防災への気づきのきっかけに 防災グッズを通年商品で揃えるハンズの役割とは

最大震度7を観測した元旦の能登半島地震が起きた翌日の1月2日はハンズ新宿店の仕事始めにあたった。元旦に起きた地震の衝撃に防災グッズ売場には多くの買い物客が来店、以降、しばらくは新宿店の防災グッズは前年の7倍の売上を挙げるほどであった。ハンズ全店で見ても、防災グッズは現在およそ5倍の売上で推移している。項目別に見ると、食品では保存水、ごはん系の主食、防災用品としては携帯トイレや非常用ブランケットが中心に売れた。1月3日から営業を開始した金沢店には水などの確保に必要なのか、ポリタンクの問い合わせが相次いだ。ハンズは全国にある店舗に呼びかけ、金沢店にポリタンクの在庫の送り込みを行ったという。

200種類以上が並ぶ防災食品売り場。メーカーの企業努力によって日常食と変わらない味が長期保存できるようになった。ハンズ新宿店6階防災グッズ売場、本田路晴撮影

通年防災グッズを店頭に揃えるハンズ

「何かあった時にハンズを思い出してもらえるように、『ハンズにいけば防災用品がある』と思ってもらえるように」とハンズ広報部の山田一之氏が話すよう、ハンズは防災用品を定番の通年商品として、30年以上前から店頭に置いてきた。当初は今ほど品揃えも多くなく、防災食も「カンパン」の缶詰をはじめ数種類程度しかなかったという。それでも大工道具、DIY用品の一角に必ず防災用品売場は設けられた。

1995年1月17日に阪神淡路大震災が起きた時はハンズ三宮店(当時。2020年閉店)のすぐ隣のビルが崩壊した。その時は店内に在庫があった養生シート、軍手、ガムテープなどを店外に出し、無償で地震に被災した人たちに提供した。

度重なる震災経て、高まる人々の防災意識

その後起きた東日本大震災(2011年3月11日)や熊本地震(2016年4月)で人々の意識も変わってきた。

日常、非日常に関係なく使える「フェーズフリー」、地震などの災害に備え、普段から少し多めに食料、加工品を買い貯めておき、使ったら使った分だけ新しく買い足して行くことで、常に家庭に一定量の食料を備蓄しておく「ローリングストック」など、常日頃から防災に備える概念が浸透しだしたのだ。

元旦に起きた能登半島地震は200人以上の死者を出した。しかし、地震、津波などの災害はいつ何時、日本各地で起こりうる。同地震発生前に、ハンズの防災グッズ戦略について、防災グッズのバイヤーである小松達郎氏(株式会社ハンズ 商品本部クリエイティブDIY商品部)に話を聞いた。

地震直後は、簡易トイレが売れる。ハンズ新宿店6階防災グッズ売場、本田路晴撮影

豊富な数の防災グッズを揃える「ハンズ新宿店」は2023年6月、旗艦店としてリニューアルオープンした。店内には「防災用品」売場のスペースが従来より大きく取られ、衛生用品、耐震用品、停電対策用品、防災食、避難用品といったカテゴリーで、個別の売場が形作られている。これらは年間を通して展開される定番コーナーで、ここでもハンズの防災グッズを定番の通年商品として扱う哲学が貫かれている。

ハンズではその他にも、季節(例えば台風や水害の多い時期)や、防災関連の“節目”(9月1日の防災の日や東日本大震災の3月11日)に合わせ、これまで特集展開を開催してきた。

今回の能登半島地震のような大規模な地震でなくても、台風や地震など、何かが起きた直後には、防災用品の売上は伸びる。2023年5月に発生した、千葉県南部を震源とする地震(最大震度5弱)後も、備蓄食品、簡易トイレが前週比で大きく売上が伸びたという。

小松氏は「生理現象はどんな状況でも避けられない。水道の使用が限定される局面で使える簡易トイレ(組み立て式のものや、便座にかぶせるタイプがある)は、年間を通しての売上が大きい」と話す。地震発生の直後は、突っ張り棒や家具の転倒防止用品、窓ガラスの飛散防止用品などもよく売れるという。

防災の日に合わせ報道機関向けに防災食品の試食会を実施

POP広告で地震に備えての心構えを訴える。ハンズ新宿店6階防災グッズ売場、本田路晴撮影

9月1日「防災の日」に合わせて、ハンズ渋谷店を会場として、新聞記者など報道機関向けに防災食品の試食会を実施した。小松氏は「災害が起きると『買っておこうか』ということはあっても、防災食を実際に食べる機会はほとんどない。食べたことがないものを、いざというとき、いきなり食べるのには不安が伴う。そうした不安を解消してもらうため、どれだけおいしいかを体験してもらう場として開催した」と試食会実施の狙いを説明する。

ハンズでは、現在、150種類ほどの防災食品を扱う。特に災害時には、エネルギーとしてのカロリー、栄養バランス、気持ちを落ち着かせるものが必要との考えから、主食、主菜、副菜、飲料、間食・おやつという切り口での売場展開がお客様の支持を集めている。メーカーの企業努力によって、最近はほとんど、日常食と変わらない味のものでも長期保存ができるようになっている。アレルギーフリーのものや、咀嚼が難しい高齢の方、小さなお子さん向けのものもある。

さらに店頭のPOPを通じて、防災食のポイントとして、「ローリングストックで備える」「最低でも家族の人数分×3日分(朝・昼・夜・間食)が必要」「災害後に必要な1日の摂取カロリー 成人1人あたり約1600~1800kcal」などと訴求し、お客様が商品を選びやすい工夫を行っている。

ソーシャルメディアを活用した啓蒙活動

自宅を一時避難場所として使用する際のアイテムを揃えた防災入門セット。ハンズ新宿店6階防災グッズ売場、本田路晴撮影

ハンズでは、通年の防災グッズの売場を設けるほか、Webサイトやイベント、インスタグラムなどSNSと連動したかたちでの防災意識の啓蒙活動も行っている。

同社のサイト『ヒントマガジン』には、「ハンズの防災」特集を毎年掲載。例として2023年版では、「防災食品・非常食をローリングストック」「【地震に備える】事前に準備しておきたい地震対策の防災グッズ」「【豪雨・台風に備える】急な台風・大雨に備える防災グッズ」「【在宅避難に】自宅に備えておきたい防災グッズ」「【外出時の災害に】カバンに入れておきたい防災グッズ」「日々使うアイテムが非常時にも活躍【フェーズフリー】という考え方」という切り口から、それぞれのポイントと関連商品を紹介している。

また、日本最大級の「防災専門」YouTubeチャンネルを運営する、備え・防災アドバイザーの高荷智也氏ともコラボした。トークショーやインスタライブに出演してもらう一方で、商品や売場づくりの監修も仰ぎ、実践に役立つような売場展開につなげている。

防災グッズに加える新たな付加価値

都市型災害を想定し外出先から自宅に戻る時に役立つアイテムを揃えた帰宅困難者支援セット。ハンズ新宿店6階防災グッズ売場、本田路晴撮影

ハンズといえば、さまざまなカテゴリーで、ちょっと気の利いたアイデアのある商品が豊富、というイメージがある。

「いまはフェーズフリーという考え方が広まっているが、当社の店内には、防災用品売場以外にも、有事の際に活躍できる商品(“隠れ”防災用品)が随所にある」という。

文房具でいえば、上向きでも、氷点下でも、しっかり書ける「加圧式のボールペン」。災害時には、ふだんよりも、メモとボールペンを使うシーンが増える、と言われている。

キッチン用品では、袋状になっているラップ「アイラップ」。少量の水やお湯でごはんも炊けるし、お皿にかぶせて使えば、食器を洗う必要もない。そのほかに、水のいらないシャンプーや手袋型のドライシャンプーシートなどもある。

防災関連の特集展開を行う際には、通常の防災用品と合わせて、これら隠れ防災用品も同じ売場に並べるケースもあるという。

今後、ハンズとして打ち出していく防災関連のキーワードに「都市型防災」がある。

首都圏のタワーマンションで、地下室の浸水により、マンション内の電気が止まってしまったというケースがあったが、都心ならでは防災への備え方を提案するのが狙いだ。

すでに、都市生活者に向けた、ハンズのオリジナル商品として、自宅で被災したときの防災入門セット「自宅待機セット」、車を一時避難スペースとして利用する際の「車載防災セット」、外出先から自宅に戻る時に必要となるアイテムをそろえた「帰宅困難者支援セット」の販売を開始している。

小松氏曰く「自宅待機セットは、耐荷重180㎏の踏み台代わりにもなる、バケツを容器にした」という。防災用品の主たる目的は、万一のときに、それを使うことにより被害を最小限に抑えることだ。

小松氏は「通年での売場展開は、防災への気づきのきっかけ。一人でも多くのお客さまに、防災用品を備えることが、どれだけ大事なことかを継続して伝えていきたい。ハンズにはそういう役割があると考えている」と話す。「ハンズに行けば(防災用品が)ある」。このイメージは確実に消費者の間に根付いている。

昔ながらの防災食「カンパン」。ハンズ新宿店6階防災グッズ売場、本田路晴撮影

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