世界の楽器トレンドはオールインワンガジェット増加&ハードウェアシンセ隆盛に? 『NAMM 2024』出品機材から探る

2024年1月25日~2024年01月28日にかけて、アメリカ・カリフォルニア州アナハイムにて『The NAMM Show 2024』(以下『NAMM 2024』)が開催された。

「NAMM」は、100年以上の歴史を持つ世界最大規模の楽器見本市。毎年、有名楽器メーカーから小規模なブティックメーカーまでが自慢の新製品を出品しており、世界中の楽器ディーラーや音楽クリエイター、音楽機材ジャーナリストなどから注目を集めている。

コロナ禍中の2021年は開催中止を余儀なくされたが、コロナ禍が収束の兆しを見せた2022年6月に復活。2023年は4月に開催したが、今年は例年どおり1月に行われるということで、“イベントの完全復活”に注目が集まっていた。一方で今年は大手ギターメーカーのGibson、Fender、PRSなどが欠席するという事態も起きたが、現地に参加した海外音楽機材メディアは「今回の開催が成功だった」と報じているところも少なくない。

そんな『NAMM 2024』では、一体どのような最新音楽機材が発表されたのだろうか? 話題になった機材からその傾向を振り返ってみたい。

〈ハードウェアシンセが躍進〉

まず今回の『NAMM 2024』では、数々の最新ハードウェアシンセが出展されたことが大きな話題になった。注目を集めたハードウェアシンセの中には、Novationの名機「Bass Station」の開発などで知られる有名シンセ・デザイナーの故Chris Huggett氏が最後に取り組んだシンセである、数学的に生成されたオシレーターとアナログ信号経路を備えたデュオフォニック・シンセのPWM『Mantis』や、従来のシンセのデザインとは異なる近未来的な外観デザインも話題のデスクトップアナログポリフォニックシンセであるSupercritical『Redshift 6』などが挙げられるが、特に注目を集めたメーカーといえば、日本発の老舗楽器メーカーのKORGだろう。

今回、KORGは同社の人気モデルだったボコーダー機能のアナログモデリングシンセ「microKORG」のリニューアルモデルであるバーチャル・アナログ・シンセ、通称"microKORG 2"をはじめ、同じくバーチャル・アナログ・シンセの『KingKORG NEO』、デジタル・シンセ「opsix」の後継機となる『opsix mk II』、音源モジュール3機種(「wavestate module」「opsix module」「modwave module」)に加え、70年代に初登場したセミモジュラーシンセ「PS-3300」復刻モデルなど最新シンセ数種を一挙発表。さらに同社のDIYブランド「Nu:Tekt」から自作できるガジェットシンセ『NTS-1 mkII』のほか、KORGの名エフェクトとして知られる「KAOSS PAD」を自作できる『Nu:Tekt NTS-3 kaoss pad』も発表している。

〈高機能化するガジェット系機材〉

ガジェット系機材では、昨年末発表されたTeenage Engineeringのガジェットポケットシーケンサーシリーズ「Pocket Operator」の新作『EP–133 K.O. II』も注目を集めた。EP–133 K.O. IIは、小型サンプラー『PO-33 K.O.』をベースに筐体サイズを拡大し、再設計されたサンプラー搭載型シーケンサー。アイデアの作成からトラックメイクまでを一台で行える機材として、従来のガジェット系機材以上の使い勝手の高さがあり、世界的にも品薄が続いていると聞く人気モデルだ。

この対向機種となったのが、日本でも発売が発表された直後から大きな注目が集まった日本の老舗楽器メーカー、YAMAHAのガジェット系グルーヴボックス『SEQTRAK』だ。SEQTRAKは、「ドラムマシン」「シンセサイザー&サンプラー」「サウンドデザイン&エフェクター」の3つのユーザーインターフェースで構成されるポータブルオールインワンギア。他にもスピーカーとマイクを内蔵しているほか、専用アプリと組み合わせてWi-Fi経由でコンテンツを管理したり、打ち込んだMIDIデータの編集なども行える。さらにデザイン的にもTeenage Engineeringの御株を奪うような、従来のYAMAHA製品にはないポップな仕様になっていることも特徴に挙げられる。

また、『EP–133 K.O. II』も『SEQTRAK』も価格は税込5万5000円程度になっており、一台でできることが多い割に、価格的にはガジェットシンセの枠から大きくはみ出していないことにも注目したい。近年、こういったガジェット系機材を発表する楽器メーカーは増えたが、今後は低価格帯かつ、機能的にもオールインワンであることを特徴とする高機能化した新世代ガジェット系機材が増えていくことは十分に考えられる。

〈ストリーマー向け配信デバイスにも注目〉

今回の『NAMM 2024』でのハードウェアシンセの隆盛の理由には、コロナ禍が収束したことで復活した音楽ライブエンタメに起因すると考えられるが、コロナ禍で一気に拡大したライブ配信やポッドキャスト人気も少なからず考えられるだろう。このライブ配信においては、実はゲームだけでなく、最近はハードシンセを操り、自作のトラックを公開する音楽系ストリーマーも増えてきている。そうした音楽系ストリーマーのみならず、現在ストリーマーたちの間で需要が高まっているのが高音質でのライブ配信を可能にするストリーマー向け配信デバイスだ。

今回のNAMMでも、例えば、近年、音楽クリエイターのみならず、ライブ配信やポッドキャスター向けの配信デバイスにも力を入れているMackieは、そういったユーザー向けにコンパクトなポータブル8ch USBミキサーの『MobileMix』や、"プロレベルのサウンドを誰でも簡単にミックスすることができる"ことをウリにした、コンパクトオールインワンデジタルミキサー『DLZ Creator XS』を出品している。

また、今回は最新シンセなど音楽機材を発表しなかった日本の老舗楽器メーカーのRolandも最近力を入れているゲーム配信向けミキサーの新製品『BRIDGE CAST X』を出品。同製品は、2023年1月に発売された『BRIDGE CAST』に映像機能を加えた上位機種となるゲーミング・デバイスだ。ゲーム音声/実況音声を高音質化し、最適に調整できるオーディオミキサー機能に加え、ゲーム映像を高画質でPCに取り込むビデオキャプチャー機能を内蔵。さらにゲーム機での配信にも対応し、2台のゲーム機を同時に接続して、切り替えて使用することも可能だ。

こうした楽器メーカーがライブ配信系機材にフォーカスしていることから、現在は音楽に限らず、上質な音に対する需要が高まっていることがうかがえる。これはコロナ禍以前にはあまり見られなかった傾向だろう。

〈「Apple Musicの空間オーディオ向けインセンティブ導入」でさらなる注目が集まる立体音響〉

上質な音の需要の高まりとの関連でいえば、今回のNAMMでは立体音響の分野でも新機材が多数発表されている。今年1月にApple Musicは、空間オーディオフォーマットで制作された楽曲に対して、アーティストに支払うロイヤリティを10%増額すると発表。また、Billboardは、Apple Musicの空間オーディオの再生回数が2021年の開始以来、過去2年間で3倍以上に増加していることを報じるなど、立体音響はリスナーにこれまで主流になっていたステレオ音源にはない没入感を与えるだけでなく、現在は、音楽クリエイターにとっても自分の音楽を広げ、マネタイズしていく上でもアドバンテージがある存在になっている。

そんな立体音響向けのツールでは、独自の立体音響フォーマット「360 Reality Audio」で知られるSONYの立体音響制作向けヘッドフォン『MDR-MV1』が2024年度のTEC Award「ヘッドホン・イヤホン部門」を受賞したほか、複数のスピーカーで構成された立体音響スタジオの音場を独自の測定技術によりヘッドホンで正確に再現する技術「360 Virtual Mixing Environment(360VME)」のデモンストレーションを行っている。

また、Audientが立体音響を念頭に設計したオーディオインターフェイスおよびモニターコントローラー『ORIA』を出品したほか、Sennheiserは音楽クリエイター向けヘッドフォン『HD 490 PRO』を出品している。HD 490 PROには、「Dear Reality MIX-SE」プラグインが付属しており、立体音響テクノロジーを使用した様々なレコーディングスタジオや場所の音響特性をエミュレートしたバーチャル・ミキシング環境での制作作業を可能にしてくれる。

〈2023年に音楽シーンでも台頭したAIの影響は?〉

立体音響と同じく先端技術系でいえば、昨年音楽シーンでも台頭したAI関連の機材にも注目したい。今回はテキストから音楽を作成できる「MusicLM」や「Stable Audio」、「Suno AI」のような音楽生成AIに関する目立った動きはなかったが、AI搭載のEQセクションを持つMooer『GE1000 Li』や、AIセンサーを搭載することでパーカッシブ奏法による表現を拡張することが可能なギター『HITar』が出品されている。

また、意外なところでは音楽プラットフォームの「SoundCloud」が、ユーザーのアップロードした音声・音源を別のシンガーの歌声に変換できるAI音声カバープラットフォーム「Voice-Swap」との提携を発表。「近日中にVoice-Swapのユーザーは、新たな統合によって自分の曲やデモを直接SoundCloudにアップロードできるようになる」と発表している。

今回のAI関連ツールの発表を見る限り、この分野においてはiZotopeのAI搭載プラグイン「Ozone」に見られるような音がクリエイターの音楽制作のアシスタントとして機能する方向でのAIの活用が模索されているようだ。とはいえ、この業界でもAIの台頭は強く認識されており、開催期間中には『AI for the Musician and Singer: Friend or Foe?』というパネルディスカッションも行われている。SNSの投稿を見る限り、AIの役割と知的財産に関するトピックで進行したようだ。

本稿では、『NAMM 2024』のトレンドを5つに大別してみたが、このように振りかえってみるとコロナ禍で高まった需要に答えるかのような機材が数多く発表されていたように感じる。また、立体音響やAIといった一般層にも浸透しつつある先端技術を音楽ツールとしてどう活用していくのか?ということも音楽機材メーカーにとって、今後も試行錯誤していくべき課題となっている印象を受けた。『NAMM 2024』が終わったばかりで気の早い話だが、今回のトレンドが来年開催時にはどのように変化することになるのかも気になるところだ。

(文=Jun Fukunaga)

© 株式会社blueprint