「それって陰謀論じゃないですか?」闇の国家「ディープステート」を信じる著名人一人一人に会ってみたら…どうなった?

東京・永田町の衆院議員会館でのインタビューで「ディープステート」について語る立憲民主党の原口一博元総務相=2024年1月

 インターネットを通じて情報が手軽に得られるようになった一方で、根拠に乏しい「陰謀論」も拡散し、人々に影響を与えている。その一つである「ディープステート」は、奥深くにある(DEEP)国家(STATE)が政府をひそかに操っているとの考え方だ。その存在を語る人々の中には、「あの人も?」と驚くような政治家、著名人もいる。
 一人一人に会い、話を聞いてみると、誰もが熱心に自説を展開する。世の中で起きていることの背後には、何者かのたくらみがある――。ネット情報に依拠し、荒唐無稽とも言える主張に、なぜ染まってしまったのだろうか。(敬称略、共同通信=佐藤大介)

「ディープステート」について、インタビューで「実質的な決定権を持っている」と話す、立憲民主党の原口一博元総務相=2024年1月、京・永田町の衆院議員会館

 ▽「覚せい」した元総務相
 東京・永田町の議員会館。立憲民主党の衆院議員で元総務相の原口一博は、硬い表情で振り返った。
 「その存在を認識するようになったのは2002年のこと。日米地位協定の改定案を議論していたら、米中央情報局(CIA)の日本担当を名乗る人物から、内容が好ましくないと言われた」
 「その存在」とは、強大な権力を持った「ディープステート(闇の政府)」を指す。「詳しいことは言えないが、総務相時代も何度か政策への横やりが入った」
 原口はディープステートが存在していると公言し、交流サイト(SNS)などで発信している。では、それはいったい、どんな組織なのか。
 原口の説明はこうだ。「米国の軍産複合体に巨大なグローバル資本が加わり、実質的な決定権を持っている」「アメーバのような組織で、権力を持つと止められない」「日本は従属するポチだ」。だが、その言葉から具体的な像を描くのは難しい。
 ディープステートが世界を操っているという考えは、荒唐無稽な「陰謀論」に分類される。同じ世界観を述べる原口に、党内からは「イメージの低下につながる」(中堅議員)といった批判や戸惑いの声も少なくない。
 原口は反発する。「陰謀論と決めつけること自体が陰謀だ。ディープステートの言うことに従っていれば、日本は滅びてしまう。自主独立が必要だ」
 原口は2023年9月、立憲民主党幹事長の岡田克也から口頭注意を受けた。理由は、動画投稿サイト「ユーチューブ」内の番組で、現在のウクライナが「ネオナチ政権」と取られかねないような発言をした点。その前月の8月にも、新型コロナウイルスワクチンへの反対論を繰り返したとして口頭注意を受けている。
 そうした言動は、ディープステートの存在を主張する人たちに共通しているが、原口に意に介する様子はない。「立憲が真実についてきていないだけ」
 アメリカでは、前大統領のトランプが前回の大統領選に不正があったと一方的に主張し、支持者らはトランプを「ディープステートと闘う救世主」と信じている。原口は不正があったかどうかは明言を避けながらも、次の米大統領には「トランプがなってほしい」と言い切った。
 「立憲にもディープステートの影響下にある勢力はいる。だが、私の考えを理解する人は増えている」。原口はそう話したが、ディープステートの輪郭は見えないままだった。

自身に関する動画サイトを示す広島県呉市の谷本誠一・前市議。情報収集や発信は、インターネットが中心だ=2024年1月

 ▽地方議会への影響
 「あなた自身が、ディープステート機関の職員であるという認識はあるのか」
 取材を申し込む電話で、男性が唐突に尋ねてきた。やや戸惑いながら否定すると、「それではだめだ。メディアは全て支配されている」と語気を強めた。
 声の主は、福井県議会議長や自民党県連幹事長を務めた斉藤新緑。県議6期など30年以上に及ぶ議員生活を送ったが、昨年4月の統一地方選で落選した。事務所を訪ねると、斉藤は自信ありげにこう語った。「物事を掘り下げていくと、全てがディープステートに行き着く」
 斉藤は2021年2月、地元で配布した議会報告の冊子に「地球45万年は闇が支配してきた」として、その支配者が「ディープステート」で「本当の悪魔」と記した。新型コロナウイルスのワクチンも「殺人兵器」と断言したが、いずれも具体的な根拠はない。
 そうした内容は、同年1月の米議会襲撃事件に多くの信奉者が加わった陰謀論勢力「Qアノン」の主張と重なる。「バイデンはゴム人形」「ウクライナはネオナチ」。斉藤は「ネットで知った真実」に基づく自説を次々と展開した。
 だが、極端な陰謀論を前に、支持者は次々と離れていった。70代の男性は嘆く。「地元に密着する人気者だったのに、なぜあんな方向に行ってしまったのか」

2022年4月、降機命令の取り消しやマスク不着用で搭乗する権利の確認を求め、広島地裁に提訴後、記者会見する谷本誠一・呉市議(当時)

 ディープステートが存在すると考える地方政治家は、斉藤だけではない。広島県呉市の前市議、谷本誠一は、現職だった2022年2月、釧路空港で搭乗時にマスク着用を拒否し、航空機の離陸を1時間以上遅らせた。
 「国際金融資本を中心に、裏で世界を操る闇の勢力がいる。(マスク拒否は)そうした勢力に支配されている日本政府への抵抗の一環だった」
 2023年の選挙で落選したが、谷本は「全国から励ましが寄せられた」として国政進出を目指す。一方で反ワクチンを唱える「全国有志議員の会」も発足させた。地方議員153人が賛同しているという。
 陰謀論を語る議員らに共通するのは、ネット情報への過度な依存だ。議員の会に名を連ね、一般質問でディープステートとの言葉を用いた愛知県議の末永啓は「テレビや新聞は一切見ていない」。
 末永は「陰謀論と言われてもネガティブな意味には思っていない」と言う。そして、こう言葉を続けた。「それは『真相論』なのだから」

「ワクチンは猛毒」「コロナは存在しない」などの主張を掲げながら、茨城県つくば市内をデモする「神真都Q会」のメンバー=2024年1月

 ▽過激化した行動
 大阪拘置所の面会室。アクリル板越しに座った村井大介は、新型コロナのワクチン接種に反対する理由を尋ねると、身を乗り出しながら述べた。「子供たちが人口削減計画の犠牲になってはならない」
 村井は反ワクチン団体「神真都(やまと)Q会」の代表を務める。2022年に生活保護費をだまし取った容疑で逮捕され、勾留期間は1年以上に及ぶ。「保釈請求は何度も却下されている。ディープステートによる圧力以外の何物でもない」。自らの考えを記したノートを手に、逮捕の不当性を訴えた。
 公安関係者によると、会が結成されたのは2021年秋ごろ。「コロナは存在しない」「世界は闇の政府に支配されている」といった陰謀論を背景に、SNSを通して急速に賛同者を増やし、一時は全国デモに6千人を動員した。

茨城県つくば市で、「コロナは存在しない」などの主張を掲げながらデモする「神真都Q会」のメンバー=2024年1月

 活動は、半年ほどで急激に過激化。2022年には東京都内などのワクチン接種会場に押し入り、メンバーが逮捕される事件を起こした。有罪判決が下され謝罪を述べるメンバーもいたが、村井はこの事件を評価している。「子どもたちの命を救えたのなら、素晴らしい行為だったと思う」
 米国で陰謀論を信奉する勢力「Qアノン」との関係を尋ねると、村井はこう答えた。「『Q』の世界の人間としては共通しているが、同じではない」
 ジャーナリストの藤倉善郎は、会の母体が「Qアノン」をインターネット上で紹介する人物のファンサークルなどだったとして、こう指摘した。「世界を闇の勢力から救うのは日本人といったナショナリズム色が強く、活動の手段として反ワクチンを掲げている」
 ただ、事件後に神真都Q会は離脱者が相次いだ。理事を務める斎藤康彦によると、現在の規模は「200人ほど」。減少の原因は「敵対勢力の分断工作」として、宗教団体などの名を挙げた。
 斎藤は「現在は法律を守って活動している」と話すが、藤倉は懸念を隠さない。「統制の取れていない組織だけに、人数は減っても社会的には危険な存在だ」
 デモは今も続いている。今年1月下旬、茨城県つくば市で行われたデモには10人のメンバーが参加。「ワクチンは猛毒」などと訴えた。トランプ前米大統領が大好きという60代の女性はこう言った。「真実を知った以上、行動しなくてはならない」
 根拠のない陰謀論ではないか。そうただすと、女性は即答した。「それはディープステートが、真実を隠すために作った言葉だ」

2022年3月、東京都内で行われた「神真都Q会」のデモ(藤倉善郎氏提供)

 ▽「元大使」に群がる人々
 ユーチューブ番組にゲスト出演した馬渕睦夫は、スーツ姿で時折笑みを浮かべながら国際情勢を解説していた。だが、話題がウクライナ戦争に及ぶと、口元を引き締めた。「プーチンは戦争を長引かせて、ディープステートを徹底的にたたく戦略だ」
 馬渕は元外交官。1968年に外務省へ入省し、2005~08年にはウクライナ大使を務めた。だが日本政府とは全く異なる考えを展開している。闇の勢力「ディープステート」がロシアを支配するため、ウクライナを利用してプーチン大統領に戦争を仕掛けたという。
 馬淵は自らの考えが「全て公開情報に基づいている」と強調する。だが、数々の証拠からロシアが関与したと多くの国によってみなされているウクライナ・ブチャでの民間人虐殺について、ウクライナ側が行ったと述べるなど、その主張はロシア側と重なる。前回のアメリカ大統領選ではトランプが勝利したとも断言し、そうした内容は陰謀論が色濃くにじむ。

馬渕睦夫氏の著書

 取材を申し込んだが、限られた字数でディープステートなどを説明するのは「不可能」とし、批判的な意見と比較されるのは「読者の理解に資するか否かにも疑問がある」として拒否された。このため、馬渕氏だけは会えていない。
 馬渕は外務省を2008年に退官し、11年まで防衛大学校教授を務めた後、執筆活動に入った。評論家の古谷経衡はこう評する。「著作の内容は当初から変わっておらず、一貫した陰謀論者だ」。2021年の著書「ディープステート 世界を操るのは誰か」を出版したワックによると、同書の累計発行部数は7万部に上る。
 この本の中では「世界を陰から支配する勢力(ディープステート)は、確かに存在している」と明記している。「特定の本部建物があるわけではなく、課題に応じて世界の仲間が集まって必要な決定を行っている」とも記しているが、どこに集まっているかなどは書かれていない。
 荒唐無稽と受け止められる内容がちりばめられているが、インターネット上には、馬渕の主張を称賛するコメントが目立つ。「はっきりと真実を語っている」。60代の女性も心酔する一人だ。「隠された真実が書かれていて、目が開かれる思いだった」
 古谷は中高年を中心に影響力を広げていると指摘する。「多くの人が元大使の肩書だけで信じている」
 ある外務省関係者は強い不快感を示した。「大使の経歴を背景に陰謀論を広めるべきではない」

陰謀論についてのインタビューに答える京都府立大の秦正樹准教授=2024年1月

 ▽「正しさ」への固執につけこむ
 4人の人々が語った「ディープステート」の存在。どう考えればいいのか。専門家の京都府立大准教授・秦正樹氏に聞いた。
 陰謀論の特徴は、因果関係が逆転している点にある。ある組織がたくらみをもって動いていると考えるのは、たとえばジャーナリズムの世界でもあることだが、それが十分な証拠を持って論理的な説明が成り立つかどうか、厳しく精査する。しかし、陰謀論者は反証を挙げても、無視するか自分の望み通りの結論に合うよう解釈をねじ曲げてしまう。
 私は大学生時代、ネトウヨ(ネット右翼)だった。在日コリアンが不当な特権を享受していると思い、日本をつぶそうとする『闇のプロジェクト』があると信じ込んでいた。それに合う情報だけを集め、証拠があると思い込んでしまう。大学院に行って論理的に考えるようになり少しずつ変わっていったが、最初は批判に反発していた。
 この経験は『正しさ(=正義の信念)』への固執に、陰謀論がつけいることを示している。今ある現実と、あるべき現実の間にねじれがあれば、陰謀論で解消しようとする。それは、インターネットで好みの情報以外が届かなくなる『フィルターバブル』を引き起こすことになる。
 皮肉にも、政治に関心を持つ人、知識のある人ほど陰謀論に陥りやすい傾向にある。イデオロギーを問わず、政治に不満があれば『何か裏があるのではないか』と考えやすい。政治的信念は、陰謀論を生み出しやすいのだ。政治に全く関心がないのも問題だが、過度に入れ込まないバランス感覚が肝心と言える。
 ディープステートを唱えるような陰謀論者は、最近になって可視化されるようになったが、実際にはあまり増えておらず、今後も急に増加するとは思わない。数だけで言えば、社会への影響力は限定的だろう。
 問題は、その質だ。組織化して過激化すれば、米議会襲撃のような事件が起きるリスクが高まる。陰謀論に陥らないためには、政治と一定の距離を保ち、身近な人間関係を大事にしていくことが大切だ」
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 はた・まさき 1988年、広島県生まれ。神戸大で博士号(政治学)取得。専門は政治心理学、政治行動論など。著書に「陰謀論―民主主義を揺るがすメカニズム」など。

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