人手不足の千葉児相がアピールする「大きなやりがい」本当か 元職員3人がJ-CASTニュースに明かした労働環境

児童虐待事案が相次ぐ中、対応する児童相談所では人手不足が深刻だ。千葉県では2023年12月に採用のための説明会を開き、担当者が「やりがいは大きい」などとアピール。この様子は広く報じられた。

ただ、これが実態に即しているかは議論の余地がありそうだ。ある元児相職員はJ-CASTニュースの取材に対して、上長から「やりがいなんて考えなくていい」と言われたと証言。人手不足の原因の一端は職場環境にあるとみている。実際、22年10月には、元児相職員の飯島章太さんが在職時に精神疾患を発症し退職を余儀なくされたとして、県に対し未払賃金や慰謝料の支払いを求めた裁判を起こしている。J-CASTニュースでは、元職員3人に実情を語ってもらった。

子どもへの知能検査の方法に独自ルールも

元職員のAさん(30代男性)は、心理の専門職に採用され、県内の児童相談所に1年間勤務していた。公認心理師、臨床心理士の資格を持ち、教育センターの心理士として4年間働いていた経歴がある。そのため、「経験や資格を活かせると思っていました」と24年1月17日のJ-CASTニュースの取材に明かした。

しかし、職場にはそれらの資格を持っている人は少なく、「自分も含め、経験や資格のある人ほど、今までしてきたこととのギャップに苦しんでいるような印象」を受けたという。

職員数に占める資格所有者の割合は2割未満だ。県児童家庭課によると、23年12月1日時点での児相の心理職の職員数は136名。臨床心理士や公認心理師の有資格者については、「心理職の任用資格とはなっていないため、全職員の当該資格の有無については把握しておらず、県に報告があった職員のみの人数となります」とした上で、臨床心理士は登録者の報告はなく、公認心理師の有資格者は24名と報告されています」と説明した。

Aさんの部署の主な業務は「虐待を受けた子どもの心理面接や、知的障害の疑いのある子どもに知能検査をして養育手帳の判定をする」ことだった。1年目のAさんは、1人で知能検査ができると認められるまで、上長や先輩による試験に合格しなければならなかったが、10月頃まで合格できず、その間はほとんど電話番しかさせてもらえなかったという。

不合格の理由は知らされなかった。Aさんは、子どもがリラックスできるよう声かけをするAさんのスタイルやスピードが原因だったと推測している。

「千葉県児相での理想の検査の取り方として、基本的に速さが命のように言われていました。僕は今までの経験から、(子どもと)適度にコミュニケーションを取ることで(検査に)集中してくれると思っていましたが、先輩には『子どもに共感なんてしなくていい』と言われました。(子どもは)大人の都合でやりたくない検査をさせられているのに、こちら側が高圧的に『パッパパッパやって』みたいなことを言う筋合いは、本来はないと思います。なので、今までしてきたように、なるべく子どもが嫌な思いをしないよう、検査の妨げにならない程度に声かけを挟みながらやっていたら、落とされましたね」

試験は何段階かあり、一時保護所に保護された子どもを相手にすることもあったという。Aさんは、必要がないにもかかわらず、試験のためだけに検査を受けさせていたと主張し、「実験台にしているようだった」と明かした。

検査の方法については、本来のものとは違う独自のルールもあったと主張している。例えば、本来はすべての問題を子どもに解かせるべきとされているところ、時間短縮のため、ある問題を間違えた場合はそれと関連した問題はカットしていい、などだ。「できなかったのは緊張していただけで、落ち着いたら(関連した問題が)できるというパターンもあります。全部解かせるのが通常のやり方です」と説明した。

職員同士のあいさつもなく、職場の雰囲気は良くなかったと振り返る。

「隣の席の先輩に無視されたり、机を僕のスペースまではみ出して広く使われたりと、関係があまり上手くいってなかったので、ある上長に相談したことがありました。そうしたら、『いつも笑っているのが腹立つんじゃない?俺もそう思う』と言われました。僕としては、職場の雰囲気が冷く感じたので、ほがらかになればいいなと思って同期とかに積極的に話しかけるようにしていたのですが......。『他の先輩が苦しそうにしているのに笑顔でいるよね。そういう風にしていると、他の先輩たちは嫌な思いをするよね』と言われました」

上司「仕事なんだからやりがいなんて考えなくていい」

試験に合格したあとも、Aさんはあまり担当を持たせてもらえなかった。一方で、Aさんも「児相は特殊なので、ある程度は仕方ないところがあるのかもしれませんが」としつつ、「子どもへの共感を完全に度外視しているところに(前職との)ギャップを感じました」といい、次のように話した。

「一度、虐待されて一時保護されてきた小学校低学年の子を担当したことがありましたが、他の先輩たちは、その子に対していきなり『なんで君、ここに来たかわかる?』『これからどうなりたいの?』と継ぎ早に聞くんです。ろくに自己紹介もしないまま。その子は(心を)閉ざしてしまって、何も喋れなくなってしまいました。その後、僕が単独で面接したときに、部屋の窓を開けて一緒に外の景色を見ながら『飛行機だね』とか話しながら(面接を)したら、ちょっとだけ心を開いてくれて、話してくれました。でも、そのことを先輩に報告すると、否定されました。『遊んでくれるお兄さんになっちゃうから次はやめて』みたいな」

さらに、「子どもに優しくしたら『何やってんのこいつ』のように見られる雰囲気はあったように思います。もっとスピーディに、淡々とやらなきゃいけない。子どもファーストじゃなかったです」といい、「虐待に加担している感覚になった」と当時の心境を明かした。

「自分の専門性が活きた瞬間がほぼなかった」「資格を持っている意味がない」と感じていたところ、前出の上長との個人面談の際に「仕事の悩みはあるか」と聞かれたという。「やりがいを感じられない」旨を伝えると、「『(勤務年数が浅いため)まだ仕事のことがよくわかっていないでしょ』『仕事なんだからやりがいなんて考えなくていい』『与えられた仕事をただやればいい』というようなことを言われました。親身に相談に乗ってくれるような雰囲気を出しておきながら、突き放されましたね。そこで完全に見切りを付けました」と明かす。

退職時には前出の上長から「君は自分に甘いよね。どこへ行ってもやっていけないと思う」とも言われたという。

「事実かどうか判断いたしかねるため、お伝えできることはありません」

J-CASTニュースが19日、Aさんが職場で明るく振舞わせない、「やりがいなんて考えなくていい」などと指導されたことについて、そのような指導をしているかどうか県児童家庭課に尋ねたところ、「県の方針として、上記のような指導を行うこととはしていない」とした。

31日に改めて、前出の上長の発言について事実かどうかと県としての受け止めを尋ねたが、「事実かどうか判断いたしかねるため、お伝えできることはありません」との回答だった。

また、知能検査の職場内での試験について、合格しないとほとんど仕事を与えられず、不合格の理由を知らせてもらえずに落ち続ける職員もいたことについて尋ねたが、「児童心理司として、マニュアルに基づいた検査の実施が必須であるため、十分に行えるかどうか職員同士で確認している」と回答した。

知能検査については、独自ルールで行っているかも尋ねたが、「事実ではない。検査マニュアル等に従い検査している」とした。

「決まった対応しかできない」ことが就職時の思いとのギャップに

千葉県内の児相の心理職で1年間勤務していたBさん(20代男性)にも1月18日に取材した。

職場の雰囲気はあまり良くなかったといい、「朝、『おはよう』と挨拶をしても返してもらえなかったりしました。あとは、仕事のことを先輩とかに聞きたくても、多忙でいないことが多かったです」と明かした。

児相での仕事について、「子どもに、いい意味でも悪い意味でも影響を与えられている実感があった」といい、それがやりがいにもつながったと明かす。「公務は法律に準じて活動をしていくというのが大事なところだと思うので、やっぱり対応は画一的になる」といい、どの案件に対してもある程度アプローチするなど良いこともある反面、子どもと関わる仕事がしたいと思い入庁した、当初とのギャップにもなったという。

「(保護した子どもへの対応について)家に子どもを返すとか、親に助言して終わりとか、法律で決まっているのですが、その通りしかできないというところにギャップを感じました。自分はこの子どもに対してはこうした方がいいのにと思っても、そこは公務なので、決まった対応しかできません」

「自分が手持ちぶさたなのに、同期が忙しくしているのは結構苦しかった」

Bさんは同期に比べてもらえる仕事量が少なかったとしており、それが苦しかったと明かす。

「自分が手持ちぶさたなのに、同期が忙しくしているのは結構苦しかったです。公務の仕事は責任が重いから、新人には仕事なかなか振れないっていうのも理解はできるはできるのですが、人手不足ですし、部下にも仕事を与えた方がいいと思いました」

そのため「この業務していいですか」と上司に伺いを立てたこともあったが、『それはまだ君には早い』と言われ、その理由については教えてくれなかったという。子どもや保護者への対応などについても、背景にある理由を教えてもらえず、「児童福祉法がそうなっているから」としか説明してもらえなかったという。

ほかにも、「『君、この仕事合ってないよ』とか『君の書く文章は人を責める文章だ』と言われたこともありましたが、それにも理由がないので、こちらとしても修正しようがなかったです」とも話す。「この仕事合ってないよ」と言われたことは、Bさんの退職理由の1つにもなった。

県児童家庭課によると、心理職の24年4月1日入庁者の採用目標人数は40名、同採用予定者数は26名だ。なお、採用予定者数には23年度中に前倒し採用した2名を含むという。

児相が人手不足に陥っていることについて、Bさんは「多分、今いる(職員の)皆さんはすごく頑張っていると思います。なかなか善意だけでできる仕事ではないので。なので、人を募集する前に、今いる人たちの処遇を考えて、体制をしっかり変えなければ難しいところはあると思います」とした。

「例えば、研修を増やした方がいいと思います。普通の会社だったら、3か月くらいしっかり研修などをすると思うのですが、児相は1か月もないぐらいでいきなり現場に出されました。また、心理職で入庁しても3~4年目で児童福祉士に配属転換になるのですが、それは雇用ケア的にどうなのかと、非常におかしいと思います。そこの処遇もしっかり変えていかないと、人の流出は止まらないと思います」

研修について、県児童家庭課は、「県では新たに心理職に任用される業務未経験の職員を対象として、業務に必要な基礎知識や児童相談所の役割など、基礎的な知識・技術を習得できるよう、年度当初の4月に新任者研修を実施している。また、学んだ知識やスキルの定着に向け、秋頃フォローアップ研修を実施している。このような新任研修については、少なくとも10年以上前から実施している」と説明。

児童福祉士への異動については「本人の意向も踏まえ、キャリアパスの一環として児童福祉司に任用することもあります。なお、採用案内等においてもその旨説明を行うよう努めているところです」としている。

訴訟で係争中の飯島章太さんも子どもへの接し方に悩んでいた

児相での子どもへの接し方については、児相の一時保護所の元職員で、長時間労働など過酷な労働環境から精神疾患を発症し退職を余儀なくされたとして、県に対し未払賃金や慰謝料の支払いを求め提訴した飯島章太さん(30)にも、23年10月18日に話を聞いている。飯島さんは19年4月に入庁し、2回の療養休暇を経て、21年11月に退職した。

飯島さんは、一時保護所には細かい多くのルールがあったといい、職員はそれを守らせなければならなかったと明かす。例えば、サラダにドレッシングとマヨネーズ両方かけてはいけない、嫌いなものを泣いてでも完食させる、などだ。子どもの話をあまり聞かないようにという指導を受けることも多かったという。

「最初の方は、子どもの話を聞くようにしていました。上司から怒られることもあったのですが、こっそりと。でもだんだん自分自身の仕事も忙しくなってきて、(当初は)『このルールおかしいな』と思っていたのが全然思わなくなってくる自分に気づきました。ルールを課す側になっていたわけです。

ルールを守らない子には、職員として指導することがありました。でも子どもは一時保護されて、心から動揺しています。そこに職員が注意したり、怒ったりすることが子どもにとって良いことなのだろうかと、葛藤がありました。本当に必要なのはケアであって、子どもの傷を少しでも癒すことです。だからこそ、自分が何のために仕事をしているんだろうというのは、とても感じました」

県児童家庭課は24年1月31日のJ-CASTニュースの取材に対して、児相での子どもへの対応の指導について、「『子どもにやさしく接しない』や『子どもとの関係性を作らない』といった指導をしている事実はない。なお、子どもの性別や年齢等に配慮した、適切な関りをすることとしている」と回答した。

ルールについては「子どもが食事の際に必要以上に調味料をかけるなどの場合、注意を促すことがある。『嫌いなものを 泣いてでも完食させる』などのルールはない」という。

「一時保護所」の運用をめぐっては、過度に厳しいルールが運用されているとの指摘があるため、こども家庭庁が全国統一の基準を初めて設ける方向で調整している。同庁虐待防止対策課によると、24年4月1日に統一基準を施行予定、24年度中に国の基準に基づいて各自治体が条例を作り、運用するという流れだ。国と同様に定めなければいけない基準と、国の基準を参酌して自治体の状況によりある程度変化を加えられる基準とがあるが、「基本的には、国とほぼ同様の規定が各自治体の条例で作られていくようなイメージ」という。

(J-CASTニュース編集部 高橋佳奈)

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