3連単153万馬券の大波乱はなぜ起きた? 人気薄ペプチドナイルをGⅠ戴冠に導いた藤岡佑介騎手の“コミュニケーション力”【フェブラリーS】

2月18日、春のダート王決定戦となるフェブラリーステークス(GⅠ、東京・ダート1600m)が行なわれ、単勝11番人気のペプチドナイル(牡6歳/栗東・武英智厩舎)が先行集団から抜け出して快勝。武英智調教師は嬉しいGⅠ初制覇となった。

一方、重賞未勝利ながら1番人気に推されたオメガギネス(牡4歳/美浦・大和田成厩舎)が直線で失速して14着に終わったほか、2番人気のウィルソンテソーロ(牡5歳/美浦・小手川準厩舎)が8着、3番人気のドゥラエレーデ(牡4歳/栗東・池添学厩舎)が12着にそれぞれ大敗。その間隙を突いて2着に初ダートで5番人気のガイアフォース(牡5歳/栗東・杉山晴紀厩舎)が差し込み、3着には後方から追い込んだ13番人気のセキフウ(牡5歳/栗東・武幸四郎厩舎)が入って、3連単の払戻金が153万500円を記録する大波乱となった。

前置きになるが、サウジアラビアで開催される優勝賞金1000万ドル(約10億6000万円)という世界最高賞金レースのサウジカップ(GⅠ、ダート2000m)へ日本のトップホースが相次いで遠征している。

例えば、昨年のドバイワールドカップ(G1)の覇者であるウシュバテソーロ(牡7歳/美浦・高木登厩舎)、昨年のブリーダーズカップ・クラシック(G1)で2着に食い込んだデルマソトガケ(牡4歳/栗東・音無秀孝厩舎)、昨年のフェブラリーステークスとチャンピオンズカップ(GⅠ)を制して中央では無敵と印象付けたレモンポップ(牡6歳/美浦・田中博康厩舎)の「トップ3」が抜けた今年の本レースは例年と比べてレベルが下がったのは確か。クリストフ・ルメール騎手が乗る重賞未勝利のオメガギネスが3.2倍の1番人気に祭り上げられたのは、その証拠のひとつと言えるだろう。

そのぶん、馬券的な楽しみが増えたわけだが、結果は明らかにファンの想像を超えるロングショットとなった。
これだけの大波乱を呼んだ理由は、良馬場で行なわれたフェブラリーステークスで、史上稀に見るハイペースにあった。

予想されていた通りにドンフランキー(牡5歳/栗東・斉藤崇史厩舎)が先手を奪い、それを前年のJBCスプリント(JpnⅠ)を制した地方所属のイグナイター(牡6歳/園田・新子雅司厩舎)とウィルソンテソーロが追走。さらにはドゥラエレーデやペプチドナイルが続いたため、入りの3ハロンが33秒9、前半(800m)のハロンタイムが45秒6という超ハイペースとなり、息を入れる暇もなく逃げ・先行勢には苦しい展開となった。

後続も差を詰めつつ迎えた直線。バテはじめる逃げ・先行馬たちをよそに、イグナイターが粘りを見せて先頭に躍り出るが、それも長いホームストレッチの坂を迎えるまでがやっと。一気に差し・追い込み馬が先団に襲い掛かるが、道中はハイペースの4番手を進んだペプチドナイルが驚異的なスタミナを発揮して馬群から抜け出して勇躍、先頭に立つ。

そこへ中団から渋い脚を使ったガイアフォース、武豊騎手の待機策が功を奏して後方集団から追い込んだセキフウや、ギリギリまで追い出しを我慢したタガノビューティー(牡7歳/栗東・西園正都厩舎)も脚を伸ばす。しかし、一歩先に抜け出したペプチドナイルはそれらの面々を寄せ付けず、ガイアフォースに1馬身1/4差を付けて快勝を果したのだった。 ペプチドナイルは、父はダートの強豪チュウワウィザード(GⅠ・JpnⅠを4勝)なども出している万能型のチャンピオンズサイアーであるキングカメハメハ。本馬はその晩年の産駒で、長い時間をかけてじわじわと力を付けてきた。

ただ、リステッド競走・オープン競走は勝っているものの、ここまで重賞では昨年のみやこステークス(GⅢ、京都・ダート1800m)の4着が最高着順。前走の東海ステークス(GⅡ、京都・ダート1800m)も勝ち馬から0秒5差の6着に終わっていたため、単勝11番人気と評価が低かったのも妥当だったと言えるだろう。

しかしレース後、藤岡佑介騎手はペプチドナイルとの金星をこう振り返る。

「武厩舎の馬とは普段からコミュニケーションを取っているので、馬自身の調子が良さそうなのは分かっていました。ちょっと厳しいペースを追走して早めに先頭に立ったので、何とか頑張ってくれという感じで追っていました。レース前、調教師から『気楽に乗ってきてくれ』と言われていて、人気薄で周りからも変なプレッシャーをかけられなかったので、今回は良いパフォーマンスを出すことができたと思います」

ペプチドナイルの力量をどう評価するべきかは悩むところだ。

ただでさえ直線が長いために底力を要する東京の良馬場を舞台とし、さらにはハイペースになった競馬を先行して押し切ったという意味では、主に1800m以上の距離を使われ、豊富なスタミナを育んできた彼にピタリと条件が合ったのは明らか。だとしても、このメンバーの中では屈指の力量を持っていたのは疑うべくもないだろう。

ただし最初に述べたように、強豪たちの遠征でややレベルが下がったメンバー構成に恵まれたという感があるのは否めない。慎重に言うならば、「ダートのトップホースたちへの挑戦権を得た」と言うべきだろう。

一方で、2着に食い込んだガイアフォースにも触れざるを得ない。セントライト記念(GⅡ、中山・芝2200m)の勝ち鞍がある力量を持ってはいるものの、ダート初戦がGⅠというのはハードルが高いと思われていただけに、この好走には驚かされた。パワー型の産駒も出しているキタサンブラック産駒であり、母の父がダートの怪物として鳴らしたクロフネという血が導いた結果ということだろうか。陣営が新たな活路を見出そうと選んだダート挑戦は称えられるべきだろう。
本稿で「主軸」に指名したキングズソード(牡5歳/栗東・寺島良厩舎)は勝ち馬と0秒3差の5着に終わったが、最終コーナーで外へ振られ、直線でも坂下で前が塞がる不利を受けたのが痛かった。進路が空いてからの末脚はひと際目立つものだっただけに、この一戦で見限るのはまだ早すぎるだろう。

1~3番人気を占めた人気馬は、いずれもハイペースに巻き込まれた、もしくは戸惑ったのが敗因か。気になったのはウィルソンテソーロのテンションの高さで、多量の発汗によってゼッケンの周囲が白い泡にまみれるほどだった。また1番人気を大きく裏切る14着に沈んだオメガギネスは、この舞台をジャンピングボードとして今後の成長の糧にすることを期待したい。

取材・文●三好達彦

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