『パパだけど、ママになりました』の著者・谷生俊美さん。「人はいつ死ぬかわからない」だから、伝えたい。娘に送った感動の手紙

娘のももちゃんが3歳5カ月のとき、七五三のお参りへ。

『屋根裏のラジャー』や『竜とそばかすの姫』などを手がけた映画プロデューサーの谷生俊美さん(50歳)。男性として生まれながら、39歳のころに「女性」として生きることを決めた谷生さんは、2014年、40歳のときに女性パートナーと法律上の夫婦になりました。現在は「ママ」として、パートナーの「かーちゃん」とともに、4歳になる娘・ももちゃんを育てています。谷生さんに、子どもをもって変わったこと、子育ての様子や周囲とのかかわりなどについて話を聞きました。全2回インタビューの2回目です。

「パパだけど、“ママ”」トランスジェンダーの私が不妊治療で長女を授かるまで。あきらめたはずの奇跡が目の前に【谷生俊美・インタビュー】

子どもをもって世界が広がった

――パートナーのかーちゃんとともに2年半の不妊治療を経て、2019年に女の子を授かったそうです。娘さんが生まれて、自分の心境や社会に対してどんな変化がありましたか?

谷生さん(以下敬称略) 子育てをする人たちに対する見え方が変わった、優しくなったと思います。昔は飛行機に乗ったときに席の近くに小さい赤ちゃんがいた場合「泣かれたら嫌だな」と思ってしまっていました。だけど、赤ちゃんを育てる経験をしてからは、小さい子がいたら「大丈夫かな」「何かあったら手伝いますよ」という目線に変わりました。

これまで見えなかった世界が広がって、いろんなことに気づけるようになったと思います。ベビーカーで電車に乗ろうとする人を厳しく批判するような意見に対して、違和感や、ときには怒りの感情も生まれるようになりました。子どもや子育てをする親たちに優しくなれないままでは、この国は少子化を超えて超人口減少社会になっていくのもしかたないだろうな、と思います。
娘の存在、娘の子育ては私に新しい世界を見せてくれています。

――パートナーに対する思いに変化はありますか?

谷生 人生のパートナーとして愛情を持って、一緒に時間を重ねている存在ということは変わりません。ただ今は、ほうっておいたら生きることさえできない小さな子どもの親になって、一緒に子育てをする同志、チームのような関係になったと感じます。

それぞれの仕事をまっとうしつつ子どもを育てるには、1人だけの力では無理ですよね。ときには実家の両親や、シッターさんや、いろんな人の手を借りる必要があります。お互いがいないと家族が回らなくなる、必要不可欠な存在です。

――2人で家の中での分担を決めたりはしていますか?

谷生 2人ともなんでもやります。食事の面で言えば、子どものごはんも含めた平日の食事は、和食が得意なパートナーがメインにやってくれています。週末は、パートナーが普段作らないような洋食メニューを私が作ります。あとはできるほうができることをやります。

保育園の送迎もその都度相談して決めます。週末に2人で「今週はどうする?」とスケジュールをすりあわせて、送迎の相談をします。どちらも迎えに行かれないときには、お互いの両親を呼んでお願いするなどしています。

お話を作ることと恐竜が大好きな女の子

ももちゃん3歳2カ月のころ。大好きな桃に囲まれてニッコニコ!

――娘さんはどんなタイプですか?

谷生 はっきりと意見を言うタイプで、ひょうきんで面白い子です。家での娘は、いろんなお話を作ることが大好き。「かーちゃんはこれやってね。それでママはこれをやって」「じゃあももはこうするからね」という感じでどんどんお話を作って、ももワールドに連れて行ってくれます。でも外ではまじめで聞き分けがいい子みたいです。たぶん保育園で頑張っているんでしょうね。だから家ではたっぷり甘えさせてあげたいなと思っています。

――最近、娘さんが今ハマっていることはありますか?

谷生 彼女は恐竜が大好き。きっかけはドラえもんの映画を見てからだと思います。娘が恐竜に興味を持ち始めたころ、アメリカでの生活が長かったパートナーが、『DINO DANA』というカナダの実写ドラマを見せたんです。日本ではNHKで放映されている『デイナの恐竜図鑑』という番組です。恐竜が大好きなデイナという小学生の女の子が主人公。娘はそれを見てからさらに恐竜が大好きに。恐竜のお人形を買ったり、恐竜図鑑を読んだりしています。

恐竜以外でも、娘は『アンパンマン』も『ポケットモンスター』も『ゲゲゲの鬼太郎』も『アルプスの少女ハイジ』も大好き。いろんなコンテンツがいっぱいある現代では、子どもには良質なコンテンツを見せたいと思っています。わが家はこういう家族なので、「男の子はこう、女の子はこう」という考え方を排除して、ジェンダーフリーに育てたいと思っています。彼女が興味を持ったり、いいと思うもの、好きなことをちゃんと伸ばしてあげたいんです。

保育園の発表会に見るジェンダー

ももちゃん2歳3カ月のころ。ママと一緒にお気に入りのカフェへお出かけ。

――保育園の生活などで、ジェンダーについて気になることはありますか?

谷生 保育園で生活発表会があったときのこと。娘のクラスは3つのグループにわかれて発表する演目を選びました。1つがプリキュアのダンス。2つ目が「はたらく車」の歌に合わせたダンス。3つ目がジャンボリミッキーのダンスでした。娘は最初はジャンボリミッキーを選んだんですが、途中で「はたらく車」に変えたそうです。クラスでプリキュアを選んだのは全員女の子。「はたらく車」は娘以外は全員男の子でした。自分以外が全員男の子でも、自分の気持ちを優先して「はたらく車」を選択した娘の行動は素晴らしいと思いました。
ただ、当日は正確に言うと恥ずかしくてかたまっちゃって踊ってないんですけどね(笑)

――谷生さんとかーちゃんさんが、娘さんに多様性を伝えるために意識していることはありますか?

谷生 子ども自身がプリキュアやプリンセスが好き、車が好きという気持ちはもちろん尊重します。
でも私は「女の子だから恐竜よりもプリンセス」というような考え方には賛同していません。女の子は王子様を待って幸せになる、という時代は終わっていると思うし、娘には自分の力でたくましく生き抜いてほしいと思っています。

「男は仕事、女は家庭」といった価値観は、昔に比べれば薄まってきているとはいえ、やはり社会のなかには依然としてあります。子どもが育っていく未来は、そのような性別役割分担を意識せずに、当たり前に自分の就きたい仕事に就いて活躍できる社会になってほしいと思うと同時に、どんなところでも活躍できる人になってほしいと思います。ジェンダーロールに絡みとられない強さとたくましさとしなやかさを持った人になってほしいな、と思って育てているつもりです。

周囲の人や娘へ、家族について伝えたこと

――保育園の先生や周囲の保護者に、谷生さんの家族の形についてどんなふうに伝えていますか?

谷生 娘は0歳のころから保育園に通っていますが、入園前に先生たちに私たち家族の形について説明をして「わが家は“ママ”と "かーちゃん"と呼び合っています」と話しました。お迎えに行くと先生たちは「お母さんが来たよ〜」「ママが来たよ〜」と呼び分けてくれます。

私は保護者会にも参加して「私たちはこういう家族です。いろいろと疑問が生まれたりするかもしれないけれど、愛情を持って育てていますのでよろしくお願いします」と話しました。できるだけ周囲の皆さんにはていねいに説明をするようにしています。
2023年5月に出版した自著『パパだけど、ママになりました』についても、園長先生が「読みました」と言ってくれたり、ほかの先生方から「みんなで回し読みしてます、ますますファンになりました!」と感想をいただいたりしています。

――娘さんには、家族についてどんなふうに伝えていますか?

谷生 娘には、かーちゃんが絵本「ももたんのかぞく」を制作して、4歳の誕生日にプレゼントしました。とても愛にあふれたイラストだったので、出版社とも相談して前述した自著にも使うことにしました。私たちは、ほかとは違う形の家族ですが、その豊かさを娘が理解できるように、イラストとわかりやすい言葉で描いてくれました。

いろんな家族がいて、いろんな幸せの形があると伝えたい

ももちゃん4歳。家族で水族館へ遊びに行きました。

――『パパだけど、ママになりました』の著書を通して、世の中の人たちに広く知ってほしいことはどんなことでしょうか?

谷生 この本は12歳になった娘に向けて書いたという形を取っています。
書いた目的は3つあります。1つは、人とは違う家族の形について娘にきちんと説明をしたい、ということ。私がどういう人間で、かーちゃんのどんなところにひかれて、君に会いたいという決断をして、君はどうやって生まれてきたのか。娘が12歳になってこの本を読んだとき、自分が本当に望まれて愛されて生まれてきた、とわかってくれるんじゃないかと思います。

2つ目は、私は報道記者として、大切な人を突然失う現場をたくさん目にして「人はいつ死ぬかわからない」と強く感じる体験を重ねてきたことがあります。だから、伝えたいことを伝えたい人に、伝えられるときにちゃんと伝える、ということを、とても大事に考えているからです。

私がトランスジェンダーとしてこういう人生を生きてきたこと、パートナーとどんなふうに出会ったか、仕事にどうやって向き合ってきたか、子育てはどうする・・・など、トランスジェンダーの生き方の1つのロールモデルとして伝えたい思いがありました。

3つ目は、いろんな人生、いろんな家族の形があって、いろんな幸せの形があると可視化すること。私みたいな人間がいることや、「こういう人生だけど幸せですよ」と、届けることに意味があると思うんです。それによって、なにか社会変化につながるような気づきやきっかけを提供できることがあるかもしれない、という思いで書きました。

これから子どもたちが育っていく社会がより優しい場所になってほしいと願っています。いろんな人が自分の思うどおりに、キャリアを作ったり、パートナーとの関係を結んだり、自由な選択ができる社会になってほしい。この本が、その小さなきっかけになったらいいなと思います。

お話・写真提供/谷生俊美さん、取材・文/早川奈緒子、たまひよONLINE編集部

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日本の一般的な家族の形とは少し違う“ママとかーちゃん”。けれど、子どもを大切に思い育てる親としての気持ちは同じ。幸せの形はさまざまだと知ることが、子どもたちが自由に自分らしく生きる未来へつながる一歩になるのかもしれません。

「たまひよ 家族を考える」では、すべての赤ちゃんや家族にとって、よりよい社会・環境となることを目指してさまざまな課題を取材し、発信していきます。

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年1月当時の情報であり、現在と異なる場合があります。

谷生俊美さん(たにおとしみ)

PROFILE
日本テレビ映画プロデューサー。1973年京都生まれ、神戸育ち。東京外大大学院博士前期課程修了後、日本テレビ入社。社会部警視庁担当やカイロ支局長として報道に携わったのち、映画番組「金曜ロードショー」などのプロデューサーを務める。2018年には「news zero」にコメンテーターとして出演。現在、映画プロデューサーとして、細田守監督『竜とそばかすの姫』、百瀬義行監督『屋根裏のラジャー』などを手がける。

『パパだけど、ママになりました』

子どものころから自身の性別に違和感と嫌悪感を抱え、ついに女性として生きることを決意した「パパ」が、パートナーの「かーちゃん」との間に生まれた愛娘に、「ママ」としてつづった感動の手紙。谷生俊美著/1760円(アスコム)

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