【読書亡羊】「K兵器」こと韓国製武器はなぜ売れるのか 伊藤弘太郎『韓国の国防政策』(勁草書房) その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!

武器輸出が急成長

2023年末、日本政府は武器輸出三原則を緩和した。「緩和」といっても殺傷兵器については〈「救難」「輸送」「警戒」「監視」「掃海」という、5つの類型にあてはまり、本来業務や自己防護のために必要があれば〉、〈外国企業から技術を導入し国内で製造する「ライセンス生産」の装備品の完成品〉という条件が付いている。

これに対する反対論はおなじみの「死の商人になるつもりか」というものだが、その言葉を借りれば「現時点で最も成長著しい『死の商人』」は韓国の防衛産業ということになる。なにせ、韓国は世界の武器輸出ランキングで現在、第8位(2022年、日本は38位)、しかも急成長中なのだ。

だが、アメリカや日本の姿勢に対してそうした罵声を浴びせる人は少なくないが、韓国に対して同様の表現を使う人は日本国内にはいない。それは「韓国を批判するのは右翼の仕事」と考えるイデオロギーによるものなのか、韓国の防衛装備品(もちろん殺傷能力のある武器も含む)の輸出が急速に拡大していることを知らないからなのか。

こうした韓国の武器輸出の現状を詳しく分析しているのが伊藤弘太郎『韓国の国防政策――「強軍化」を支える防衛産業と国防外交』(勁草書房)だ。

筆者の伊藤氏は現在キャノングローバル戦略研究所主任研究員で、韓国の外交安全保障、東アジア国際関係を専門とする。

韓国は武器輸出だけでなく、国防費も伸びており、約6兆6000億円で世界第9位と10位の日本を抜く額となった。いつの間にそんなことに! と驚く向きもあるかもしれないが、その理由は単に「北朝鮮とは休戦しているにすぎず、いまなお戦争中だから」というだけではない。

これまた「知ってるつもりの隣国・韓国」だが、本書を読むと自分の〝韓国観〟がいかに狭いものだったかを思い知ることとなる。

「防衛産業は国防の軸」と文在寅

戦後まもなく、日本は朝鮮戦争による特需で景気を回復したが、韓国はロシアによるウクライナ侵攻が輸出拡大を後押ししているようだ。

直接ウクライナへ武器供給こそ行っていないが、ポーランドなどウクライナへ武器を提供した国への穴埋め輸出のための契約を拡大させている、と報じられている

「武器輸出大国」へ韓国が本腰 侵攻などで需要増、目標「世界4位」:朝日新聞デジタル

だが、韓国の武器輸出増は、ウクライナ事態だけが理由ではない。それ以前から拡大傾向にあり、中でも文在寅政権の任期後半にあたる2019年からは急激な伸びを見せている。

その理由として、本書は文在寅政権が防衛産業輸出振興に全力を注いだ結果、豪州からのK-9自走榴弾砲受注成功などの大型契約の成功を挙げている。

ここで読者は「え、左派の文在寅政権が? 親北派だったはずなのに?」と思うかもしれない。だが本書の解説に明らかなように、革新派の文政権はそれまでの保守政権よりも高い増加率で国防費を増やし、防衛産業振興にも尽力したという。

「Seoul ADEX 2021」という韓国最大級の航空宇宙・防衛産業分野の総合貿易展示会では、任期最後の文大統領が自らT-50練習機のコックピットに乗って周辺空域を飛行した後、開会式典に参加するというパフォーマンスを披露。

〈防衛産業は国民の生命と財産を水も漏らさず守る責任国防の重要な軸です〉と挨拶したという。

退任後の文大統領に関する数少ない日本での報道の一つに月刊『世界』(岩波書店)2023年9月号があり、大統領退任後、書店を開いたという文氏のインタビューが掲載されている。

「本の力を信じる」と、まさに「文」を重んじる文前大統領が印象付けられていたが、実は文前大統領は〈韓国は先端科学技術基盤のスマート強軍を目指し、世界と共に平和を作っていきます〉と述べる通り、「武」の力も大いに信じていたのだ。

戦闘機に搭乗した文在寅大統領(当時)

米国との軋轢も乗り越え

文氏の先の挨拶での〈技術獲得の困難を経験した〉の言葉の通り、韓国の防衛産業はまさにゼロからのスタートだった。〈小銃さえも作ることが出来ず、米軍からの装備品供与に依存せざるを得ない〉状況で、〈小銃を分解し、再び組み立てるという作業〉から防衛産業基盤の構築が始まったのだという。

そして1990年、湾岸戦争で目の当たりにした精密誘導兵器の時代の到来に、装備品の近代化を切望するようになる。すでに韓国は1980年代後半から半導体産業が力をつけてきており、先見の明と「軍民融合」的な産業全体の成長との連携も見え隠れする。

とはいえ、なぜそこまで「防衛産業」なのか。自前の武器、それも高性能の武器が必要であるという対北朝鮮の事情だけではない。本書は国防力と産業力、国際競争力の面からこう解説する。

〈米国を中心とする先進国から一方的に最新装備品を導入するだけではなく、自国の防衛産業基盤の維持とさらなる発展、そして自国の国防力向上のために、自国製の装備品を技術革新によって高度化させ、業界全体をより発展させなければならないという必要性に直面したからである〉

ここにあるのは「つまるところ、最後は自分の力で生き延び、生き残らなければならない」という自立と自律の精神だろう。

韓国はアメリカからの技術供与を受けていたこともあり、輸出の際に「対米承認」を得なければならず輸出が停滞した時期もあった。その後もアメリカからロイヤリティを求められたり、そもそもアメリカが韓国製武器の輸出にいい顔をしなかったりと、軋轢も存在したようだ。

そこで生産だけでなく自国開発の必要性を痛感し、現在では「K兵器」と言われるほど国際社会で求められるブランドになったというわけだ。

知っておかなければならない韓国の戦略

それにしても、なぜそんなに韓国製が求められるのか。それは「兵器そのものが安くてシンプル、そのうえ顧客対応も早くて柔軟、アフターサービスも充実している」からで、商売の肝を抑えている点が挙げられるようだ。

もう一つ、「国防外交」と呼ばれる国際社会に張り巡らされたネットワークが挙げられる。韓国軍が海外派遣や軍事交流、共同訓練などに参加することを通じてできたネットワークが、回り回って韓国製の武器を販売する販路構築に役立っている。

販路拡大の野心が行き過ぎて汚職を生んだり、情報機関が暗躍したり、駐在武官(日本で言うところの防衛駐在官)までもがセールスマンを担わざるを得なくなったりと、「そこまでやるか」の面もなくはない。だが、そこまでしなければ熾烈な輸出競争を勝ち抜くことはできないのが現実なのだろう。

日本も他人ごとではない。そうしたネットワークを介して、「K兵器」だけでなくテコンドー教育も輸出されているようで、中南米で唯一、朝鮮戦争に参加したコロンビアの陸軍士官学校では、「日本の空手道の授業がなくなり、代わりにテコンドー教育が成果を上げている」と本書は紹介している。

これを単に「テコンドーは空手のパクリで……」などと批判しても効果はなく、対抗するなら相応の国家戦略とセールスの姿勢、ネットワーク構築が必要になるだろう。

日本でも輸出条件の緩和は成ったものの、単に「いい製品をご用意しています」と商品を並べているだけでは誰も買いには来ない。本気で武器輸出を推進するのなら、本書が明らかにする韓国の国防政策と防衛産業振興、武器輸出の実態を知っておく必要がある。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

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