人が立て続けに亡くなるエピソードは原作でも冒頭にありますが、改めて療養病棟を取材してみると、やっぱりああいうことが日常的に起こるみたいなんですよね。常に死と隣り合わせで、医療従事者のみなさんもそれを受け入れて働いていらっしゃる。そういう療養病棟のリアルを言葉で説明する以上に物語るあのエピソードは第1話に欠かせないですよね、と打ち合わせで安達さんとお話ししました。また、本庄さんの死に関しては岸井ゆきのさん演じる主人公の辺見さんの心に引っかかり続けていく出来事でもあり、ドラマ全体を貫く問いかけにもなっています。どうして本庄さんはああいう選択をしたのか、死ぬとはどういうことなのか、辺見さんが全4話を通して答えのない問いと向き合うきっかけとなるエピソードとして第1話に持ってきました。

――先ほど療養病棟のリアルを描くというお話がありましたが、リアリティを出すためにこだわった点を教えてください。

笠浦:どうしてこの人はこういう性格で、看護師さんたちや他の患者さんにこういう態度を取るのかといったことを腑に落としていただけるように、患者さん一人ひとりのバックグラウンドであったり、身体のどの部分が痛むのか、動かしづらいのかといった具体的な病状をまとめたカルテのような資料を演じる役者さんにお渡ししました。病状は自ずと身体の動きにリンクしてきますし、その人がこれまで歩んできた人生も映像では見えずとも、病院での佇まいになるべく滲み出た方がいいと思ったからです。

――たしかに患者さんを演じられるベテラン俳優の皆さんのお芝居にはリアリティがあり、胸に迫るものがあります。実際の現場はどのような雰囲気だったのでしょうか?

笠浦:撮影の合間は常に和気あいあいとしていました。でも、さすがはベテラン勢のみなさんで、カメラが回った瞬間にバチッとご自身の役に入り込まれるんですよね。みなさん互いのお芝居に刺激を受け、高め合いながら一つの作品をつくっていらっしゃる印象を受けました。今回は実力のある役者さんの中でも色んなジャンルで活躍されてきた方々が集まっていらっしゃるので、どこか異種格闘技のような雰囲気も(笑)。それが、また性別や年齢、出自などがバラバラの患者さんが集まる病院のリアルを映し出すことに繋がったのかなと思います。

――本当にいろんな患者さんがいて、その最期も様々ですが、否定も肯定もしないフラットな眼差しが印象的です。

笠浦:第1話で泉ピン子さん演じる水谷さんが重度の肺炎で自発呼吸が難しくなった夫に人工呼吸器をつけるか、つけないかという選択を迫られるエピソードがありましたが、まさに正解がない世界じゃないですか。誰にも正解がわからない中で、どちらかを選ばざるを得ない。だからこそ、その選択に丸バツをつける描き方はしたくないと思っていました。そこは安達さんが一番苦労されたと思うのですが、ものすごく気をつけて誰をも否定しない描き方をしてくださったので、その誠実さがドラマからも伺えると思います。

●ベテラン勢も安心して球を投げられる岸井ゆきのの“受容能力”

――先ほどおっしゃっていたように、本庄さんをはじめ、様々な患者さんとの日々を通して正解のない問いと向き合っていく主人公・辺見さん役に岸井さんをキャスティングされた理由をお聞かせください。

小松:今回の企画が持ち上がった時、真っ先にお顔が浮かんだのが以前にも一緒にお仕事させていただいた岸井さんでした。決め手は何といっても、あの自然なお芝居とずば抜けた感受性の高さです。『お別れホスピタル』は辺見さんが患者さんたちから何を受け取り、どう考えたのかを通して描かれるドラマです。岸井さんはご自身の演じられるキャラクターが感じたことを自然に表現できる力がとってもある方なので、辺見さんを演じられるのはこの人しかいないなと思いました。

――ベテランの役者さんが大勢いらっしゃる中で、作品の真ん中に立つというのは相当なプレッシャーがあったかと思われます。現場ではどういったやりとりがあったのでしょうか?

笠浦:岸井さんは映画やドラマはもちろん、舞台でも経験を積まれてきたということもありますが、受容能力にとても長けていて、どういう個性の役者さんがきても、相手の芝居をしっかりと受け止めてそれに応えることができるんです。岸井さんは自分がどう球を投げるかではなく、相手の球をどう受け止めるかを大切にされている方。どんな球でも受け止めますよというスタンスでいてくださるので、ベテランの方々も安心して各々の球を投げていらっしゃったような印象を受けます。

――ベテランの方々が安心して球を投げられるってすごいことですね。相当な器がないとできないことだなと思いました。

笠浦:岸井さん自身から自己主張が強い印象は全く受けないのに、球を受ければ受けるほど輝きを増していくといいますか、球を受けたり打ち返したりする中で、おおっというようなお芝居をされるんです。お若くして一本軸の通った稀有な役者さんだなと改めて感じました。

――ドラマでは、松山ケンイチさん演じる医師の広野誠二がもう一人のメインキャラクターとして描かれています。岸井さんと松山さんのコンビネーションについてはいかがでしたか?

笠浦:お二人とも本当に自然体で、もちろん台本はあるんだけども、まさにその瞬間に生まれたかのようなやりとりが素敵だなと思いました。松山さんの、あの少し力の抜けたお芝居がまたいいんですよね。広野さんというのは、家族との複雑な関係もあって、ある程度の距離感を保って人と接するタイプの辺見さんが少しずつ心を開いて自分のことを語れる相手。また、それに対して否定や理屈で返すのではなく、ふわっと受け止めて心が少し楽になるような言葉をかけられる人です。松山さんがそういう広野さんの空気感をパッと掴んで繊細に表現してくださっていて、それがドラマの救いになっているように思います。僕たちも松山さんが広野さんを演じてくださったことで救われた部分が多々ありました。

――ドラマも残り2話となりましたが、最終回に向けての見どころを教えてください。

笠浦:第3話からまた新たな患者さんやその家族が登場しますが、看護師や医師と患者さんの一対一の関係だけではなく、そこにケアワーカーが加わったり、患者さん同士、あるいは患者さんの家族同士の繋がりも生まれたりと、1・2話以上に人間関係が交錯し、群像劇の要素が強まっていきます。そこから浮かび上がってくる病院という枠を超えた人間と人間のぶつかり合いや、各登場人物の抱えている思いも見どころです。特に第3話では、院内でクリスマス会が開かれ、関係者が一堂に会するので、それぞれの動きに注目してみてください。

――沖田さんが書いたドラマの収録現場潜入レポを拝見したのですが、沖田さんもドラマに出演されているのだとか。

小松:具体的にどことは申し上げませんが、残り2話のどこかに出演いただいています(笑)。ドラマに自然と溶け込んでいらっしゃるので、頑張って見つけてみてください!

――最後に改めて今、この物語を届ける意義について教えてください。

笠浦:療養病棟に取材に行かせていただいた時に、一人の看護師さんが「ここにいる患者さんは幸せなんじゃないかと思うんです」とおっしゃっていたのが印象的です。その言葉に使命感を感じましたし、僕たちも療養病棟という場所を一つの幸せな空間として描けたらいいなと思いました。死に向かう間際というのはある意味、命が最も輝く瞬間なのではないでしょうか。死を描くことで、逆に生きる喜びが際立つ。そんな人間賛歌のドラマになっていると思います。

小松:笠浦さんが今言ったように、死について考えることは、どう生きるかということについて考えることとイコールだと思っています。それには正解も不正解もないので、ぜひ一緒に考えていただきたいと思っていますが、療養病棟は、作中でも「一度来たら元気になって退院していく人はほぼいない」という表現を使っているように、入院されている方が全員そこでお亡くなりになるわけではありません。退院されていく方も、現実にはもちろんいらっしゃいます。療養病棟というのは医療のセーフティーネットであり、もしかしたら我々にとって最も身近な病院なのかもしれません。その中で日々生きている方々の姿を見つめていただきたいです。

(取材・文=苫とりこ)

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