独自取材で地域の課題を掘り起こす…元新聞記者が始めたローカルメディア・ニュース「奈良の声」の挑戦 運営の原動力は

ニュース「奈良の声」の発行者の浅野善一さん

マスメディアが見過ごすような、それでいて地域住人にとって見過ごすことができない事柄を独自に取材し報じるニュース「奈良の声」は、奈良新聞社の記者だった浅野善一(ぜんいち)さん(63)と同期入社で元記者である詠子(えいこ)さん夫妻が運営する2010年開設のニュースサイトである。

平群町の大規模太陽光発電(メガソーラー)計画の取り消しを求め訴訟する原告を含めた地元住人への工事事業者による説明会の様子を報じた記事がある。最後はこう締めくくられている。

「説明会開催に当たって、事業者側は報道関係者に対し会場への入場を認めていなかった。『奈良の声』記者は事前にそれを知らず、会場内で取材した。説明会終了後、事業者側に話を聞こうと取材者であることを伝えた時点で知った。会場内での取材結果は『奈良の声』の判断で掲載した。」(2024年2月3日)と権力に屈しない信念が垣間見られる。

2022年には、自由で公正な社会づくりのための創造的な取り組みを市民の側から応援・表彰する第3回ジャーナリズムXアワード(ジャーナリズム支援市民基金主催)において大賞に次ぐY賞を受賞した。大賞(X賞)には国際的な独立メディアの記事が選ばれ、Y賞より下位のZ賞には地方新聞社と通信社の3記事が選ばれた。「奈良の声」は特定の記事ではなく「小さな独立メディアの自由度を生かした探究的取材により伝えた、2021年の独自ニュースの数々」と自ら応募し、主催者側からその活動姿勢が評価された。

「賞の主旨に合っていたのだと思います」と浅野さんは少し照れながらもその栄誉をひけらかすことはなく、筆者が考えるほど大層なことではないと賞のコンセプトを説明してくれた。前述したメガソーラー計画説明会記事の掲載を発行者として判断した勇猛果敢なイメージとは対照的な謙虚過ぎる振る舞いに面食らってしまう。

浅野さんは岐阜市出身。図画工作などの手作業が好きな少年で、大工に憧れたこともあった。地元の高校を卒業後、東北の国立大学工学部へ進学。世はバブル景気の前夜、時代が動いていると肌で感じられ、社会と関わっていると実感できる職業に就きたいと、畑違いの新聞記者になることを決意し1985年に奈良新聞社に入社する。

広告部を経て記者になり、日々もがきながら記者精神を培っていく。幸か不幸か仕事の醍醐味を感じられるようになったタイミングでデスク(記者を統括する役職)に昇進。本音は記者のままでいたかった。記者への復帰を期待しながらもデスクを11年余り務めるが、それが叶わないと悟った48歳の時、新聞社を退職する。その1年前に妻の詠子さんは退職し、フリーのジャーナリストとして充実した日々を過ごしていた。

「私は優秀ではなかったのでフリージャーナリストになろうとか、新聞社での経験を活かし編集の仕事に就こうとか志があったわけではありません。何か仕事が見つかるだろうと安易に考えていましたが、50前の男を雇ってくれるところなどありませんでした」と苦い記憶を思い返す。

取材中の浅野さん

新聞社を退職後、浅野さんは時間給のアルバイトをしながら、軽い気持ちでニュース「奈良の声」を開設する。軽い気持ちといっても新聞記者時代に培った勘と取材技術を駆使したマスメディアが伝え切れないことを独自取材し伝える、手間のかかったプロの仕事だ。

「このサイトで収入を得ようとする気は端からありませんでした。アルバイトをしながら文書作成も請け負っていたので、ライターとしてのPRになればくらいは思っていましたが」

しかしライター業は仕事とプライベートのメリハリがなく収入も不安定で「奈良の声」に取り組むには不向き。自分の時間が作れるパートタイムの仕事に軸足を置くようになり、それ以外の時間は「奈良の声」に費やすそんな浅野さんのライフスタイルが確立されていく。

「奈良の声」にいくら取材記事を掲載したからといって浅野さんの懐が潤うことはない。より一層取材活動に力を入れるため最近パートタイムの仕事をやめた。長い時間と大きな労力をかけて取材した事柄であったとしても「市民に報じるだけの根拠と理由」を見い出せなかったり詰め切れなかったりすれば見送る。すればするほど懐を痛めるようなことをなぜ浅野さんは自ら進んでするのか?

サイトで公開している「現金出納帳」。「市民の皆さんから寄付を頂いているので」と浅野さん。しかしその額は決して大きくはない
郡山城址。拠点は自宅のある大和郡山市。「奈良の声」でコラムを書いている外部執筆者2人(元奈良教育大学教員、野鳥写真家)と記者である浅野さん夫妻の関係者全員が奈良県出身者でもなければ関西出身者でもないのは興味深い

「自治体の不祥事などの第三者調査委員会が出す報告書を読むと、疑問点がいっぱいあるのにどこのメディアも追及しないんです。形式的なことだけして幕引きを図ろうとする。そのツケは市民に回ってくる。それっておかしいですよね? そんなことを『奈良の声』の記者として取材し明らかにしたことがあって、市民にとって知るべき意味あることを伝える必要性を感じました」

常人にはとうてい真似ができない活動の原動力はどこから来るのか? 何度も聞いたが、浅野さんの口からは聞けなかった。浅野さんにとって「奈良の声」の運営こそが奈良の市民(=住人であり公民)として生きる原動力なのだろう。

サイトにある編集方針の文末には、開設当初からこう掲げられている。

「『奈良の声』の『声』は市民の声です。市民の隣にいるメディアを目指します」

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▽ニュース「奈良の声」
https://voiceofnara.jp/

(まいどなニュース特約・北村 守康)

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