【ハンドボール】センターバックは司令塔 | ポジション解説 | JHL名鑑vol.3

JHLで活躍するセンターバックの選手。左から岡田彩愛、須田希世子、樋川卓、東江雄斗、田中大斗(いずれも久保写す)

ハンドボールの各ポジションの役割、求められる資質について、日本リーグ(JHL)でプレーする選手(プレー経験のある選手も含みます)のプレースタイルとともに紹介します。第3回はセンターバックです。コートの中央で、攻撃のタクトを振るうセンターバック。文字通りの司令塔であり、プレーメーカーとも呼ばれます。学生時代に名の売れたセンタープレーヤーでも、日本リーグでレギュラーを取るには至難の業。才能のある選手が下積みを経て、ようやくポジションをつかみます。選ばれし者によるゲームメークに酔いしれてください。(Pen&Sportsコラムニスト・久保弘毅

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【セットOFを理解】古屋悠生

6対6のセットOFこそがハンドボールの醍醐味。OFとDFの人数が同じはずなのに、いいセンターが攻撃を組み立てると、いつのまにかプラス1(1人余った状態)ができてしまいます。

古屋悠生(豊田合成)はヨアン・バラスケスと趙顯章の大砲2枚を気持ちよく打たせる、古典的な司令塔です。だからと言って得点力がない訳ではありません。相手の右側のDFが弱いと見たら、ポジションチェンジでレフトバックに位置を取り、アウトスペースを切り裂きます。原健也(ゴールデンウルヴス福岡)は若い頃から戦術理解に優れたセンターでした。DFを凹ませて、クロスを打たせる。DFラインを下げさせるために、執拗にピヴォットにパスを落とす。一つひとつのプレーに明確な意図が感じられます。原とプレーすることで、若い選手もハンドボールが巧くなるでしょう。

【2対2が得意】田中大斗

センターとピヴォットの「縦の2対2」は、攻撃の王道です。バスケットボールのピック&ロールと同様、巧いセンターがやると「わかっているけど止められない」必殺の武器になります。

植垣健人(大崎電気)はロングシュートが打てて、ピヴォットへのパスが上手な、大阪体育大学OBらしいセンターです。田中大斗(トヨタ紡織九州)も大阪体育大学OBらしい、2対2にこだわりを持つセンター。1対1で行きたがる選手をまとめるのに苦労した時代もありましたが、今は全体を大きく動かし、セットOFを統率しています。女子では林美里(三重バイオレットアイリス)が、2対2を好むセンターの代表格。ロングも打てて、ピヴォットへパスも落とせて、しなやかなカットインもあります。

【得点力で試合を作る】横嶋彩

昔のセンターは、自分がシュートに行くと怒られました。今はセンターにシュート力がないと、相手に捨てられます。自分の得点力を軸に試合を組み立てるセンターも増えてきました。

玉井宏章(トヨタ自動車東日本)はサイズが足りないからセンターをやっているだけで、本質はシューターです。身長170㎝台でもミドルシュートを打ち込める力があります。前田理玖(富山ドリームス)はチームで数少ない、ディスタンスシュートで点が取れる選手です。横嶋彩(アランマーレ)は若い頃からミドルシュートがよく入るセンターでした。しかし国際レベルだとミドルが入らず、代表では苦労しました。その後は粘り強くボールを回してからカットインで点をもぎ取る技術を覚えました。今ではあらゆるパターンで点が取れる、集大成のようなプレースタイルを見せています。

【キレキレの1対1】齊藤詩織

フェイントが切れるセンターがいると、1対1で相手に勝てます。DFが2人寄れば、その時点で数的優位ができます。あとは余っている味方にパスを出すだけ。攻撃がシンプルになります。

北詰明未(トヨタ車体)は打ち屋から後天的にセンターに転向し、5年目の今季ブレイクしました。ジャンプシュートを打てる力もあるので、ジャンプフェイクでDFを跳ばせたあと、ワンドリブルで華麗に抜いていきます。藤江恭輔(大同特殊鋼)は自身の1対1のキレを生かして、立体的なDFを上手に崩します。藤田響(大崎電気)はスピードと視野の広さを両立させたプレーが持ち味です。北ノ薗遼(ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング)は驚異的なスピードで相手を置き去りにします。ピヴォットがスライドしてできたスペースに、北ノ薗が鋭く切れ込むのが定番です。齊藤詩織(飛騨高山ブラックブルズ岐阜)はポジションチェンジでレフトバックに移動した時に、得意のアウト割りでゴールを奪います。周りも斎藤のボールがほしいタイミングがわかったようで、2年目の今季は得意な形が増えてきました。

【スキあらば打ち込める】近藤万春

ゲームメーカータイプのセンターが先発で行き詰ったら、自分でガンガン行けるタイプの二番手を入れて、試合を動かす方法もあります。

 田中大介(豊田合成)はシュートもアシストも自分発信。ボールを持ちたがるタイプとも言えますが、DFの頭をかち割るようなステップシュートに、大胆にGKの股下を狙うなど、勝気なプレースタイルで流れを変えます。横田希歩(三重バイオレットアイリス)は、一つひとつのシュートに説明をつけたくなるタイプ。この狭いところを抜くか!こんな動きをするのか!ただの1点ではなく、才能がきらめいています。近藤万春(イズミ)は抜群のクイックネスと独創的なプレーで、見せ場を作ってくれます。プレーでも日常でも「いらんことしい(関西弁で余計なことをする人、ちょっかいをかける人)」の近藤らしく、手数の多いプレースタイルでゴールをこじ開けます。

【強烈なステップシュート】東江太輝

DFとずれた位置を取るのがOFの原則ですが、いつも利き手がずれたり、数的優位が作れたりするとは限りません。そういう時にはDFの陰を利用したステップシュートが役立ちます。苦しい時間帯をステップシュートでしのぎながら、セットOFを修正していけば、攻撃が停滞しません。

東江太輝(琉球コラソン)は「ステップシュートありき」で組み立てる、珍しいタイプのセンターです。トリッキーな選手が多い沖縄出身者のなかでも飛び抜けて「技の引き出し」が豊富です。子供向けの講習会では、側転しながらのシュートなども披露して人気者です。井桁晴香(HC名古屋)は強烈なステップシュートを武器に、日本リーグデビュー戦で9得点を挙げました。相手から警戒される2巡目以降は、ステップシュートを餌にした「次の一手」が求められます。

【流れでピヴォットにも】岡田彩愛

センターが切ってピヴォットになる動き。いわゆるダブルポストで崩す選択肢があると、5:1DFなどの立体的なDFを攻略しやすくなります。自分が死に役になって、味方を生かすプレーのひとつです。

 ハンガリーから戻ってきた大山真奈(ソニー)は、短時間ならピヴォットでもプレーできます。サッカーのワンツーパス(壁パス)のように、味方にボールを預けたあとにパス&ランで走り込み、6mライン付近でリターンパスをもらう動きも得意技のひとつ。ちなみにこのリターンパスは、香川中央高校の河合哲監督(現高松商業監督)がオリジナルだと、河合監督本人が言っていました。岡田彩愛(香川銀行)は得点力がありながら、ライン際のスペースへ走り込む動きも上手です。切りの動きで印象に残っているのが赤塚孝治(元ゴールデンウルヴス福岡)。トップDFが目の前のボールを奪おうとするタイミングを見計らって、背中すれすれを通過する動きが、クレバーかつ小憎らしかったですね。「こういう工夫をするのが一番楽しい」と言っていた赤塚が、いつかウルヴスの監督になることを願っています。

【7人攻撃のパス回しが絶妙】山城翔

GKをベンチに下げて、CPを1人増やす7人攻撃。7対6で必ず誰かが余るので、余計な動きはいりません。センターの速いパス回しと判断力があれば、簡単にノーマークが作れます。

日本で7人攻撃と言えば、小山哲也(ジークスター東京)の名前が真っ先に挙がります。印象的だったのが、小山がまだ大崎電気にいた2020年の日本選手権決勝。大崎電気が試合開始から7人攻撃を続け、小山のパス回しで豊田合成を最後まで苦しめました。山城翔(福井永平寺ブルーサンダー)は小柄でシュート力はありませんが、状況判断に優れたセンターです。 

【アップテンポな展開で押せる】田中圭

セットOFでじっくり攻めたいセンターもいれば、速攻で押すのが得意なセンターもいます。DFからの速攻では、展開力のあるセンターがいると楽に点が取れます。

田中圭(トヨタ紡織九州)は2対2ができる頭脳を持ちながら、速攻で押すゲームメークを好みます。湧永製薬(現安芸高田ワクナガ)時代は、田中圭はアップテンポで押して、原健也(現ウルヴス)はセットでじっくりと、上手に役割分担していました。レフトバックと兼任の喜田ことみ(大阪ラヴィッツ)がセンターに入る時は、攻撃回数を増やしたい時間帯です。喜田もボールを展開するのではなく、速攻の先頭を走ります。

【DF力あればなおよし】樋川卓

センターの選手は、DFでベンチに下がることが多くなります。ベンチで頭を整理して、OFに集中してほしい。DFで変な退場に巻き込まれないようにしたい。色んな思惑があるかと思いますが、DFでも貢献できるセンターがいると、メンバー構成がとても楽になります。

アイスランドでのレンタル移籍から戻ってきた樋川卓(安芸高田ワクナガ)は、攻撃ではセンターで、守備では3枚目に入ります。樋川が攻守のバランスを整えてくれることで、今季のワクナガはメンバー交代なしで押せる布陣が完成しました。川端勝茂(トヨタ自動車東日本)は長崎日大高校でインターハイを制した当時から、守備力の高いセンターでした。今でもメンバー交代ができなかった時間帯には3枚目を守り、チームのピンチを救います。女子では酒井優喜子(アランマーレ)が守備型のセンターになるでしょうか。2枚目のDFに入ることで、チームに安定感をもたらします。

【無形の力持つ】須田希世子

スタッツを見るとさえないのに、なぜか試合に出続けて、チームを勝たせてしまう。そういう「無形の力」を持ったセンターがいます。数字には表れない部分のすごみを感じ取ってください。

須田希世子(オムロン)は佼成女子学園高校、東京女子体育大学、オムロンと、行く先々で「いつのまにか」レギュラーになっています。キレキレの1対1もありますが、須田の一番魅力は球際の強さ。ルーズボール、リバウンドにパスカットで、ピンチをチャンスに変えてくれます。現役時代にセンターだった水野裕紀監督は「一つひとつのスペックなら、去年までいた石井優花だけど、チームを勝たせるセンターになるのは須田かもしれない」と、須田の無形の力を評価していました。「点数を伸ばす力」という点で紹介しておきたいのが辻菜乃香(イズミ)です。最初にロングシュートが決まったら、それを餌にして得意のカットインを仕掛けるなど、点数を伸ばす道筋が見えている選手です。残念ながらヒザのケガで今季絶望になりましたが、戻ってきた時は酒巻清治監督好みの司令塔として活躍してくれることでしょう。

【左利きのセンターは世界のトレンド】林凌雅

当たり前の話ですが、センターが左利きだと、左への展開が多くなります。右利きのセンターとは逆の展開になります。世界では打てる左利きのセンターがトレンドになっています。日本でも、左利きのセンターをもっと見たいですね。

 日本代表では榎本悠雅(タタバーニャ/ハンガリー)が左利きのセンターで、いいアクセントになっていました。日本リーグでは林凌雅(アースフレンズBM)ぐらいしか、左利きのセンターは見当たりません。北陸電力(現福井永平寺ブルーサンダー)では須坂佳祐監督から「ライトバックではなく、センターで使うから味が出る」と評価されていました。アースフレンズに移籍後は、生きのいい岡佑駿がいるため出場機会が限られていますが、他にはない個性で出番を勝ち取ってほしい存在です。

【ゲームを支配する】東江雄斗

すべてを兼ね備えたセンターは、1試合に10点取れる力を最後の札に残しつつ、起承転結を意識したゲームメークでチームを勝たせます。オフェンスキング(もしくはクイーン)と呼ぶにふさわしい、絶対的な存在です。

東江雄斗(ジークスター東京)は正統派のゲームメークに徹しつつ、勝負の際の部分では左手でシュートを打ったり、曲芸のようなポストパスを繰り出します。東京五輪後はケガ続きで不完全燃焼でしたが、今年1月のアジア選手権では途中から合流して、停滞していた日本の攻撃を立て直しました。何気ない会話を糸口に、若手の積極性を引き出すなど、久しぶりに「頼れる雄斗」が見られました。女子では相澤菜月(北國銀行)が絶対的な司令塔です。いまや「アジアで一番上手い」とも言われる選手です。はっきり言って、国内でもうやることはありません。「世界レベルでディスタンスシュートを決め切りたい」と、さらなる高みを目指しています。

かなりの長編になりましたが、センターバックに求められる資質は以上です。次回はライトバックを予定しています。

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