うっかりして税務署から指摘も…相続税申告の際に見落としがちな【暦年贈与】と【相続時精算課税贈与】って?

亡くなった人(被相続人)から相続や遺贈により取得した財産の価額の合計が一定額(基礎控除額)を超える場合、相続税の課税対象となり相続人等は相続税申告が必要です。相続税申告には期限が決められており、相続の開始があったことを知った日の翌日から10カ月以内に被相続人の住所地の税務署へ申告し、納税しなければなりません。

基礎控除額は、3,000万円に法定相続人1人につき600万円を加算した額です。例えば3人家族(父、母、子)の父が亡くなると法定相続人が2人です。この場合、3,000万円+(2人×600万円)=4,200万円までの相続財産なら相続税がかからないということです。


「プラスの財産」と「マイナスの財産」

相続税の対象となる財産は、「プラスの財産」と「マイナスの財産」に分けられます。「プラスの財産」は、現金、預貯金、不動産、有価証券(上場株式、公社債、投資信託、自社株式など)、自動車、貴金属、絵画、ゴルフ会員権、リゾート会員権など。事業をされている方だと、会社に対する貸付金もプラスの財産に含まれます。また、生命保険金や死亡退職金は本来は相続財産とはなりませんが、みなし相続財産と呼ばれ、相続税申告の対象になります。

「マイナスの財産」は、借金、未払金(医療費や税金、葬儀費用など)、不動産賃貸業をされている方は、預り金(敷金)も含まれます。

ここまでは、ご存じの方も多くいらっしゃると思います。しかし、そのほかにも財産額に含まれるものがあります。次に紹介する財産は、税理士が相続税申告を委任された場合は、必ずお客様に確認すべき事項になりますが、相続人がご自身で申告しようとすると見落とされる可能性が高くなるものです。

相続から3年以内なら相続財産に加算される「暦年贈与」

暦暦年贈与では、年間110万円までの贈与であれば非課税になります。しかし、相続開始前3年以内の贈与は、110万円以下の贈与であっても「持ち戻し」(生前に贈与が成立していても、被相続人の財産とされる)の対象となり、相続財産に加算されます。これを調べるために持ち戻し期間内の銀行口座の動きを精査し、確認する必要があります。この制度は以前からありましたが、持ち戻しされることをご存じでない方もいらっしゃいます。また、令和5年(2023年)税制改正により暦年贈与の持ち戻しは7年以内に変更されることになりました。期間が長くなったことで銀行口座の動きを精査する期間も増えるということです。この改正は令和6年(2024年)1月1日以降段階的に適用され、令和13年(2031年)1月1日以降発生する相続から持ち戻しの期間が7年になります。

相続時に税金を精算する「相続時精算課税贈与」

相続時精算課税贈与とは、60歳以上の父母または祖父母から18歳以上の推定相続人である子、孫が贈与を受けた場合に2,500万円まで贈与税が非課税となる制度です。2,500万円を超える金額の贈与を受けた場合は2,500万円を超えた部分に対して一律20%が課税されます。

しかし、「相続時精算課税」という名のとおり、相続時に精算されます。2,500万円までの贈与であれば贈与を受けた時点での贈与税はかかりませんが贈与者が亡くなり相続が発生した際に、贈与を受けた財産額がすべて相続財産に加算され相続税が課税されることになります。

そのため基本的には相続税の節税対策にはなりません。節税対策ではなく早く次世代へ財産を渡していきたい場合には有効な制度です。この制度を利用するためには、税務署への届出を行ったうえで贈与税の申告をする必要があります。申告を行った当時は認識されていても、月日がたち贈与者の相続が起こった際にこの制度を利用していたことを忘れている方が多くいらっしゃいます。

基礎控除以内の財産額だから安心だと思っていたら、過去に相続時精算課税制度を利用していて財産額に加算すると相続税申告が必要な財産額になっていた。ということもありますので注意が必要です。

相続時精算課税の例

ひとつ例を挙げると、相続時精算課税によって生前に2,000万円贈与していた贈与者が亡くなり、相続時の財産額が3,000万円、相続人は2人とします。相続税の基礎控除は【3,000万円+600万円×2名=4,200万円】ですので、相続発生時の財産額のみだと3,000万円で基礎控除以下となり、相続税申告は必要ありません。しかし、相続時精算課税適用額の2,000万円を加算することにより5,000万円となり、相続税申告が必要になるというわけです。
贈与者の相続が発生した際に相続時精算課税を適用した贈与額と贈与者の財産の合計額が相続税の基礎控除以内におさまっていれば相続税も課税されないため最終的に贈与税も相続税も払う必要はなくなります。

制度を利用する時の注意点

暦年贈与は、相続財産に加算される期間が3年から段階を経て7年となり、相続時精算課税制度は贈与の時期に関係なくすべての贈与財産(110万円の非課税部分を除く)が相続財産に加算されます。また、相続時精算課税制度を利用すると暦年贈与を利用することができなくなりますのでどちらの制度を利用して財産を移していくのかの判断が必要です。

相続時精算課税制度を選択するにあたっては注意点があります。相続税申告が必要となった際に「小規模宅地の特例」が適用できなくなるということです。小規模宅地の特例は、土地の相続税評価額を最大80%減額できるというものですが、土地を相続や遺贈により取得していることが要件の一つになります。相続時精算課税により土地を贈与した場合はこの減額は適用外になるため安易に制度を適用することなく、相続税専門の税理士に相談することをお勧めします。相続税の申告書を税務署へ提出したあと、1~2年後に税務調査が行われることがあります。

相続人が相続税申告をすることはできます。しかし、慣れない作業で見落としや漏れが出てくることがあり、税理士が関与している申告よりも税務調査が入る可能性が高いともいわれています。生前から見落としがちな財産を把握しておくことが大切で、贈与するにもどの制度を適用してどのように進めていくかは専門的知識が必要です。

早いうちから相続の専門家に相談して備えをしていきましょう。

行政書士・終活カウンセラー 藤井利江子

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