[社説]「有事」住民避難 これで本当に守れるか

 政府と沖縄、熊本の両県が「台湾有事」への備えとして、多良間村の住民約千人を熊本県八代市で受け入れる計画の策定に向けて協議に入った。避難先を八代市の総合体育館とし、1カ月程度の滞在を想定している。

 政府は宮古と八重山の全域で、計12万人に及ぶ住民の避難計画の策定を目指していて、九州と山口の各県に受け入れを要請していた。

 多良間村の人口は約千人で、先島5市町村では最も少ない。避難計画を先行させ、今後のモデルにしていくとみられる。

 南西諸島で防衛力の強化が進む中、国境に近い宮古や八重山の島々では住民の不安が高まっている。有事の実態が見えないまま、政府は自衛隊の配備を強化し、それと一体に住民の避難計画の策定を急ぐ。

 多良間村では昨年10月、国の担当者も出席し、住民避難に関する意見交換会が開かれた。参加者からは、「万が一というが、有事はどのぐらいの確率で起こるのか」「避難よりもシェルターを造った方がいい」といった意見が上がった。

 国民保護法に基づく武力攻撃予測事態を想定した避難計画案で、多良間村の住民はフェリーや航空機を使い、2日がかりで宮古島へ避難。さらに航空機で鹿児島空港に移動する。

 少なくとも数日かかる避難で住民の命は本当に守れるのか。有事の中で避難はできるのか。そもそも有事とは何なのか。政府は疑問に答える必要がある。

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 石垣と竹富、与那国の3市町は19日、武力攻撃事態が発生した場合の相互協力に向けて協定を締結した。救援物資や避難手段の確保が難しくなることが予想されるとして、国や県との連携にも取り組むという。

 特定の国による武力攻撃を想定してはいないとするものの、念頭にあるのは中国による台湾侵攻であろう。政府が「有事」を強調しながら、南西諸島で自衛隊配備を強化したり、住民の避難計画を進めたりしている流れに呼応している。

 国境に近い島々の不安や懸念は理解できるが、過度な反応は周辺地域の緊張を高めることを忘れてはならない。基地があるから、軍隊がいるからこそ、攻撃の的になることは歴史が証明している。平和外交と周辺地域との官民の交流が、何よりの抑止力となることをあらためて確認したい。

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 政府は2022年12月に決定した「国家安全保障戦略」で、南西諸島の住民の速やかな避難計画の策定を打ち出した。24年度内の策定を目指している。

 多良間村の避難計画を先行させているのは、受け入れ自治体を具体的に定めて23年度に前倒しすることで、全体の計画策定を加速させる狙いがある。

 政府は実態の見えない脅威をあおるのではなく、国民に安心と安全を広げることに注力するべきである。有事を起こさせないための平和外交にこそ努めるべきである。

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