介護業界の新しい勢力によりbr「負担軽減策」が明記された意義

物価にエネルギー価格も高騰

事業者の限界は近い?

昨年から続く物価やエネルギー価格の高騰は、治まるどころか一層の悪化をもって、国民の生活に重くのしかかっている。これは、介護分野においても同様であり、むしろほかの産業と違いサービス価格にコストの増加分を転嫁できない公的価格が定められた介護報酬に基づく態様であるだけに、事態は深刻であると言えるかもしれない。
実際、昨年9月に創設された「電力・ガス・食料品等価格高騰重点支援地方交付金」(以下:交付金)が都道府県や自治体を通じて急ピッチで交付されてきたところだが、交付する母体(県や自治体)によって金額はおろか対象もバラバラで相当な濃淡が出ており、到底十分な補填がされているとは言えない状況にある。たとえば、ある特別養護老人ホームでは前年に比べ、電気料金だけで少なくとも500万円以上、全体では1,000万円に及ぶコスト増が発生しているが、所在する県・自治体での交付金は1ベッドあたりそれぞれ1万円、交付上限もあって200万円にも満たない。さらに年が明けてからも一層大幅な価格の高騰が続いてきており、2023年度は「予算が立てられない」という。同施設の経営者は「もう持たないかもしれない」と頭を抱える。

介護分野への支援要望でセンターを担ったのは……

こうした状況にあって、岸田文雄首相が追加経済対策を策定するとして、物価高騰対策について自民・公明両党に提言のとりまとめを指示したのは3月6日のことだった。これに応じて各業界で要望活動が展開されたが、介護分野において中心となったのは、いわゆる老舗とされる諸団体ではなく、全国介護事業者連盟や介護人材政策研究会といった新しい勢力と、全国老人保健施設連盟などの政治連盟系組織だった。彼らが起点となってさまざまな団体と共同し、7団体連名の要望書を麻生太郎自民党副総裁が会長を務める「介護福祉議員連盟」や「地域の介護と福祉を考える参議院議員の会」といった国会議員連盟に「物価等の高騰を踏まえた追加経済対策における介護分野へのさらなる支援について」とする要望書を提出したのが3月8日。これを受けた介護福祉議員連盟の議員団は、週が明けて13日に要望団体の代表者を引き連れ、自民党の萩生田光一政務調査会長に面会、「実情と介護関係7団体の要望も踏まえ、今後とりまとめられる新たな対応策に対する提言において、当該交付金の拡充などさらなる支援を盛り込み、その実現を図っていくよう」求めたという。結果として、当初案では介護の“か”の字も書かれていなかった自民党の「エネルギー・食料品価格高騰等への追加対策に向けた提言」だが、15日のとりまとめには、「エネルギー価格高騰対策の具現化に際しては、学校や医療・介護・保育施設をはじめ、街路灯・防犯灯等、負担軽減策がきめ細かく行き渡るよう十分留意すること」との文言が記載されるに至った。これにより、以降策定される政府の追加経済対策において、介護分野への支援策が講じられる道すじがついたということになる。

昨年9月に交付金が設けられたいきさつについては当欄でも過去に触れたが、日本医師会やその組織内議員である自見はなこ参議院議員が音頭をとり、全国老人福祉施設協議会や全国老人保健施設協会がそれに準ずるかたちで要望活動に名を連ねた。しかし今回は、そうした“重鎮”たちは少なくとも前述の提言とりまとめがされるまでの間、目立った動きを見せなかった。一説には文面の調整に手間取ったとも言われており、17日になってようやく加藤勝信厚生労働大臣に要望書を提出しているが、「後詰め」の役割を担うに甘んじたと言わざるを得ないだろう。

現場の声を踏まえた政策を展開してほしい

「今回の一連の動きで特に興味深いのは、介護の老舗団体はおろか、国家的権威と言える日本医師会さえ主体的な関与をしないままに、新しい勢力によって「負担軽減策」が明記され、介護の重要施策の方向性が決定されたという事実だ。振り返れば、昨夏の参議院議員通常選挙で介護団体の連合軍が惨敗したことが象徴的であったと言えるだろうが、もはや歴史の長さが影響力と比例する時代ではなく、当事者の声に基づく適切な政策提言を、十分なスピード感と熱量をもって展開できるかどうか、それこそが求められている。

筆者は職業柄、介護関連のさまざまな団体の内情を聞くことになるが、どこもかしこもとにかく内部の問題に足をとられてばかりいる。酷いところでは、いまだに役職争いのようなことも少なくない。当欄でも再々触れているように、今年は2024年度の介護報酬改定に向けた勝負の1年だ。何よりも「業界」「利用者」「従事者」を主語に置き、すべての業界人がそれぞれの立場で、未来を見据えた活動に邁進してほしいと願ってやまない。(『地域介護経営 介護ビジョン』2023年5月号)

あきのたかお(ジャーナリスト)
あきの・たかお●介護業界に長年従事。フリーランスのジャーナリストとして独立後は、ニュースの表面から見えてこない業界動向を、事情通ならではの視点でわかりやすく解説。

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