『一月の声に歓びを刻め』三島有紀子監督 自主制作で分かった映画作りの原点【Director’s Interview Vol.387】

幼な子われらに生まれ』(17)、『Red』(20)など、商業映画の第一線で活躍する三島有紀子監督。最新作『一月の声に歓びを刻め』は、完全オリジナルの自主制作映画。監督⾃⾝が47年間向き合い続けた「ある事件」をモチーフに、「性暴⼒と⼼の傷」をテーマにした作品だ。自分の中にあり続けたテーマに向き合い、学生以来という自主制作で映画化した三島監督。いつもの商業映画とは異なる手法を選んだ彼女は、いかなる思いで本作に挑んだのか。話を伺った。

『一月の声に歓びを刻め』あらすじ

北海道・洞爺湖。お正月を迎え、一人暮らしのマキ(カルーセル麻紀)の家に家族が集まった。マキが丁寧に作った御節料理を囲んだ一家団欒のひとときに、そこはかとなく喪失の気が漂う。マキはかつて次女のれいこを亡くしていたのだった。それ以降女性として生きてきた“父”のマキを、長女の美砂子(片岡礼子)は完全には受け入れていない。家族が帰り静まり返ると、マキの忘れ難い過去の記憶が蘇りはじめる……。東京・⼋丈島。⼤昔に罪⼈が流されたという島に暮らす⽜飼いの誠(哀川翔)。妊娠した娘の海(松本妃代)が、5年ぶりに帰省した。誠はかつて交通事故で妻を亡くしていた。海の結婚さえ知らずにいた誠は、何も話そうとしない海に⼼中穏やかでない。海のいない部屋に⼊った誠は、そこで⼿紙に同封された離婚届を発⾒してしまう。⼤阪・堂島。れいこ(前田敦子)はほんの数⽇前まで電話で話していた元恋⼈の葬儀に駆け付けるため、故郷を訪れた。茫然⾃失のまま歩いていると、橋から⾶び降り⾃殺しようとする⼥性と出くわす。そのとき、「トト・モレッティ」というレンタル彼⽒をしている男(坂東龍汰)がれいこに声をかけた。過去のトラウマから誰にも触れることができなかったれいこは、そんな⾃分を変えるため、その男と⼀晩過ごすことを決意する。やがてそれぞれの声なき声が呼応し交錯していく。

映画作りってこういうこと


Q:最近は長らく商業映画を監督されていましたが、久々の自主映画制作はいかがでしたか?

三島:よく考えたら自主制作は学生以来ですね。「自主制作並にお金が無いと思ってください」と言われた作品は過去にありましたが(笑)。

商業映画と自主制作では、自分の中では思考の順番が違いました。商業映画の場合は、今の時代や出来事、人々が抱えている悩みなど、全体を見るところからスタートし、描く人物を自分ごとのようにしてエッセンスを考えていきます。一方、今回の自主制作は、47年前に起きたパーソナルな事件がきっかけ。自分の中の自分をひたすら見つめていく作業でした。自分で自分を取材するような形で生まれてきた、マキ・誠・れいこといった人物像を組み立てていく中で、今回のテーマである“罪の意識”や“社会”みたいなものが朧げながら見えてきた。商業と自主ではアプローチの方向、その比重が全然違ったので、それはそれで面白かったですね。

ただ、自主制作は色々と大変でした(笑)。でも、“映画を作る”ということの基本に立ち返ることが出来たと思います。いままでの作品で自分の企画も多くありましたし、プロデューサーのやりたい企画の中に自分のやりたいことに出会わせていただくこともありましたが、映画って、自分の作りたいという思いからスタートする。やっぱりそれが映画作りの基本なのだなと。

『一月の声に歓びを刻め』©bouquet garni films

配給も公開も決まっておらず、お金も集まってない段階で、一緒に作ろうと言ってくれた山嵜晋平さん(プロデュース)と、スタッフや役者のみなさまに参加をお願いしてまわりました。「なぜ、この映画を作りたいのか」を1ページ目に書いた脚本だけをお渡ししたのですが、皆さんそれだけで参加を決めてくださった。そういった皆さんと映画を作っていること自体が、すごく原点な感じがしました。

これまで、のたうち回りながら映画を作ってきましたが、監督としては、なるべくそれを出さないようにしようと努力していました。でも今回は、人として小さな部分やダメな部分も全てさらけ出した。それでもこの映画を作ろうと、スタッフや役者たちは一緒に作り上げてくれました。まさに「映画作りってこういうこと」なのかなと感じた現場でしたね。

自分自身の純度100%の作品


Q:そもそもなぜ自主映画で撮ろうと思われたのでしょうか? 三島監督が審査されたPFFのグランプリ作品『J005311』(22)に触発された部分などがあったのでしょうか。

三島:PFFの審査員をやるときは、この映画を作ろうと既に決めていました。だからこそ余計に『J005311』が素敵に見えたというのはありますね。PFFの審査をした前年にも「東京学生映画祭」や「下北沢映画祭」などで審査員をやらせていただき、色んな作品に触れることが出来ました。伝えたいことが分かる作品もあれば、そうでない作品もある。でも皆やりたいことをやっていました。そこには影響を受けたかもしれませんね。ここまで商業映画の監督としてやってきていますが、自分自身の純度100%の作品を撮る必要がある。何度か立ち返る必要もある。それはここ何年かの審査員経験の中で気付かされたことでした。

この作品を作るときには、「商業映画のように物語を語ろうとしない」というお題を作っていたんです。商業映画の場合、面白く見せるために無理な展開や人物を登場させることが必要になる場合もあるかもしれませんが、今回はそれをせず、ゴツゴツとバランスが悪くてもいいから、いま目の前で起こっている感情を素直に撮ってみようと。今まで撮ってきた面白いカット割やギミックみたいなものは捨てて、役者の肉体に生まれている感情だけを写し撮ってみようと。

Q:物語を語らないことに対する不安はありませんでしたか。

三島:全然無かったですね。映画が淡々として物語が動かなくても、それこそ自主映画ならではですよね。

『一月の声に歓びを刻め』©bouquet garni films

Q:「この作品を撮りたい!」という強い意志と衝動がある中で、これまで培ってきた経験とスキルが邪魔になった部分はありませんでしたか。

三島:表現方法としては、何かを捨ててみようという思いはありましたが、予算の少ない中で撮り切るという意味では、今まで仕事をしてきた経験が活かせました。演出についても、今まで培ったものを一度捨てようと思いましたが、役者さんに対してはあまり変わらなかったかもしれません。演出って役者さんによって違うのかなと思うんです。例えば哀川翔さんには「自由に動いてください」とは言いません。動きを細かく説明して、ちゃんとカット割をして撮っていく。それにお芝居を足していただくのが、哀川さんには一番良い方法かなと。哀川さんは、背景や感情を全部動きに変換できるとても映画的な役者さんだと思うので、繊細な部分に集中していただきたく思いました。

一方で前田敦子さんには、前田さんが何かを感じていただける空間を作ることを心がけました。実際の事件が起こった場所で、「れいこは6歳のときにこう感じたんだろう」と、自分の経験も踏まえて、一緒に歩きながら細かく説明しました。そうすることによって、前田さんはこの街を感じながら言葉を発してくれるだろうと。それぞれの役者さんにとって、最も自然なお芝居が撮れると思う方法で演出しようとしたので、そこはいつもと変わりませんでしたね。

前田敦子とカルーセル麻紀、それぞれの受け止め方


Q:前田さんはストレートにれいこを体現する役ですが、何か質問されましたか。

三島:前田さんはものすごく悩まれた上で、この役を受けてくれました。「この映画は監督にとって特別な作品、本当に自分がれいこを体現できるのか」と、何度も何度も脚本を読んで考えてくださったそうです。結果、脚本をかなり読み込んで本読みに来てくださったので、私の中ではもう何も言うことはありませんでした。本読みで実際に言葉にしてくださったときは、「この作品はきっと力強い映画になるのだろう」と、確信みたいなものが生まれた瞬間でした。

実際の犯行現場を説明してまわっているとき、前田さんは私と手を繋いで歩いてくれました。きっと、私と心を一つにしようと思ってくださったのでしょうね。またその姿を、坂東龍汰くんとスタッフたちが、ずっと見守ってくれていました。

『一月の声に歓びを刻め』©bouquet garni films

Q:カルーセル麻紀さんにはどのような話をされたのでしょうか。あの雪の中で撮影は物理的にも相当大変ですよね。

三島:そうですね。大寒波が来てマイナス20度でしたから(笑)。その代わりものすごく綺麗でした。カルーセルさんが雪原を歩いていき、娘の遺体が打ち上がった湖のほとりで言葉を発するシーンがありますが、そこは1テイクで撮りました。足跡がついてしまうので一度しか撮れないし、体力的にも何度も撮るのは難しい。カルーセルさんって本当に大女優だなと思いましたね。映画には出てきませんが、自分の前で6歳のれいこが婦人警官に語ったシーンなど、繰り返し何度も想像してくださるんです。だから、あの雪原のシーンでは、「あの辺りにれいこの遺体が打ち上げられたんでしょうね」「当時はまだ男性なので、お父さんとしての声で、世界中の〝れいこ〟に届けてほしい」ということ以外、私からは何も言っていません。ご自身の中でいろんなことを想像しながら演じていただきました。湖の中に手を入れていますが、あれもご自身から生まれたものです。

カルーセルさんの役は当て書きでした。映画があったおかげで、私はここまで生き延びてこれましたが、同じように性の被害を受けた人の中には、「汚れた」と思って死を選ぶ人もいるかもしれない。そうなったときに、残された家族はどんな罪の意識を持っていくのだろう。もし私が死んでいたら、父親はどう思っていたのだろう。最初はそんな想像から始めました。もし自分の娘が死んだとしたら、娘を死に追いやった男性の象徴、つまり男性器が娘を死に追いやったと考えるのではないか。そしてもし、実際に自分の中に存在している憎むべき性器というものを切除するという行動に出てしまったら…。そんなことを考えていました。

『一月の声に歓びを刻め』©bouquet garni films

カルーセルさんは、生まれたときから女性になりたいと思っていた方なので、劇中のマキとは違いますが、自分の肉体にある男性器というものを憎み、自分の肉体を憎み続けた時間はすごく長かったはず。その方にこの役をやっていただけたなら、この人間の複雑な痛みをリアルにやってもらえるのではないか。それで、マキという名前にして当て書きしました。

作りたい映画を作っていきたい


Q:監督に加えてプロデューサーとしても名前を連ねています。プロデュース業務はいかがでしたか?

三島:お金を集めたという意味ではプロデューサーですが、その他は山嵜プロデューサーにほとんど担ってもらいました。ただ、配給を決めたり公開に向けての宣伝などや、お金に関わることも全て話し合いながら進めましたので、そこの大変さは実感しましたね。

Q:自分でお金を集めた経験は、今後の映画製作にも生かされると思いますか。

三島:うーん。お金を集めるという行為がスキルとして生かされることは無いかもしれませんね。ただ、映画の企画が始まり最後出て行くところまでを見届けることは、元々やってみたいと思っていました。監督としては作品が出来上がればそこで終わりなのですが、宣伝も含めてこの映画をどのように打ち出していくか、本当の意味でこの作品が世の中に生まれるまでを見たかった。そう考えると、塚本晋也監督の海獣シアターのように、著作権を自分たちで持って入口から出口まで自分たちで見ていくやり方になるのだろうなと。実際それをどの作品でやれてどこまでやれるか分かりませんが、まずはトライしてみようと。今でも分からないことばかりですが、「こういう仕組みになっているんだ」「ここが改善すれば、もっとやりやすくなるのでは」など、いろんな発見がありました。それは次の山嵜作品や自作などに繋げていきたいですね。

『一月の声に歓びを刻め』©bouquet garni films

一番の理想は、商業映画で思いっきりエンターテイメントを撮って、いつでも自主映画に帰れる場所があること。それで仲間と3人で、“ブーケガルニフィルム”という会社を立ち上げました。そこで自分たちの作りたい映画を、出来る範囲で作っていきたい。それがどこまでやれるかは、本当にこの作品にかかっています(笑)。

商業映画の監督としてやってきた自分が今の映画界でこういうものを作った意味を阪本順治監督が評価してくださったり、性被害を受けた何人かの女性が「お前は美しい」というカルーセルさんの言葉に救われたと言ってくださったり、20代の男性が「自分の大切な人がこんな体験をしていたら…と想像した。これから考え続けたい」と言ってくれたり、「頭からずっと離れない」、単純に「面白かった」と言ってくれたり、それぞれの立場で何かしら受け取ってくださっている方々がいます。この映画を観てくださった方は、皆さんきっと何かを発見してくださるのだろうなと信じています。

影響を受けた監督たち


Q:劇中ではナンニ・モレッティ監督の引用や、青山真治監督へのオマージュなどがありますが、影響を受けた映画監督や映画を教えてください。

三島:これはもう本当にいっぱいありますね。自分が大学生のときに分岐点があって、私が所属していた映画サークルの机の上に、阪本順治監督の『どついたるねん』(89)のエキストラ募集のチラシがあったんです。私はボクシング好きで赤井英和も大好きだったので、この撮影が何か映画の国に行けるきっかけになるのではという予感があった。ただ、自分で撮る自主映画のクランクインと日程が被っていたので、インの日程をずらすのかすごく悩みました。結果、自分の撮影を選んだのですが、1年後に完成した『どついたるねん』を観たときに、人生で最初に観た映画の『赤い靴』(48)と通じる凄みを感じました。死ぬ気で映画を作るとはこういうことなんだなと、映画作りの向き合い方を見せつけられました。監督として映画作りに立ち返るときは、必ず『どついたるねん』を観ています。

物語を組み立てたり人物を描いたりするときに考えるのは、神代辰巳監督です。マニアックな映画ですが、神代監督の『壇の浦夜枕合戦記』(77)というロマンポルノがあって、劇中で源氏に女性たちがレイプされるシーンがある。そこでは、レイプシーンと好き同士がセックスするシーンをモンタージュで重ねているんです。セックスという行為が人をすごく豊かにして満たされる表情を生むこともあれば、人を地獄に追いやり、ひたすら苦痛の時間となることもある。同じセックスというものが、天国にも地獄にもなるという描き方をされているんです。神代さんのその視点の持ち方には、すごく影響を受けていると思います。敬愛するフランソワ・トリュフォー監督もそこから辿っていきました。

『一月の声に歓びを刻め』©bouquet garni films

また、音の演出という意味では、青山真治監督の影響を受けています。青山組で音響をやっていた菊池信之さんに話を伺うと、青山さんは人物の心象風景みたいなものを、その場で聞こえてくる音でどうやって表現するか常に考えているとのこと。また、青山さんは何かの音をきっかけに脚本を考えられることもあるそうです。私の今回の作品でも、八丈島の章は、八丈太鼓の音や習わしから物語が生まれていきました。また、大阪の章では、犯行現場で実際に聞こえていた音をベースに心象風景の音を構築しようと、音チームの小黒健太郎さんや勝亦さくらさんが、現場の音を生かす形で組み上げてくれました。現場で鳴っていた音にどんな音を足すのかといった作業を、とても繊細にやってくださったんです。

映像的には、デイヴィッド・リーン監督の『ライアンの娘』、テオ・アンゲロプロス監督、フェデリコ・フェリーニ監督、溝口健二監督が好きですし、あとは画家のヴィルヘルム・ハンマースホイや写真家の木村伊兵衛にも影響を受けてるのかなと思います。

そして最後になりますが、お芝居を撮るときにどういうシチュエーションであれば強度があがるのかという点において、成瀬巳喜男監督作品を何度も観ているかもしれません。『女が階段を上る時』(60)で、高峰秀子さんが結婚してくれそうな男に会いに行くシーンがあるのですが、会いに行こうと思った次のカットで、立っている高峰さんの周りを子供が三輪車でぐるぐる回っている。その瞬間に、実は男は結婚していて子持ちだったことがわかる。そして、子供にぐるぐる回られている高峰さんの立ち姿だけで全ての感情が見えてしまうんです。演出でシチュエーションを考えるときには、いつも成瀬さんのことを思い出すようにしていますね。

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監督/脚本:三島有紀子

大阪市出身。18歳からインディーズ映画を撮り始め、神戸女学院大学卒業後NHKに入局し「NHK スペシャル」「ETV 特集」「トップランナー」など市井の人々を追う人間ドキュメンタリーを数多く企画・監督。03 年に劇映画を撮るために独立し、東映京都撮影所などでフリーの助監督として活動、ニューヨークでHBスタジオ講師陣のサマーワークショップを受けた後、『しあわせのパン』(12年)、『ぶどうのなみだ』(14年) と、オリジナル脚本・監督で作品を発表。撮影後、同名小説を上梓した。『幼な子われらに生まれ』(17年) では第41回モントリオール世界映画祭で審査員特別大賞、第41回山路ふみ子賞作品賞、第42回報知映画賞監督賞など、国内外で多数受賞。ほかの代表作として、『繕い裁つ人』(15年)、『少女』(16年)、『Red』(20年)、短編『よろこびのうた Ode to Joy』(21年『DIVOC-12』)、『IMPERIAL 大阪堂島出入橋』(22年『MIRRORLIAR FILMS Season2』)、セミドキュメンタリー映画『東京組曲2020』など。

取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

撮影:中野建太

『一月の声に歓びを刻め』

テアトル新宿ほか全国公開中

配給:東京テアトル

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