絶望する人が多いが…ガンは「死ぬ準備ができる、畳の上で死ねる病」の真意【医師が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

もしもいま、自分が「ガン」と診断されたら……。やはり多くの人は絶望するでしょう。しかし、ガンは「死ぬ準備ができる、畳の上で死ねる病」と、肯定的に受け止めることもできると、医師の和田秀樹氏はいいます。本稿では同氏の著書である『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』(マガジンハウス)より一部を抜粋し、年を重ねてからのガンとの向き合い方について解説します。

高齢者にとってガンは、ありふれた病気

「ガン」はいま日本人の死因のトップです。遺伝性が認められていますから、親がガンで亡くなっていると、どうしても不安になります。

70代、80代と年齢を重ねるほどにありふれた病気になってきますから、ガン検診で異常が見つかると「とうとう私も」と思いがちですが、高齢者にとってはありふれた病気だというのも事実です。

歳を取るということは、それだけ身体の中にできそこないの細胞をつくってしまうということです。つまりガンと診断されなくても、高齢になれば誰でも身体のどこかにガンを飼っていることになります。このことは長く高齢者専門の病院に勤務し、亡くなった方の解剖結果を目にしてきた私には確信を持って言えることになります。

高齢者のガン治療は、命を縮める可能性が…

問題は自分がガンになったときです。

ほとんどの人はショックを受けると思いますが、「ガンは老化に伴う細胞のできそこない」とわかっていれば、あとはそれをどう扱うかという問題になります。簡単に言えば、①治療するか、②そのまま飼い続けるか、ということです。

おそらく②と聞くと「死ぬまで苦しみ続けるのか」と首を振る人がいるでしょう。でも、ガンの進み方はいろいろあります。

よくあることですが、「なんだか調子が悪い」「痛みがある」といった程度の理由で病院に行ったらガンが見つかり、末期の場合もあります。ガンは一般的に1センチくらいの大きさになるまで検査では発見されません。自覚症状もないのですから、そこで見つかればいわゆる早期発見です。

ただ、その1センチの大きさになるまで、最初にガン細胞ができてから10年くらいの年月が流れているのが一般的です。例外もありますが、たいていのガンはゆっくりと進んでいくのです。

では1センチでも早いうちに切ってしまったほうが安心なのかというと、そうとは限らないのがガン治療の難しいところです。ここからはあくまで高齢者のがんを長く見続けてきた私の考えになります。

40代、50代の中年世代でしたら、早期発見ができたら早期に治療するのは意味があると思います。まだ体力があるのですから、ガンを取り除くことができれば仕事に復帰することも可能ですし、以前のように生活することもできます。事実、そういう例はたくさんあります。

ですが、高齢者ほどガンの進行は遅くなります。少なくとも40代で見つかるガンに比べれば70代、80代で見つかるガンの進行が遅いのは事実です。

そしてここがいちばん大事なところですが、70代を過ぎた人がガンで手術をすれば確実に体力が衰えます。

仮に消化器系のガンだとすれば、たとえ手術でガンを取り除くことができたとしてもその周りの消化器官まで取り除くので、栄養障害を伴い体力は衰弱し、一気によぼよぼの老人になってしまいます。身体全体の機能も衰えますから、他の病気にかかってしまうリスクも高くなるでしょう。

病気としてのガンは治っても、やせ細って歩くのも難しい老人になってしまう可能性が高いのです。

「知らなくて幸せ」という、ガンとの向き合い方

結局、70代を過ぎるとガンを治療しても身体が衰弱して、かえって寿命を縮めてしまう恐れがあるということです。

いくらガンそのものが治っても、身体が衰弱して寝たきりになったり、生活の質が低下して何の楽しみもない毎日になってしまったら、果たしてその治療に意味があったのかということになります。

反対に、何の自覚症状もないままにガンを放っておき、気がついたら手遅れという結果になったとしても、進行の遅い高齢者のガンであれば数年の間はいままでどおりの生活ができることになります。

気がつかないのですから、痛みも不調もとくにありません。ふだんどおりの生活を楽しみながら過ごすことができるのです。

どちらがいいか、と問われても、おそらく答えるのは難しいと思います。ただ一つだけ言えるのは、早期発見や早期治療は高齢者にとってかならずしも幸せな晩年を約束しないということです。

むしろ不幸な晩年を運んでくるかもしれないと考えれば、ガン検診も罪な制度だなと言わざるを得ません。たとえガンを治療できて命だけは長らえたとしても、そのほとんどが寝たきりの生活になる可能性があります。

検診を受けずに発見が遅れて、ガンで死ぬことになったとしても、その直前まで元気で暮らすことができていたのなら、幸せな時間をそれだけ長く生きられるということですから、「知らなくて幸せ」というのもたしかにあるような気がします。

ガンは準備ができる、畳の上で死ねる病

2018年に75歳で亡くなった樹木希林さんもガンでした。

よく知られていますが、彼女は亡くなる直前まで映画に出ていましたし、テレビや雑誌のインタビューにも応じていました。日常生活もふだんのように続け、とくに不自由なくて暮らしていた印象があります。そのせいもあって、希林さんが「全身ガン」を告げてもファンの人は信じられない気持ちになっていたようです。

でもインタビュー記事や死後に出版された本人の「遺言」のような言葉を読んでみると、彼女なりに覚悟を決めてガンと向き合っていたのだなということがよくわかります。

希林さんは、ガンを肯定的に受け止めていました。「死ぬまでに準備ができるし、何といっても畳の上で死ねる」というのがその理由でした。これは、全身に転移したガンであっても、急には死なないということです。

ガン末期に容体が悪化して急に亡くなる人がいますが、それは本当に最末期で、そこに至るまでは数年から10年といった長い年月が流れています。末期がんとわかってもすぐに死ぬわけではありません。したがって死ぬ準備ができます。しかも患者が望めば自宅に戻り、畳の上で死ぬことができるのです。

「だからそんなに悪い病気じゃない」というのが希林さんらしい受け止め方でした。

もう一つ大事なのは、希林さんの場合、治療方法を選ぶにあたって、「生活の質を落とさない」ことを最優先させています。「いつもどおりに暮らしたり、仕事を続けながら受けられる治療」を選んでいたことになります。

ガンの治療法はいろいろありますが、ここでは簡単に「手術」「抗ガン剤」「放射線」の3つを挙げておきます。

身体にいちばん負担がかかるのは「手術」です。「抗ガン剤」にもさまざまな副作用がありますし、それなりに負担がかかります。「放射線」はピンスポットでガン細胞に作用しますが、転移や大きくなったガンには効果が限られてきます。

もちろんこういった説明ではまだまだ不十分ですが、医師と話し合い、自分の何を優先させたいかをはっきり伝えてそれを理解してくれる医師に治療を委ねることはできます。

樹木希林さんもそこはいろいろ調べて医師と会い、自分の希望を伝えたのだと思います。ガンが身体のあちこちに転移しても、年に一回、鹿児島の病院まで出かけて放射線治療を受けていたといいます。しかも一日たった10分の照射ですから一か月もかかったようです。

そのかわり、「闘病しているという気持ちは全然なかった」と書き残しています。樹木さんはそういう自分が選んだ治療法のおかげで、「生活の質がまったく落ちない」と満足しています。

そこでこれも私からの提案になりますが、70代になったらそろそろ、自分とガンとのつき合い方を考えておくのも必要かもしれません。

ガンが見つかって動揺し、医者や家族の勧めるままの治療法を選んで後悔するより、元気なうちに「自分がもしガンになったら、どういう治療を受けたいのか、何を優先し、何を守りたいのか」を考えて、それを叶えてくれる医者や病院を探しておくということです。

これはそれほど難しいことではありません。体験者の話を聞いてもいいし、ほとんどの病院にはホームページで病気ごとの治療法や症例数、医者の紹介や実績のある治療法、その病院が目指す治療方法などが紹介されています。

ういったことを知っておくだけで、いざというときに自分で病院を選べますし、自分が希望する治療法を詳しく説明してもらうこともできますし、希望を伝えることもできます。

そういう準備ができているだけで、ガンをいたずらに恐れる気持ちは薄らいできます。少なくとも、「なったらどうしよう」とおびえて暮らすより、「そのときはこうしよう」という心の準備ができているだけで、毎日を快活に暮らしていくことができます。

朗らかに暮らせるだけで免疫細胞が元気になりますから、それがそのままガン予防にも繋がってくるのです。

和田 秀樹
国際医療福祉大学/ヒデキ・ワダ・インスティテュート/一橋大学国際公共政策大学院/川崎幸病院精神科
教授/代表/特任教授/顧問

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