やっぱり年金繰下げ受給はやめます!70歳になったら夫婦で「月27万円」を受け取れても…69歳・嘱託職員が大後悔したワケ【FPの助言】

(※写真はイメージです/PIXTA)

年金の受給開始時期を遅らせることにより、受給額を増やすことができる「年金の繰下げ受給」。上限年齢は現状75歳、長生きリスクへの予防策にもなり得ります。しかし、メリットだけではなく、請求してから後悔する人も少なくないようで……。本記事では、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が、Hさんの事例とともに年金の繰下げ受給の注意点について解説します。

「年金繰下げ受給」とは?

高齢期に受け取る公的年金は、長生きリスクに備える保険であるといえます。なぜなら、働けなくなったときの備えとして、終身で受け取ることができるからです。一般的には65歳からの受給ですが、65歳時に働いている、もしくは年金額が少ないため増やしたいなど、受け取り開始年齢を遅らせることで、増額した年金を終身で受け取る、「年金の繰下げ受給」をすることができます。

元会社員のHさんは、65歳時の年金の受取額が、平均的な金額よりやや少ないため、繰下げ制度を利用しようと、現在待機中です。既往症もなく同世代と比べても健康なほうで、いまの会社では70歳まで働くことができる見込みがあるため、長生きリスクに備えようと考えたのです。

しかし、70歳になったHさんはこの選択を大きく後悔することに……。いったいなぜでしょうか?

繰下げ受給を決断した背景

Hさんは、製造業の元会社員で69歳、配偶者は63歳(5歳年下)です。Hさんの会社では65歳定年で、65歳以降は、嘱託職員として、70歳まで働く予定です。収入は現役世代より、大幅に下がりますが、日常生活は賄える程度の収入であるため、70歳まで年金を受け取らないで、増やして受け取る予定です。

Hさんの65歳時点での年金額は以下のとおりです。

[図表]Hさん夫婦の65歳から受け取る公的年金額 出所:筆者作成 老齢基礎年金:2023年度 新規裁定者満額

老齢厚生年金:平均標準報酬月額×5.481÷1,000×加入月数で計算

Hさんの年金額:179万4,734円(月額14万9,561円)

2人の合計額:258万9,734円(月額21万5,811円)
※加給年金、振替加算、差額加算は考慮せず

公的年金では、高齢期に受け取る年金の標準的な夫婦2人分の年金額は、22万4,482円であり、毎年、厚生労働省が発表している金額です(Press Release「令和5年度の年金額改定についてお知らせします」)。

この金額は平均的な収入(平均標準報酬(賞与含む月額換算)43万9,000円)で40年間就業した場合に受け取り始める年金(老齢厚生年金と2人分の老齢基礎年金(満額))の給付水準です。

平均受給額よりやや少ないHさんの年金を、70歳まで繰下げすると、42%アップで月額21万2,377円となり、妻と合計月額は27万8,627円、65歳時より約6万円増やすことができます。退職金額が少ないHさんにとって繰下げ制度は老後を安心して生活できると喜んでいました(妻は繰下げせず)。

働いているのに年金を繰上げ受給

Aさんは、勤めている会社で定期開催されているリタイア後に向けたライフプランセミナーに初めて参加しました。セミナーには、同世代の職員がたくさん参加しており、セミナー後には何人かで情報交換会をすることができました。

情報交換会での話の中心は、現在の生活や働き方について。普段関わりの少ない職員とも話す機会ができて、盛り上がっていました。しかし、しだいに年金受給に変わると、Aさんは耳を疑うことに……。

話をしていた5人のうち2人が65歳から、さらに2人は年金を「繰上げ受給」していました。繰上げ制度とは、前段の繰下げ制度と反対に、本来の時期より早く受け取る代わりに、減額した年金を生涯にわたり受給するという制度です。

働いて収入があるのにもかかわらず、減額した年金を受給したいという理由を聞くと、自分の家系は短命が多いから、早くに受け取ったほうが「得」だというのです。さらに、元気なうちに旅行等、楽しみたいといった理由から、年金を有意義に使ったほうが得だとみんな口を揃えていいます。

人生100年時代なんていわれているが、人はいつ死ぬかわからない。それなら、減額しても早く受け取って元気なうちにやりたいことに年金を使いたい……。確かに、日々の生活の備えをして気を付けていても、新型コロナウイルス感染症や自然災害など、想定外に起こり得るリスクはどうにもならないからです。

彼らがいうように、元気なうちに受給するというのも一案ですが、働けなくなったときのことを考えると、65歳時の年金では心細く、増やしておきたい気持ちが強いのに、Hさんは本当にこれでよかったのか、疑問を抱いてしまいました。

年金の受け取り損得…5歳差夫婦の落とし穴

Hさんはさらなる後悔することを知ることに。Hさん夫婦は5歳の年の差があります。Hさんが65歳に到達した際、生計を維持する配偶者がいると加給年金、いわゆる家族手当が年額約40万円加算されます。

原則、厚生年金保険加入期間が240月(20年)ある人が対象です。配偶者が原則、65歳になるまで加算されるのですが、Hさんのように、繰下げをしている場合、土台となる老齢厚生年金(報酬比例)が出ていないため、加給年金がつくことはありません。

また、年金を受給し始めたから過去の年金を遡って受給することはありません。5歳の年の差であるHさんは、繰下げすることによって、5年分の加給年金、約200万円は受け取れないことになります。

70歳まで待つことにより、年額約75万円増やすことができ、2.5年で加給年金分は取り戻せることにことになります。そして総受給額で比較すると82歳以上長生きすると、70歳からの受給がお得になるのです。

厚生労働省の「簡易生命表(令和4年)」によると、2022(令和4)年の日本人の平均寿命は男性が81.05歳、女性が87.09歳です。Hさんが、平均寿命以上に長生きすると、繰下げしてよかったと喜べるのかもしれません。

年金は長生きリスクに備え、考え方は人それぞれ

さらに追い打ちをかけるような出来事が。Hさんはこれまで、既往症がなかったことも理由のひとつに、繰下げを希望していましたが、70歳を目前に体調を崩し、繰下げに後悔しています。

「私はいままで大きな病気やケガをした経験がありません。具合が悪いことに身体が慣れていないんですよ。年を重ねてからの体調の変化は精神的にも落ち込みます。なんだか、あと10年以上も生きている自信がなくなってしまいましたよ」Hさんは肩を落とします。

しかし、受給前のいまなら65歳に遡って増えない年金5年分をまとめて受け取ることも可能です。これを知ったHさんは「請求は取り下げます!」と少し明るい笑顔を取り戻していました。

年金の受け取る時期は、その人の健康状態や経済状況にもよるので、長生きした場合は繰下げが得と思うのでしょう。

年金の受け取りには損得を考える人が多いですが、人の寿命は損得では考えられません。後悔するかどうかわからないのです。そのため、年金は長生きリスクに備えるものとし、受け取るタイミングを考えてみてはいかがでしょうか。

三藤 桂子

社会保険労務士法人エニシアFP

代表

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