2月21日は斉藤由貴のデビュー記念日!セルフカバーアルバム「水響曲」の変わらない姿勢  2月21日は斉藤由貴さんのデビュー記念日!

聴き手の感情まで揺さぶる斉藤由貴のヴォーカル

1985年2月。僕は中学の部活動をさぼって隣区のS丘高校の校門前に友人といた。明日はこの学校の卒業式。地元横浜の県立高校に通うアイドルを一目見たいという純粋な気持ちからだった。

もし逢えたら、話すことが出来たらサインでも貰えないかな。カバンのなかにはドーナツ盤シングル「卒業」。終業のチャイムが鳴る。続々と下校する生徒たち。セーラーの薄いスカーフ、ポニーテールを探す……。

1984年秋、明星食品「青春という名のラーメン」のCMに出演し、お茶の間デビューした斉藤由貴。白い雪が舞うなか詰め襟のハンサム高校生にカメラ目線で「胸騒ぎ、ください」という台詞が話題を呼んだ。翌1985年2月に青春CMの続編ストーリーともとらえることの出来るシングル「卒業」で歌手デビュー。

彼女のヴォーカルは、80年代前半に多い元気溌剌なそれまでのアイドルとは一線を画す、囁くような歌い方だった。サビでの切ない高音が魅力で、フルートのような響きが聴き手の感情まで揺さぶった。

「オールナイトフジ女子高生スペシャル」司会に抜擢

斉藤由貴が登場した頃は、盛況な80年代アイドルシーンも変革期を迎えていた。1980年のデビュー以来、シーンのフロントを走り続けてきた松田聖子が多くのアイドルたちの先陣を切ってあっさりと結婚。

同年に新しいアイドル潮流となるおニャン子クラブが登場。誕生のきっかけとなったバラエティ番組『夕やけニャンニャン』のパイロット版『オールナイトフジ女子高生スペシャル』(1985年2月)の司会に抜擢されたのが、当時現役の高校3年生、斉藤由貴だった。そして、ブラウン管の中に映る彼女に違和感を抱く。

正確に言うと、彼女は明らかに番組のなかで浮いていた。カンペを読み間違えただけで大笑いする “どこにでもいる女の子” をウリにするスーパー女子高生集団と、カメラの前でもどこかアンニュイ(死語)な雰囲気を醸し出す斉藤由貴が同じ高校生には見えなかったのだ。その理由はデビュー後にブレイクして彼女がメディアに登場する機会が増えるたびに判明していく。

アイドルらしからぬ嗜好。表現者を目指す斉藤由貴の意思表示

彼女は愛読書として三島由紀夫著作をズラリと並べ、好きな詩人として萩原朔太郎、ジャン・コクトー、ヘルマン・ヘッセ、好きな映画監督としてイタリア映画の巨匠ルキノ・ヴィスコンティの名前を挙げている。

アイドルらしからぬ嗜好にも驚かせられたが、カメラの前で笑顔を振りまくことよりも、表現者であることを目指していく彼女の意思表示でもあった。いわゆる文学的、いまでいうサブカル臭が漂う稀有な存在。『少年マガジン』第3回ミスマガジンでグランプリ(1984年)に選ばれたことも納得のプロポーションとのギャップも人気の拡大の要因となった。

歌謡番組で歌う彼女の大きな瞳には、共演アイドルとは違う景色が映っていたのかもしれない。言動からもにじむ新しいアイドル資質をいち早く察知した当時の音楽スタッフ陣の先見は特筆に値する。

松本隆と筒美京平の世界を武部聡志が丁寧に構築

かつて太田裕美の「木綿のハンカチーフ」(1975年)で儚い遠距離恋愛を描いた作詞の松本隆と作曲の筒美京平コンビは、80年代の別れをテーマに書き上げた「卒業」に続き、サードシングル「初戀」(1985年)、4thシングル「情熱」(1985年)の漢字二文字三部作を捧げている。

松本隆は「初戀」にて常用漢字の「恋」ではなく旧字の「戀」で発表することを悲願だったとのちに公言している。旧字の成り立ちでもある誓いの糸を引き合う意味を彼女の器のなかに見出したからであろう。

日本語のひとつひとつを吟味しながら1音1音丁寧に構築したのがサウンドプロデューサー・武部聡志だ。デジタルとアナログを融合させた編曲は、新しさと懐かしさを同時に抱かせることに成功。古風に感じる言葉さえ、魔法の機器といわれた『PPG WAVE 2.3』やスティーヴィー・ワンダーも愛用していた『カーツウェル250』など、当時の最先端シンセサイザーを活かしきったアレンジで包み込み、80年代的な雰囲気を醸し出しながら郷愁と斬新さを奇跡的にに共存させたのだ。

デビュー35周年記念セルフカバーアルバム「水響曲」

2021年2月21日に発売された斉藤由貴のデビュー35周年記念セルフカバーアルバム『水響曲(すいきょうきょく)』には彼女自身がこんなコメントを寄せている。

「私にとって大切な『水』という字と、武部聡志さんが大切にする『響』という字。そこに武部さんと私を結びつけた、『曲』を寄り添わせ、 この美しいタイトルが出来上がりました。思いついた時、ああ、これだ、と感じる事ができました」

斉藤由貴の変わらない姿勢を再確認しながらアルバムの1曲目「卒業」のセルフカバーから再生。意表を突く展開に思わず身体がのけぞる。そして、気がつけば、自然と笑みがこぼれていく。オープニングの演出は「卒業」で出逢ったファンやリスナーへの彼女からの最大のプレゼントなのだろう。

僕の仕事部屋のドーナツ盤シングル棚に置かれている「卒業」には斉藤由貴のサインは入っていない。36年前、白い息を吐きながら粘ったけれど、校門前で彼女に逢うことはなかった。青春という名の記憶。「♪ 涙はとっておきたいの」

※2021年9月10日、2月21日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: 安川達也

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